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世紀末救世主になれないおっさんは目が死んでる  作者: 海光蛸八
一章 譲治とマコト
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好奇の目

 肉屋に食器類を返すころには、辺りは暗くなり始めていた。あちこちで猛獣避けのための火が焚かれ始める。譲治たちもマッチの火種と燻製肉の提供で、その輪に入れてもらった。銀色の警備ロボットも近くに居るなかなかいい場所だった。譲治は煙草に火をつけ、マコトは相変わらず雑誌を読んでいる。


 半分ほど吸ったところで、譲治は視線を感じた。マコトがまた譲治を凝視していた。


「タバコは体によくないんですってば」

「……長生きなんてしたくない。それに俺の体だ。お前に関係ない」

「フクリュウエンがでるじゃないですか」


 譲治はぴくりと頬を動かし最後に大きく吸ってフィルターまで葉を燃やすと、無言のまま力いっぱい煙草を踏み消した。マコトはそれをどうとらえたのか、満足げにうなずいていた。譲治は小さく舌打ちすると、ウィスキーの小瓶を取り出し、琥珀色の液体を一口含んで、ゆっくりと飲み下した。喉が焼けるような感覚と、鼻に抜ける熟成したアルコールの香り。この感覚も久しぶりだった。


 譲治は反射的にマコトの方を見たが、酒については寛容なのか無知なのか、特に何も言ってこなかった。譲治は内心ほっとした自分に気がつき、「なんでコイツの許可を取ろうとしているんだ」と、苛立たしげに小瓶をリュックに放り込んだ。


「そういえば、なんで火の近くに?」

「猛獣とか、もっとおっかないバケモノを遠ざけるためだ」

「おっかないバケモノっていうと?」

「よくは知らん。凶暴化した動物だとか、化け物になった人間だとか、宇宙人だとか地底人だとか。とにかく神話じみたバケモノがいるらしい。見たってやつは何人もいるし、その話を信じないで暗闇で寝て、本当に死んじまった奴だって居たからな」

「へえー……でも、焚き火くらいで、怖がったりするんですか?」

「その化け物は光に弱いらしい。だから、今じゃこうして夜でも火を焚いてる」

「光が苦手ですか。それってどんな生き物なんでしょうか」

「さあな」


 マコトの質問攻めに辟易してきた譲治は、適当な返事を返し、毛布を二枚リュックから取り出した。そのうちのひとつをマコトに渡そうとするが、マコトはスーツの襟部分をいじくって受け取ろうとしない。


「なにしてんだ?」

「ちょっと待ってください……」


 マコトが襟元のボタンを押すと、ぼふんという音と共に、スーツの形が変わった。


「このスーツ、寝袋にもなるんですよ」

「へえ」


 得意げに言うマコトだったが、その姿は寝袋と言うより、着ぶくれした子供にしか見えなかった。譲治は笑いをかみ殺しながら、マコトの分の毛布しまい、胸ポケットから写真を取り出した。それを焚火の光で見る。


「それ、なんですか」

「写真だよ」

「あ、知ってます。被写体を専用の紙に映し出したものですよね」

「まあ、そんな感じだ」

「見せてください」


 マコトはもこもこした腕のまま、譲治の手から写真を取り、しげしげと眺めた。


「このみちゃん、三歳……娘さんですか?」

「おい返せ」


 譲治はマコトの手から乱暴に写真を奪い取った。


「かわいいですね、今はどこにいるんですか?」


 のんきな顔をして笑いかけてくるマコトに、譲治は苛立ちを覚えた。


「おい聞け。これからのルールを決める」

「え?」

「黙って聞いてろ」


 譲治が低い声で言うと、マコトは表情を改めた。


「これからは俺の言うこと聞け。それと、俺のそばから絶対に離れるな」

「は、はい!」

「あともう一つ、俺に質問は二度とするな」

「え……」

「分かったか? 分かったならもう寝ろ」


 譲治は写真をしまい、毛布にくるまると、それきり黙り込んでしまった。しばらくその背中を見つめていたマコトだったが、やがて、着膨れの体のままごろんと横になった。その様子を耳で聞いていた譲治は心の中でため息をついた。


 これでいい。外の世界も知らない小娘に、どうでもいい質問やらうるさい意見やらを言われないようにするには、こうやって怖がらせるしかない。どっちみちシェルターに行くまでの付き合いだ。妙な情が移っても馬鹿馬鹿しい。


 なんにしても、明日から静かになるだろう。譲治はそんなことを考えながら寝返りを打っていると、やがてうとうとしてきて、そのまま寝入ってしまった。


 その背中に、マコトの好奇の視線が向けられていることなど知らずに。


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