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世紀末救世主になれないおっさんは目が死んでる  作者: 海光蛸八
二章 凍てつく視線
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焚き火

譲治は足音を忍ばせながら壁伝いに進み、慎重に階段を下りていく。薄暗いものの、焚き火の光はホーム内を薄暗く照らしているので、足元はなんとか確認できる。下まで降りると譲治は一旦姿勢を低くした。マコトもそれにならう。


 譲治は腰の工具ベルトから双眼鏡を取り外し、様子をうかがった。揺らめく火の明かりばかりで何かが動く様子はない。ホームの電車が入ってくるべき大穴は、瓦礫や錆だらけのボロ電車ですべて塞がれていた。


 譲治はリュックから大型のライトを取り出し、火の光の届かない場所を照らしてみるが、やはり誰もいないようだ。立ち上がりたき火に近づいてみると、火の近くには開封したばかりのスナック菓子の袋が置かれていた。焚き火も薪を追加したばかりのように見えるが、周囲から人の気配は感じられなかった。


「おかしいな。さっきまで人がいた形跡はあるんだが」

「でも、これで危険はないってことですよね」

「そうだな……」


 譲治は銃を定位置に戻して、腕を組んであご撫でると伸びた髭の感触を指に感じた。そうして焚き火の主のことを考えていると、譲治の耳に雨音が届いた。先ほど聞いた雨音よりもはっきりと。


「雨、強くなってきましたね」

「さっきから強かっただろ」


 譲治がいぶかしげに言うと、マコトは目をぱちくりと瞬いた。


「譲治さんが帰って来たときはまだそこまで強くなかったですよ?」

「そんなはずはない。雨の音が改札のとこまで聞こえた」

「私は聞こえませんでしたが……」


 いくらマコトがぼんやりしているからといって、あの音を聞き逃すことはないだろう。では自分が聞いたあの音はなんだったのか。再びあごを撫で考えながら辺りを照らしていた譲治は、電車の出入り口をふさぐ瓦礫の間に何かを見つけた。ベルトの鞘からナイフを取り出し、ゆっくりと近づいて行く。徐々に距離が縮まるにつれてそれが何か分かった。


 人間の死体だった。


 男が瓦礫に下半身を突っ込み、仰向けで絶命していた。腐臭がしないことから死んで間もないことが分かる。男の顔は苦痛に歪み、片方の目は完全になくなっており、ただの黒い穴になってしまっている。皮膚のをびっしりと発疹が覆っているように見えたが、よく見ればそれは小さな傷だった。


「こいつが焚き火をしてたのか」

「う……ッ!」


 後ろから付いてきていたマコトは小さく悲鳴を吐き出すと、目を逸らした。


「落ちてきた瓦礫に挟まれたか」

「酷い……」

「だとしたら、この小さな傷は一体な――」


 譲治が言い終わる前に男の襟元から、何か黒いものが這い出してきた。


 服からだけではない。口や、耳や、目から、黒いものがかさかさと這い出てくる。その中の一つが宙を舞い、譲治の上着の裾に着地する。


 これは――。


「……ゴキブリ?」


 譲治がつぶやいた次の瞬間、男が挟まった瓦礫の隙間から黒い塊がざわざわと音を立てながら這い出てきた。この音は先ほど聞いた音と同じ。


 譲治が聞いたのは雨音ではなかった。

 ゴキブリたちの羽音だったのだ。


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