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世紀末救世主になれないおっさんは目が死んでる  作者: 海光蛸八
二章 凍てつく視線
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「雨宿りできそうな場所はあるか!」

「いえ!」


 どしゃ降りの中を走る二人は雨音のせいで自然と大声で会話していた。時折足を止めてあたりを見渡すが、雨のせいで視界は最悪だった。譲治は徐々に体温が奪われていくのを感じた。


 それでも寒さで二人の歯がかちかちと震え始めたころには、崩れたビルを見つけることができた。四、五階建てだったのだろうが、三階より上は吹き飛ばされていた。しかし、二階までの天井は無事で、雨宿りするには十分だった。


 その半壊したビルに逃げ込んだときには、譲治もマコトもすでにびしょ濡れだった。譲治たちの今いる部屋は壁が崩落して、一つの大きな部屋のようになっている。


「まいったな……」

 

 譲治はリュックを下ろしジーンズをまくり上げた。それからウイスキーの小瓶を取り出し、消毒代わりにゴキブリに噛まれた傷痕にかける。妙な病原菌をうつされていないことを祈るばかりだ。


「とりあえずこれでいいか……おい、そっちは平気か」

「はい……濡れちゃいましたね」


 譲治は瓦礫のひとつに近づき、瓦礫にくっついていたコルクボードを引きはがしと、錆びた画鋲が飛び散り小さな音を立てた。譲治はかつては壁であったその瓦礫に腰かけ、床に置いたリュックを引き寄せた。リュックは防水加工されてはいる物だが中は少し湿っていた。


 タオルを取り出し顔を拭いていると、前方からぷしゅうと奇妙な音がした。譲治が顔を上げると、マコトのシェルター服から蒸気が出ていた。数秒して蒸気がおさまると、マコトの白いつなぎ服はすっかり乾燥していた。


「便利だな……」

「この服は濡れても大丈夫なんですよ」


 マコトはそう言って笑うと水が滴る黒髪を指で掻き分けた。服は乾いても髪の毛は濡れたままのようだ。

 ほら、と譲治がタオルを広げるとマコトは素直に頭を差し出してきた。譲治がその頭にタオルを押し当てわしわしと拭いていると、白い肌をほんのりと赤く染めたマコトと目が合った。マコトはくしゃりと表情を崩し、歯を見せて笑った。


「なんか照れます」

「なんだって?」

「……な、なんでもないです」

「……」


 そういえば、娘もこうして笑ったことがあったような気がする。

 あれは幼稚園の遠足の帰りだったか。


     ◇


 遠足の日に迎えに行って、集合場所で待っていたんだ。

 天気予報では晴れだったのにいきなりにわか雨が降り出した。

 集合場所につくころにはみんなびしょ濡れになってしまった。

 どの子も泣いて親に抱き着いていたのに、あいつは泣かなかった。

 それどころか、泣いている他の子を慰めたりもしていた。


「えらいな、このみ」

「あ! お父さん!」

「お前は平気なのか?」

「なにが?」

「だって他の友達はみんな泣いてるのに、お前は……」

「父さんもお母さんもいつも言ってるじゃない!」


 そう言ってあいつは笑顔で――。


 待て。あいつは笑顔で――なんと言ったんだ?


    ◇


「……さん。譲治さん!」


 肩に手を置かれ、譲治は現実に引き戻された。マコトの頭を拭いた姿勢のまま譲治は固まっていた。マコトは大きな目を上目遣いにして、譲治の顔を覗き込んでいた。


「どうかしたんですか」

「いや、何も……火を焚くぞ。俺も服を乾かしたいし、なにより暗い」


 気まずさを紛らわすため譲治はあたりを見回しながら言った。マコトは元気よく返事すると、部屋の隅に転がっていたドラム缶を引き起こそうとして自分が転がった。二、三度転がりつつ、譲治の手助けをつっぱねて何とかドラム缶引き起こした。それから二人で辺りに散らばる木材をかき集めた。


 ある程度集まると譲治はマッチを取り出し、火をつけようとするがなかなかつかない。さっきの雨で湿ってしまったようだ。


「くそ、ライターは……」

「ちょっと待ってください」


 マコトはおもむろにベルトのバックル部分に手をやると、その上にあるいくつかのボタンのうちの一つを押した。するとベルトの右側がせり出し、ぱかりと開いた。収納式のポケットになっているようだ。瓶詰めのグミのようなものや紫色の液体が入った試験管のようなものなど、見たこともないような品ばかりが入っていた。


 マコトはその中からピンポン玉より少し小さいくらいの球体を取り出すと、指先でこすってからドラム缶に放り込んだ。するとあっという間に火がついてしまった。


「おお、何だそれ」

「酢酸ナトリウムの物理反応を変異・強化したものらしいです。刺激すると結晶化して、数秒後に発火します。半永久的に再利用が可能なんでとっても便利ですよ」

「……なるほど、ナトリウムね。ナトリウム……」


 譲治は適当に返事を返すとドラム缶の火に近づいた。そのまま服を乾かそうとするが、ずぶ濡れになった衣服はそうそう乾くものではなく、寒気を感じた。雨のせいかいくらか気温も下がってきたようだ。


 直接火に当てたほうが乾きがいいだろうと考え、譲治は上着とシャツを脱ぎ始めた。端を持ち大きく一回はたいて水けを飛ばしたところで、視線に気が付いた。

マコトが譲治の体をじっと見つめていた。


「何見てんだ?」

「いえ、男の人の体をじっくり見るのは初めてでして」

「じっくり見るな」

「いいじゃないですか、ちょっとだけ」

「やめろって言ってんだ」

「……ちょっとだけ、触ってもいいですか?」

「いいわけないだろ」

「何でですか」

「何でもだ」

「分かりました……下は脱がないんですか?」


 譲治はマコトの襟を掴むと隣の部屋に向かって放り投げた。「ひどいですよ!」と文句を言うマコトを無視して、譲治は体と衣服を乾かすのに専念した。


 マコトは隣の部屋から譲治にばれないように(本人はそうしているつもりで)彼の体を舐めまわすように見ていたが、やがて立ち上がって部屋の中を探索し始めた。譲治はその背中に向かって「光の届かないとこにはいくな」と注意してから、上着をドラム缶の火にかざした。


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