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世紀末救世主になれないおっさんは目が死んでる  作者: 海光蛸八
四章 シェルターへ
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マザー


 道端の木々は剪定されることもなく無遠慮に枝葉を伸ばし、地面には膝ほどの背丈の雑草が我が物顔で立ち並んでいる。それらの合間を縫って車は進んでいた。譲治はその助手席に乗り、景色を眺めながら紫煙を燻らしている。


 先日、人食い一家から逃げ出した後に出会った商人と譲治たちは行動を共にしていた。気が合ったこともあるし、大勢のほうが危険も少ないという利害の一致もあった。男の名前はタクヤ、少女はマザーと呼ばれていた。愛称なのだろうが子供にマザーと呼びかけるのは滑稽でしかなかった。


「タバコは体に悪いんですって」

「日に一本くらいは勘弁しろって」


 後部座席から顔を出してきたマコトの額を、譲治は指で軽く弾いた。マコトは「いたっ」と小さく言って引っ込んだ。マコトの隣に乗っていた気だるげな顔をした少女が――マザーが、ほんの少し口角をあげて笑う。


「二人、仲いい」

「えー、そうかなあ」

「うん、仲いい」

「そ、そっか……あ、それよりさっきの続きいい?」


 少女は気だるげな顔のままこくりとうなずいた。マコトは車内にあった荷物をがさごそと探り、乳白色の液体が入ったビンを手にして、マザーの目の前へ差し出した。


「じゃあ、これは何?」

「それは機械の潤滑剤。ロボット専用」

「潤滑剤って?」

「潤滑剤の定義……それを使うと、ロボット元気になる」

「へえー!」

 

 譲治は質問の矛先がマザーに向いた事をありがたく思いながら、再び煙草を味わった。


「マザーもマコトちゃんとずいぶん仲良くなったなあ」


 運転席の商人――タクヤが口を開く。譲治は「そうだな」と答えてほとんどフィルターしか残っていない吸殻を灰皿に押し付けた。それからひび割れた窓ガラスを開けて空気を入れ替えた。


「マザーが俺以外と話すなんて滅多にないぜ」

「こっちのは黙ることなんて滅多にないぞ」


 譲治が後部座席を差しながら言うと、タクヤは一瞬譲治の顔を見て、大きな声で笑った。


「確かにそうみたいだな」

「かなり参ってるんだ」


 譲治の言葉に、タクヤはまた大声で笑い、咳払いをしてから譲治に再び話しかける。


「それにしてもあんたすげえよな。女の子連れて修羅場を何度も切りぬけるなんてよ」

「お前だって危ないときくらいあったろ」

「俺は危ない目にあっても問題ないのさ」

「護衛の一人もいないみたいだが」


 商人は多くの物資を運ぶことから、必然的に野盗に襲われやすい。そうなれば用心棒が必要になる。商人にはお抱えともいえる用心棒が一人か二人いるものだ。適当に用心棒を雇った場合は、その者が野盗の一味で悲惨なことになる場合もある。だが、中には金銭面の事情で雇えない者もいる。譲治にマコトを売りつけた小男がそうだ。


「俺の場合はマザーがいるからな」

「なんだって?」

「あいつは特別強いのさ」

「そうは見えないが」

「ほんとだって! 右手から出る刃は鉄筋だって真っ二つにできるし、目から出すビームで何でも灰にしちまうんだぜ!」

「ああそうかい」

「信じてないだろ」

「当たり前だろ」


 譲治があきれてため息を吐くと同時に車が停まった。前方を見てみると死体が転がっているのが見えた。


「ちょっと失礼」


 タクヤは軽い口調でそう言うと、ハンドルの横に置いてあった銃のようなものを持って出て行った。おそらく死体をどかすつもりだろうと、タクヤの後を追って譲治も一緒に外に出た。譲治は死体を囮にして野盗が襲い掛かってくる可能性も配慮し、念のためいつでも銃をホルスターから取り出せるようにしておいた。


 譲治は車の外から、マコトの質問に答えている少女に目をやった。


 マコトが歓声を上げるたび、気だるげな顔をほんの少し得意げに緩める様子からは、『特別強い』ようには思えず、普通の女の子にしか見えない。少し変わっているのは、独特の口調くらいなものだ。


「譲治さん! マザーちゃん何でも知ってます!」

「私のデータベース。完璧」


 口調のほかに、頭も少し変わっているようだと譲治は思った。鼻息荒く話しかけてくるマコトに譲治は適当に返事を返してタクヤの元へ向かった。


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