血
マコトの手には瓦礫の破片が握られていた。先ほど譲治を助ける時に女の頭を殴ったのだろう、その瓦礫には血が付着していた。譲治はその姿を確認したと同時に痛覚がよみがえった。肩と脇腹、頭に腕。譲治は思わず膝をついた。
「うぐ……!」
「ち、血まみれ……! えと、あ……こういう時は……待っててください!」
マコトは瓦礫を放り投げ、譲治のそばに駆け寄ると今度はベルトの左側から小瓶を取り出した。その小瓶の栓を開けると譲治の腕を掴んだ。
「おい待て、なんだそれ」
「大丈夫ですから!」
譲治の腕を払いのけ、小瓶の中身を譲治の腕の傷口にかける。すると液体はたちまち白い泡へと変わった。それと同時に譲治を激痛が襲った。傷の痛みを早送りで体感させられているような痛みに、譲治は低いうめき声を上げたがすぐに痛みはなくなった。マコトが泡に息を吹きかけ飛ばすと傷口は完全にふさがっていた。
「傷口の消毒と治療をいっぺんにやってくれるんですよ。かなり痛いですが」
「便利だけどな……やる前に言ってくれ……」
「え、ああ……ごめんなさい」
「……ところでお前、何してたんだ?」
「この建物の構造をスキャンしてたんです」
「なんで、そんな……」
「外の世界の建物の構造がどうなってるのか気になって……さっきのエキではできなかったんで。そしたらレーダーに生体反応があったんです」
マコトは左手袋の甲にある小型のモニターを譲治に見せた。
そこには廃墟の地図と思われるものが映し出されていた。
「なにかなと思って見に行ったんですが、なんていうかその、見るからに危なそうな人たちだったんで隠れたんです。譲治さんにも教えようとしたんですが……動いたら見つかると思ってなにも……でも、無事でよかったです」
安堵した様子で、マコトは譲治の手を握る。
譲治はマコトの手を払うと、そのままマコトの肩に指を突き立てた。
「離れるなって言ったろ」
「え、でも……」
「よけいな事もするな」
「よ、よけいなことって」
「俺に逆らうな、いいな?」
譲治がそういうと、マコトはいつものように黙った。
だが、明らかに不満げな顔だった。
「なんだ、なにか言いたいことでも……」
ふいに二人の背後から物音がした。譲治が振り返ると焚き火の光に顔面が血で汚れた男が映し出された。一階で譲治に鉄パイプで襲い掛かった男だ。男は譲治たちをみつけると、小さく悲鳴を上げて逃げていった。
「生きてたか……」
「あの……」
「待ってろ」
譲治はマコトにそれだけ言うと部屋から出て行った。譲治が廊下に出るとふらふらとした足取りで逃げる男が目に入った。譲治は男に早足で近づくと、男の後頭部を掴み、窓際まで引きずっていった。
男が抵抗すると、譲治は窓の縁に男の頭をたたきつけた。二度、三度と打ち付けると、男はぐったりとうなだれて動かなくなった。譲治はそのまま、窓の外へ男を思い切り投げ飛ばした。わずかに残っていた窓枠を道連れにして、男は悲鳴も上げず下へ落ちていった。
譲治は荒い息を整えながら廊下を戻っていった。
その途中でマコトに出くわした。
「待てといったろ」
譲治は立ち尽くしているマコトの横を通り過ぎざまにそう言って、野盗を二人倒した部屋に戻った。
「まあいい、さっきレーダーとか言ってたな。まだいるのか?」
「……私たちを除いて、人間の反応はあと二人です」
手の甲のモニターに赤く光る点が四つ映っていた。隣り合っているのがふたつ。角の部屋に一つ、広い空間に一つ。前者が譲治たちで、後者が野盗たちだろう。
「なら片付けるぞ。話はそれからだ」
「……」
「そういえば、どうしてゴキブリは気が付かなかった」
「虫は……小さ過ぎるみ、たいで……」
「どうした」
マコトは死体に釘づけになっていた。焚き火の光に照らされ、血を滴らせながらぴくぴくと痙攣しているその姿を見て、元々色白な顔から、さらに血の気が失せていた。
「よせ、見るな」
「すみ、ません……」
譲治は目を逸らさせるようにマコトの背中を押して歩かせる。その背は小刻みに震えていた。
「私……人を殴って……」
前を行くマコトが、細い声でつぶやいた。
「あいつを殺したのは俺だ」
「で、でも……」
「……あいつらは野盗だ。死んで当然なんだ」
譲治の憎悪がこもった言葉に、マコトははっとした顔で振り向いた。
その視線に気が付き、譲治はマコトの背から手を離す。
「あの……」
「落ち着いたか?」
「あ……はい、もう大丈夫です」




