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世紀末救世主になれないおっさんは目が死んでる  作者: 海光蛸八
二章 凍てつく視線
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殺虫剤

 譲治は改札の機械を乗り越え先に進んでいく。


 改札の先は思いのほか湿り気があった。雨漏りしているのかと初めに考えたが、トイレまで行くとその周辺が水浸しになっているのが分かった。水道管が破裂したようだ。少し耳を澄ましてみるが、雨の音以外は聞こえない。もう水は止まっているようだ。


 譲治はトイレに入ってみる。いくつかの小便器に個室があるだけで何もおかしいところはなく、まためぼしいものもなかった。念のためここでも落書きを確認するが、男女のトイレ両方に見当たらなかった。


 これなら今日はここで寝てもいいだろう。譲治は洗面器に溜まった水を目にとめ、水筒に汲もうとして思いとどまった。何かの雑菌でもいたら最悪だ。


(ん……?)


 トイレから出たところで一瞬、明かりが見えた気がした。譲治はトイレの脇のホームへと続く階段へライトを向けた。明かりを確認するために一度ライトを消してみるが、ホームは相変わらず真っ暗闇であった。


 気のせいだったかと思い、譲治がリュックの場所へ戻ろうとすると、ざあざあという音が耳に入った。雨が強くなってきたのだろう。


 譲治が戻ると、マコトは譲治のリュックをしげしげと眺めていた。リュックの口からはみ出ている殺虫剤の缶を見ているようだ。譲治が戻ってきたことにも気が付いていない。


「おい」

「ひゃっ!」


 譲治が声をかけると、びくりと肩を揺らした。

 それから泣きそうな顔で必死に声をあげた。


「さ、触ってません! ちゃんと見張ってました!」

「……」

「ほ、ほんとに触ってません……」

「……これは殺虫剤だ」


 譲治がつぶやくように言うと、マコトは譲治の顔をきょとんと見つめた。何も教えないせいで色々いじくり回されるほうが面倒だ。譲治はそう自分に言い訳して、リュックから殺虫剤のスプレー缶を取り出した。


「殺虫剤、知らないのか」

「い、いえ! シェルターのは形が違うんだなーって見てただけです!」

「見てみるか」

「い、いいんですか!」


 譲治が無言で缶を差し出すと、新しいおもちゃを買ってもらった子供のように、マコトは殺虫剤の缶を眺めた。その様子を横目で見ながら、譲治は深くため息をついた。


 なんで自分がこんな子供の御機嫌取りをしなくちゃいけないんだ。この娘がシェルター行きの切符でなかったら、今すぐにでも放り出してやりたい。譲治はそんなことを思った。


 そんな譲治の気持ちも知らず、マコトは殺虫剤を舐めるように隅々まで見た。そして、やはり譲治は優しい人間だとマコトは考えた。


 この人とはきっと仲良くなれる。でも従っているだけじゃたぶん駄目だ。譲治さんはそれを望んでいるんだろうけどそれはきっと良いことじゃない。私から行動しないと今のままで進展なんてしない。


 そんなマコトの考えも知らずに焚き火の準備をしていた譲治だったが、マコトは周囲を見回したかと思うと、おもむろに立ち上がった。そのままどこかに歩き出そうとしていたマコトの手を譲治は掴んだ。


「何してる」

「え?」

「離れるな。昨日言っただろ」

「す、すみません」

「調子に乗るな」


 先ほど確認した限り地下鉄の奥には明かりが届かない。つまり、例の光が苦手な化け物が潜んでいるかもしれないのだ。電気が通っているなら話は別だが、電光掲示板も天井の電灯も付いていないことから、この駅には電気は通っていない。



 少し甘い顔を見せたらこれだ。やはり厳しくしなくては、と譲治は考えた。

 少し行動してみたけどダメだ。もう少し大人しくしよう、とマコトは考えた。


 だが、気が付いたことは伝えるべきであろう、そう考えてマコトは口を開いた。


「明かりが見えたんです」

「なんだって?」


 マコトが指差す方へ譲治が顔を向けると、確かに焚き火か何かの光がホーム側から漏れてきている。先ほど落書きを確認しに行ったときに感じた明かりは気のせいではなかったようだ。落書きはなかったので野盗ではないと思われるが、確実とはいえない。現にこうして焚き火と思われる明かりが奥から漏れてきているのだ。


「どうしましょう」

「一応確認しておく。寝ている間に襲われたくない」


 譲治はライトを消し、殺虫剤をリュックに突っ込むとマコトに後ろについてくるよう指示を出す。腰のリボルバー拳銃を引き抜いて弾が装填されていることを確認すると、シリンダーをわざと音高く戻した。音に気が付けば奥で影か何かが動くと思っていたが、反応はない。


 譲治は軽く息を吐いて気を引き締めた。


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