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世紀末救世主になれないおっさんは目が死んでる  作者: 海光蛸八
三章 パイはいかが?
32/73

人間


 屋敷を飛び出した譲治は、運よく焚き火をしていた行商人に出くわすことができた。金髪の若い男と十歳ほどの少女の二人組みで、無骨なオフロード車を使っていた。


 リュックに残されていた煙草一箱を渡すのと引き換えに、たき火のそばに寝させてもらえることになった。食事も勧められたが、今はなにも喉を通る気がしなかったので、丁重に断り、代わりに水など必要なものを買った。


 焚き火の傍で譲治が荷物を確認していると、マコトが目を覚ました。


「ん……」

「起きたな」

「譲治さん……?」

「大丈夫か」


 マコトが起きたことに気が付いた商人が、両手にマグカップを持って近寄ってきた。カップの中ではココアとコーヒーがそれぞれ湯気を立てていた。


「あんたらもどうよ」

「ああ、すまない」

「久々の煙草をもらったんだ、遠慮すんなって」


 譲治は商人の男と少女がカップに口をつけるのを確認した。


「すまないが、俺たちのカップ、あんた達のと交換してくれないか」

「はあ? いいけどよ、もう結構飲んじまったぜ」

「いいんだ、そっちをくれ」

「まさか俺たちがお前らを眠らせて、その隙に食っちまうとでも思ってんのかよ?」


 普段なら鼻で笑うような冗談だったが、今の譲治には笑えなかった。


「ま、初対面だし疑って当然か」


 商人の男は嫌な顔一つせずに、キャンピングカーの脇でココアを飲んでいた女の子を呼んだ。のろのろと歩み寄ってきた女の子からカップを受け取り、自分のものと一緒に譲治に差し出した。


 譲治は受け取り、マコトに女の子が飲んでいたカップを渡して、自分は男から受け取った飲みかけのコーヒーをすする。商人の男は大きなあくびを一つしてから、女の子を連れて車内へと入っていった。


「うわあ、甘くておいしい」

「そうか、よかったな」

「そっちはなんですか?」

「コーヒーだ。飲んでみるか?」


 マコトはコーヒーカップを受け取り、一口飲むと眉と口にぎゅっとしわを寄せ「にがい……」と呟いた。その様子を見て、譲治はふっと息を吐き出し、それから煙草を咥えた。マコトが口元の煙草を見つめてきたので「今日は一本目だろ」と言って火をつける。


「あれ、そういえば、どうして私たち外に……あれ?」

「……最初から外に寝てただろ」

「確か、ベッド寝かせてもらってたような」

「俺たちが入ったのは無人の廃墟だったろ?」

「えー、そうでしたっけ?」

「そうだ」

「うーん……夢だったのかな」

「ああ、あそこには――」


「――人間なんて一人もいなかったよ」


 譲治は紫煙をくゆらせながら、小さくつぶやいた。


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