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世紀末救世主になれないおっさんは目が死んでる  作者: 海光蛸八
二章 凍てつく視線
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夜獣


 譲治はあご髭をなで、このままマコトを連れて行くかドラム缶のある場所に戻らせるか考えた。どちらもそれなりに危険はある。だが、マコトのレーダーがあった方が何かと都合もいいだろうと、譲治はそう結論づけた。


「よし、行くぞ」


 譲治はマコトのモニターに映る赤い点を見た。一人は角の部屋からほとんど動かない。もう一人はモニターの地図でいうところの、一つ下の廊下の右端のラウンジと思われる広い空間をゆっくりと動いている。こちらに来るような気配はない。


「よし、離れるなよ」


 今度は二人で用心深く先に進んだ。単純に考えれば目の数が二倍になったということであり、今はマコトのレーダーもある。不意打ちされる可能性はかぎりなく低い。


「ここを曲がったところに居ます」

「ああ」


 譲治たちは小声で話して点滅を続けるライトの明かりを消す。赤い点は譲治たちと逆の方向に向かっている。後ろを向いていると確信した譲治は、飛び出してライトの明かりをつける。肩を跳ね上げ、こちらを振り向く長髪の男。


 譲治はすかさず発砲するが、ライトが一瞬消えたせいで狙いがそれてしまった。もう一発撃つ前に長髪の男は逃げ出していた。頭のいかれた野盗を同じ屋根の下に野放しにはできない。譲治は殺さないまでも、身動きが取れないようにはしておきたかった。


「右に曲がったところの先です!」


 マコトが青ざめた顔のまま叫んだ。譲治はラウンジの壁際に寄りリボルバーを握り直す。曲がり角の奥をライトで照らすと、奥まったところに枠だけになった扉が見えた。


 その時、突然視界が暗転した。譲治のライトが完全に消えてしまったのだ。大型のライトは下のリュックの中だ。


「こんな時に……なにか明かりは……」

「あっ、あります」


 マコトは棒のようなものをベルトから取り出し音を立てて折ると、譲治に手渡した。オレンジの光は狭い範囲しか照らせないが、ないよりはましだった。一旦ライトを腰のベルトに戻して光る棒を前方に投げる。その淡いオレンジの光を頼りに先に進む。


 一瞬の閃光の後、雷鳴と地響きが廃ビルを揺らした。


「……――!」


 何かが聞こえた気がして、譲治は振り返った。

 譲治の背後にいたマコトはびくりと肩を跳ねさせた。


「ど、どうかしたんですか」

「何か言ったか」

「いえ、何も……」

「……そうか」


 確かに何か聞こえたのだが、と譲治は思った。

 それを確認するには、前方の部屋に入らなければならない。


「待ってください」


 譲治が角を飛び出そうとしたところを、マコトが止めた。


「生体反応が一つ消えました」

「なんだって?」


 マコトが差し出す手の甲を見ると、確かに赤い光が一つになっていた。ということは片方の生体反応がなくなった。つまり死亡したのだ。仲間割れかあるいはもう一つの点は動物か何かで襲われてしまったのか。


「動物なら、黄色で表示されるはずなんですが……」


 譲治の思考を読み取ったかのように、マコトが呟いた。


「人間か動物かの判断はどうやってしてるんだ」

「骨格……だったと思います」


 マコトの言う通りならばこの先に居るのは人間なのだろう。生体センサーの判断材料が大きさだけなら、動物園から逃げ出し野生化した猛獣の可能性もあったが、動物と人間の骨格は全く異なる。


 どちらにせよ安全を確保するためには最後の一人、あるいは一匹を無力化する必要がある。譲治が角から身を乗り出すと、マコトがその袖を思い切り引っ張った。


「なんだ!?」

「残りの一人がこっちに!」


 マコトが叫ぶと同時に機関銃の掃射のような、重くすさまじい足音が迫ってきた。身構える暇もなく、譲治たちは何かに跳ね飛ばされた。マコトは床に転がされ譲治は壁に打ち付けられ、倒れ伏した。訳の分からぬまま譲治は視線を上げた。


 目が合った。


 マコトの蛍光棒の光は、足元しか照らしていないはずだが、確かに目が合っていた。一瞬の稲光に照らされ、その顔が映る。人間の形はしていたが、その赤黒い肌も瞼を失ったかのように見開かれた目も人間のそれではない。心臓が凍てつくような視線。


 譲治は動かなかった。正確には動けなかった。

 その獣も何をするでもなく、静かに二人を見下ろしていた。


 二人は――一人と一体は、ただ視線を交わし合っていた。


「う……」


 どこからかマコトのうめき声が聞こえた。化け物の視線がゆっくりと譲治から外され、マコトの声がした方を向いた。化け物はマコトに歩みより、しゃがみこんでその腕を掴んだ。

 譲治は正気を取り戻し、右前方に落ちていたリボルバーに飛びついた。無理な姿勢から動いたので、筋肉の繊維が嫌な音を立てる。銃を拾い上げ、撃鉄を下ろし、構える。

 しかし、そこにはもう化け物の姿はなかった。一瞬幻覚でもみたのかと譲治は思ったが、遠くから化け物の足音が聞こえた。

 

(逃げた、のか……)


 気が付けば、壊れたと思っていた譲治の腰のライトが点灯していた。


 譲治はしばらく銃を構えたままの姿勢で固まっていたが、やがて深く息を吐き出しようやく銃を下ろすことができた。心臓の鼓動も収まり、筋肉も徐々に冷えていく。銃を定位置に戻して床に転がる光る棒を拾い上げた。


「大丈夫か」

「なんとか……」


 譲治は床に転がっているマコトを抱き上げて立たせた。大きな怪我はないようだった。譲治は光る棒をマコトに手渡し、ライトを手に先だって奥へと進む。先ほどまであの化け物がいた部屋の前に行き、マコトに部屋の外を見張るように指示を出した。譲治は慎重に中へと足を踏み入れたが、そこには何もいなかった。


 頭を砕かれた野盗の死体以外は。

 血の海に海藻のように広がる髪の毛。

 その間を漂う脳の一部と頭がい骨の破片。


 譲治は吐き気をこらえて辺りを探ってみるが、瓦礫や空き缶、埃まみれの家具やクモの巣があるだけでなにも見つけられなかった。部屋を出ると不安げに眉を下げたマコトが譲治を迎えた。


「私たち以外に生体反応はありません」

「そうか……」


 譲治はあご髭に手をあてた。


「あれが戻ってきたらまずいな……とにかく下に戻って火を焚こう」

「わかりました」


 マコトを先に行かせ、譲治はもう一度耳を済ましてみた。

 しかし、耳に入ってくるのは激しい雨音だけだった。


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