地下室
譲治が目を覚ますと、視界は真っ暗だった。ぼんやりとしている頭を叩き、無理やり覚醒させて上体を起こすと、何かが譲治の体から滑り落ちた。被せられたシーツのようだ。床に落ちたそれは、真っ白で小奇麗。彰のものだろうか。立ち上がり、窓の外を見るとあたりは薄暗く、もう夜になっているようだった。
窓から視線を外し、部屋を見回すとマコトが寝ていた部屋だと分かった。あたりを探るとリュックサックは部屋の隅にある勉強机に置かれていたが、食料品や調理器具などはなくなっていた。その隣にはリボルバー拳銃も置いてあったが、シリンダーをずらしてみると、弾丸はすべて抜き取られていた。気が付けば腰のナイフもない。
だが、リュックの奥まで確認しなかったのか、底に隠してあった数発の弾丸は無事だった。拳銃に弾を込め、腰の定位置につっこむ。
(マコト……!)
扉を慎重に開けて部屋から出る。人の気配はしない。ライトを下に向け、忍び足で壁伝いに進んでいく。彰たちの寝室と思われるちりひとつない部屋や、同じく新品同様の家具ばかり置かれた部屋などすべての部屋を見て回ったが、二階には誰もいなかった。
一階に降り、トイレやキッチンを調べるが、やはりいない。マコトは外に連れて行かれたのか。そう思い、玄関まで向かおうとしたとき、キッチンのすみの扉から明かりが漏れているのが見えた。
昼間は気が付かなかったが、鉄枠の木製扉があった。少し黒ずんだそれは、周りの家具からは明らかに浮いている。開けてみると、石造りの階段がはるか下まで続いていた。どうやら地下室のようだ。
ところどころに裸電球がぶら下げてあるが、光量が弱いからか深くまで続いているからか、一番下までは見えなかった。譲治が奥を覗き込もうと身を乗り出すと、階段の下から物音が聞こえた。マコトだろうか。譲治は階段に足をかけた。はやる気持ちを無視やり押さえ込み、譲治は足音を立てないように慎重に階段を下って行った。
下に行くにつれ、空気が湿り気を帯びてくる。それに加え、なにか妙な臭いが鼻につく。生臭くて鉄臭い。血の臭いだろうか。譲治は背筋に冷たい物を感じた。階段の下には、踊り場のようなわずかなスペースがあり、その先には赤さびた鉄の扉があった。
譲治の鼻に入る血の臭いがきつくなり、扉の向こうからは妙な甘ったるい臭いまでする。何度か嗅いだことのある、死臭。譲治は喉を鳴らし、最悪の光景を覚悟して扉を開いた。
死体があった。
マコトではなかった。
見知らぬ人間の死体だった。
しかし、一体や二体ではない。
そのうえ、ここの死体はどれも異様であった。
部屋の壁には首を切り取られた人間が何体も逆さ吊りになっている。机の上には人間の生首が置物のように並んでいる。そのほかにも四肢を切断され、皮を剥がれ、内臓を抜き取られた肉塊も見えた。
まるで牛か豚のように、下処理をされた人間の肉。
異様な死体たちが裸電球の白色に照らされている。
そうだ、自分はここで『肉』を勧められた。
あれは、まさか――。
胃の中のものがこみ上げてくるのを感じ、足元にあったバケツを覗き込む。しかし、そこに入っていたものを見て、譲治は吐き気もなくなり反射的に蹴り飛ばした。そこには目玉が入っていた。ごろごろ、ごろごろ。何十個も。
足に力が入らなかった。よろめいた先にあったのは冷蔵庫。ところどころに血の跡が。まさか、この中にも。その時になって、譲治はやっと今の状況に気が付いた。きっとアキラは自分たちも食うつもりだ。まさかマコトはもう調理されてしまったのか。
おぞましい想像を押さえ込み部屋の中を見回すと、奥の手術台のような――いや、調理台というのだろうか――台に、真っ白なシーツがかぶせてあるのが目に留まった。駆け寄ってシーツをどけると、マコトがいた。
わずかだが呼吸しているのが見て取れる。どうやら寝ているだけのようだ。顔の横には大きなナイフがあった。譲治が持っていたものだ。これでマコトを解体するつもりだったのか。
ナイフを鞘に戻し、マコトを少し揺さぶってみるが、起きない。譲治が気づかずに飲ませてしまった睡眠薬入りの水が効いてしまっているようだ。それにしても、なぜ上で殺さなかったのだろうか。眠りこけているうちに首を掻っ切れば済むのではないか。
「おやおや、自分からここに来ていただけるとは」
譲治の心臓が跳ね上がる。
居る。後ろに居る。
三人居る。
振り向けない。
だが、振り向かなければただ殺されるだけだ。
ナイフ。三人相手では心もとない。
腰に手を当てる。固い感触。銃は定位置にある。
譲治は銃を引き抜き、振り向きながら銃口を突き出した。




