人間
屋敷を飛び出した譲治は、運よく焚き火をしていた行商人に出くわすことができた。金髪の若い男と十歳ほどの少女の二人組みで、無骨なオフロード車を使っていた。
リュックに残されていた煙草一箱を渡すのと引き換えに、たき火のそばに寝させてもらえることになった。食事も勧められたが、今はなにも喉を通る気がしなかったので、丁重に断り、代わりに水など必要なものを買った。
焚き火の傍で譲治が荷物を確認していると、マコトが目を覚ました。
「ん……」
「起きたな」
「譲治さん……?」
「大丈夫か」
マコトが起きたことに気が付いた商人が、両手にマグカップを持って近寄ってきた。カップの中ではココアとコーヒーがそれぞれ湯気を立てていた。
「あんたらもどうよ」
「ああ、すまない」
「久々の煙草をもらったんだ、遠慮すんなって」
譲治は商人の男と少女がカップに口をつけるのを確認した。
「すまないが、俺たちのカップ、あんた達のと交換してくれないか」
「はあ? いいけどよ、もう結構飲んじまったぜ」
「いいんだ、そっちをくれ」
「まさか俺たちがお前らを眠らせて、その隙に食っちまうとでも思ってんのかよ?」
普段なら鼻で笑うような冗談だったが、今の譲治には笑えなかった。
「ま、初対面だし疑って当然か」
商人の男は嫌な顔一つせずに、キャンピングカーの脇でココアを飲んでいた女の子を呼んだ。のろのろと歩み寄ってきた女の子からカップを受け取り、自分のものと一緒に譲治に差し出した。
譲治は受け取り、マコトに女の子が飲んでいたカップを渡して、自分は男から受け取った飲みかけのコーヒーをすする。商人の男は大きなあくびを一つしてから、女の子を連れて車内へと入っていった。
「うわあ、甘くておいしい」
「そうか、よかったな」
「そっちはなんですか?」
「コーヒーだ。飲んでみるか?」
マコトはコーヒーカップを受け取り、一口飲むと眉と口にぎゅっとしわを寄せ「にがい……」と呟いた。その様子を見て、譲治はふっと息を吐き出し、それから煙草を咥えた。マコトが口元の煙草を見つめてきたので「今日は一本目だろ」と言って火をつける。
「あれ、そういえば、どうして私たち外に……あれ?」
「……最初から外に寝てただろ」
「確か、ベッド寝かせてもらってたような」
「俺たちが入ったのは無人の廃墟だったろ?」
「えー、そうでしたっけ?」
「そうだ」
「うーん……夢だったのかな」
「ああ、あそこには――」
「――人間なんて一人もいなかったよ」
譲治は紫煙をくゆらせながら、小さくつぶやいた。




