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世紀末救世主になれないおっさんは目が死んでる  作者: 海光蛸八
二章 凍てつく視線
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言いたいこと


 二人は下へと戻ると木くずをかき集め、火勢を強めるためにまとめてドラム缶に放り込んだ。


「これ、塗っておきましょう。打撲用の軟膏です」


 マコトはベルトの収納機を開くとプラスチック製の容器に入った軟膏を取り出した。それを譲治の体に塗りつけるとこれも効果は抜群で、瞬く間に痛みは取れた。


「だいぶ楽になった」

「そうですか……」


 譲治は二人分の毛布を敷き、その片方に腰かけた。


「あの……」

「質問はするな」


 譲治が言うと、マコトは明らかに不機嫌そうな顔を譲治に向けた。


「なんだ、文句があるのか」

「文句ではないですが、言いたいことはあります!」

「なんだと?」


 譲治の低い声色に一瞬たじろぐマコトだったが、すぐに表情を引き締めた。


「譲治さんは、私を何だと思ってるんですか?」

「シェルターへの切符だ、それ以外になにがある」

「……それでもいいです。でも、もう少し頼ってくれてもいいじゃないですか!」

「確かに無遠慮なことを聞いたかもしれません。でも、何も質問するな逆らうなはひどいです。私だって譲治さんの役に立てます!」

「役に立つ? 建物の中うろついて、危険な目にあう奴が役に立つってか?」

「駅で虫に襲われたとき、私がいなかったら譲治さんは大変なことになってました! さっきだって私が助けなければ譲治さんはどうなっていたか……!」

「なんだ、お前俺に貸しを作ったとでも思ってるのか?」

「別に、そういうつもりじゃ……」

「お前みたいなわけの分からないガキを、世話してやってるだけでどれだけ面倒なのか分からないのか。お前なんかシェルター出身じゃなきゃ、その辺に放り出してるとこだ!」


 大声を上げれば大人しくなる。譲治はそう思っていたが、マコトは真っすぐ譲治の目を見返してくる。しばらくそのままにらみ合っていた二人だったが、じわりとマコトの瞳に涙が滲み始めたところで、ついに譲治は根負けして視線を逸らした。


「……今のは言い過ぎた」

「い、いえ……」


 それから二人は黙り込んでしまった。譲治はさっさと寝てしまいたかったが、先ほどの戦闘のせいで体が火照り、興奮してしまっていて横になっても寝付けそうになかった。気まずいが、起きている他ない。譲治は荷物を意味もなく探っていたが、収穫は湿っていない煙草を数本見つけただけだった。


「あの……さっきの、なんだったんでしょう」


 しばらく続いた居心地の悪い沈黙を、先に破ったのはマコトだった。


「あれが噂の化け物なんだろう。話に聞く限りなら、火を焚いてれば大丈夫だ」

「……」

「どうした?」

「さっきの譲治さん。なんか怖かったなって……」

「さっき謝っただろう。蒸し返すな」

「いえ、さっきのことじゃなくて、悪い人たちと戦ってたときに……あの人、もう戦う気はなかったのに追いかけて……」


 譲治は無言で煙草をくわえると、焚き火で火をつけた。


「演技かもしれないし、後から戻ってこられても危険だろ」

「でもその後、あの人たちは死んで当然だ。って……」

「昔、ちょっとな」

「あの……」

「どうだ? 生体反応は」


 譲治はほとんど吸っていない煙草をドラム缶の火に放り込むと、マコト言葉をさえぎるように彼女の手袋を指さした。マコトも追求しようとはせずに、左手のモニターを見る。


「ない、みたいですね」

「そうか、なら安心だ」

「それに、なにかが近づいたら、アラームが鳴るよう設定しておきました」

「便利だな。まあ、火を焚いてればとりあえず大丈夫だろう」

「そうですね」

「さあ、寝るぞ」


 毛布に包まり寝る態勢に入った譲治だったが、焚き火に照らされるマコトを見て動きを止めた。震える右の掌を見つめ、きつく目を閉じて息を吐き出している。閉じられた目のふちには涙が滲んだままだ。


 おそらく、人を殴ったのは初めてだったのだろう。

 譲治は短くため息を吐いた。


「助かった」

「え?」

「お前がいなかったら、あのまま気づかずに寝て、その間にゴキブリに襲われて死んでた。ホームでやつらに襲われた時もお前のお陰で助かった」

「いえ、そんな」

「ここに来て、隅々まで野盗どもの絵のチェックをしなかったのも俺のミスだ。野盗に襲われたときもお前に注意が向いたからなんとかなった。だから……なんだ、あれだ……そう……質問くらいならいくらでも答えてやる」


 譲治は途切れ途切れに言うと、毛布を肩までかけてそっぽを向いて横になってしまった。マコトは少しの間きょとんと譲治の背中を見ていたが、やがて合点がいったように表情を崩すと、スーツを寝袋に変形させた。


 マコトは横になるとすぐに寝息を立て始めた。譲治はマコトの寝息を聞きながら「言うんじゃなかった」と後悔していた。しかし、それと同時に張っていた肩の力が抜けたような感覚も覚えた。譲治は毛布をかけなおし、目をつぶった。


 だが、譲治はあの暗く冷たい眼差しを思い出してしまった。

 脳に焼け付くような、あの眼差し。

 あの化け物は、いったいなんなのだ。人間なのか。

 譲治はポケットから写真を取り出して、焚き火の光で眺めた。


 また、娘の夢が見られるように。


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