鉈
半壊した部屋の入り口までライトを消して近づき、入ると同時に点灯させ、隅々まで確認する。それを繰り返しひとつひとつの部屋を注意深く見て回る。点灯と消灯を繰り返すライトのせいで、余計に緊張が高まる。
階段の脇の部屋にスプレーで書かれた落書きがあった。女の裸体に牛の頭を取り付けたような絵。悪趣味だ。ゴキブリに襲われた衝撃で、落書きのチェックを忘れていた。譲治は歯ぎしりして自分を戒めた。
落書きがあるということは、徒党を組んでいる野盗がいるということだ。もしかしたらマコトは奴らに――。湧き上がる悪い予感を振り払うように、譲治は顔を振った。気を取り直して残りの部屋を先ほどと同じように見て回るが、誰もいなかった。だとしたらマコトは二階にいるのだろうか。
物音を立てないように細心の注意を払い、二階へ上る。叩き付けるような雨音、バクバクと暴れる心音、勝手に荒ぐ呼吸音。雷の光が一瞬建物を照らし、少し間を空けて雷鳴がとどろく。階段を登りきると、右側から火の光に照らされ、おぼろに揺れる瓦礫の影が見えた。
ライトを消し、火の光へと進む。
雨音はますます強くなる。
部屋に入ると同時に鼻をつく血の匂い。足元に死体。赤髪の女。マコトではない。女の叫び声。右側から聞こえた。右を向く。鉈を持った女。銃を撃つ。弾は女の肩に当たったが、その勢いは止まらない。振りかぶられた鉈をとっさに左腕で防ぐ。一瞬の鋭い痛み。鉈は骨で止まった。
しかし、女の勢いは止まらず、鉈を譲治の腕に突き立てたまま押し倒そうと譲治に迫る。足元の空き缶や木くずを蹴散らしながら、譲治を壁に押し付けやっと止まった。興奮から痛みは感じなかったが、背中をぶつけたせいで息が詰まる。
「うああああ!」
突然響き渡った幼い叫び声。その直後に女がうめき声をあげた。鉈から手を離しうずくまる女。ハッとして上げたその顔。譲治はその眉間の真ん中に銃口を向ける。響く発砲音。飛び散る血。倒れる女。広がる血だまり。
銃を腰に差し、腕の鉈を引き抜く。
再び声。今度は半裸の男。今度は譲治の方から駆け寄り、脳天めがけて手にした鉈を振り下ろす。興奮と焦りから狙いがずれて鉈は肩にめり込んだ。男は絶叫を上げて膝をつく。男の肩から鉈を引き抜き、すぐさま男の喉を切り裂く。ひゅうという大きな音が切り裂かれた喉からもれ出し、血しぶきは天井まで吹き上がった。男は膝をついたままの姿勢で動かなくなった。譲治は顔についた返り血をぬぐい取る。
駆け寄ってくる影。
銃を抜き、そちらに向ける。
「譲治さん!」
マコトだった。




