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世紀末救世主になれないおっさんは目が死んでる  作者: 海光蛸八
三章 パイはいかが?
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銃か肉か


「そんな物弾がなければ怖くありませんよ」


 譲治は壁に向けて一発弾を撃った。コンクリートの壁で銃弾が跳ねてあらぬ方向へ飛び、置かれている人間の頭部の一つにめり込んだ。それでも一家は身じろぎもしない。


「弾ならある……!」

「おやおや」

「まあ怖い」

「あはは、すごーい。ぼく、あの銃ほしい!」


 弾の入った銃を向けられているのに。猟奇的な人間の死体に囲まれているのに。それなのになぜ、なぜ昼間と同じ調子で喋れるのか。おかしい。こいつら変だ。狂っている。譲治は緊張と恐怖で口内が乾いていくのを感じた。


「あなたがここに自分からきてくれたのは助かりました」

「なんだと……!」

「家具を汚さないために、いちいちここまで運ぶのは手間なんですよ」


 譲治は勝手に震え出す手足に力を込め、無理やり黙らせる。少しでも油断したら銃を落としてしまいそうだった。その場にへたり込んでしまいそうだった。


「お、お前たち人間を……」


 譲治は声を裏返しながらもなんとか発した質問に、「ええ、そうです」と悪びれもせずに返してくるアキラに寒気を覚えた。よく見ると、一家の手にはノコギリや手術用のメスなど、『調理』に使うものが握られていた。


「まさか、それはよくないことだとか仰るおつもりですか?」

「い……いや、そんなことは言ってない」

「そうでしょう。こんな時代なんです、食べられるものは、なんでも食べないと生きていけません。たまにいるんですよ、私たちの食生活のことを知ると「なんてひどいことをするんだ」とか「人間のすることじゃない」とか「悪魔だ」なんてことをヒステリックに叫ぶ連中が。そういう連中に限って不思議と美味しくないんですよ!」


 何の言葉も発することができなかった。譲治の頭の中は、どうやって切り抜けるかを模索するのに手いっぱいだった。いままで人間を食べたという人間に出会ったことはある。しかし、譲治が会ったその人間たちは他に手段がなくなり、そういったことをしてしまった人間だった。


 だが、この一家は違う。あれだけの家具を揃えられるほどの財力があるならば、どこぞの壁で暮らすこともできる、いい食料もいくらでも買える。しかし、この一家はあえてそうせず人肉を食らっている。進んで人間を食べようとしているのだ。

とにかく今は話を合わせた方がいいだろう。譲治はそう判断して口を開く。


「そう、なのか。それはひどいな……」

「そうなのです! 家族を、子供を、こんな世界で守っていくにはこうするしかない! 譲治さんなら分かってくれますよね」

「ああ。もちろん。俺にも家族がいたからな……」

「あなたは理解があるようだ。これからもいい関係でいられそうだ」


 これからも。という言葉に譲治はほんの少し安堵した。自分は食われないということだ。しかし、アキラの次の言葉は到底受け入れられるものではなかった。


「では、その子を食べましょうか! シェルターの人間はどんな味がするのですかね」

「ま、待ってくれ! この子も見逃してもらえないか!」

「そうはいきませんわ。若い方を食べられる機会なんて、そうそうあるものではないのですよ。少し歳がいくと、ひき肉にでもしないと食べられたものではありませんから。それに女の子です……きっと柔らかくておいしいですわ」


 電球の光が包丁に反射し、アキラ夫人の顔を映し出す。その顔は静かに微笑んでいた。だが、その目は包丁の照り返しが当たってなお、墨汁を垂らしたように黒ずんでいた。


「頼む、見逃してくれ……」

「譲治さん。譲治さん譲治さん、じょーじさん……聞き分けがない人は嫌いですよ」

「ぼく、あの人食べてみたい」

「あらあら、そうなの?」

「仕方ありませんね。申し訳ありません譲治さん。息子に食べられてやってください」


 駄目だ。引いてもなにひとつ好転しない。

 譲治はほとんど感覚がない親指で、銃の撃鉄を引いた。


「あら、私たちを撃つつもりですか」

「おやめなさい。この距離です、飛び掛かればすぐに済みます」


 譲治と一家の距離は一メートルも離れていない。飛び掛かられたら終わりだ。


「動かなければ楽に殺してあげます。安心してください。一瞬ですから」

「お父さん殺すの上手なんだよ! すぐに動かなくなるんだ!」


 譲治はとっさの思いつきで息子に銃口を向けた。

 目の前の二人に筈かに動揺が走る。


「たぶんあんた達なら俺なんて楽に殺せるんだろう。だけどな、殺されるまでに一発くらいは撃って当てる自信はある。少しでも動いて見ろ、お前たちのガキの頭をぶち抜くぞ!」


 夫婦は不安そうに顔を見合わせた。

 この二人が親の情を失っていないことに、譲治は心の中で感謝した。


「あんたらをどうこうしようなんて思ってない。マコトと俺がここから無事に出られればそれでいい。駄目だと言うなら今すぐ引き金を引くぞ! 脅しだなんて思うな!」


 アキラ夫妻は明らかに困惑していた。考える暇を与えないように、譲治は叫んだ。


「とっとと決めろ! ガキの命か、ごちそうか!」

「わ、分かりました! ですからもうそれを息子に向けんでやって下さい」

「武器を置け、それから壁に向かって手をついて膝をつけ!」

「銃を持った人に背を向けろと?」

「黙れ! ガキの頭ふっ飛ばすぞ!」


 譲治の怒気を含んだ叫びに一家は黙って従った。銃口は彼らに向けたまま、譲治はマコトを抱き起す。覚醒しかけているのか、なんとか自力で歩けるようだ。


 銃口を三人から離さないように注意しながら扉まで進む。途中、さっき蹴り飛ばしたバケツからこぼれた目玉を踏み、ぐにゃりという感触が足の裏に伝わる。全身の毛が逆立ち声を上げそうになるが、何とかのどの奥で押し殺した。


 じりじりとドアに近づき、銃を持った手でドアノブを下ろし、一気に扉を開けて『調理場』を飛び出した。後ろ手に鉄扉を閉じて、譲治はマコトを背負って全力で階段を駆け上った。


 譲治が玄関を飛び出しても、一家は追っては来なかった。


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