ステーキ
マコトは譲治が歩み寄り、目の前に立っても気が付かずに雑誌を読みふけっていた。こいつが一ヶ月も生き延びられたのは本当に奇跡だな。と譲治は思った。肉の匂いに気が付いたのか、マコトは顔を上げた。譲治と目を合わせると、驚いたように雑誌を閉じた。
「ごめんなさい、気が付きませんでした」
「別に謝ることはない。ほら食え」
肉の乗った皿を渡すと、マコトは鼻を近づかせ、ひくひくと動かした。
「あ、いい匂い。なんですかこれ?」
「なんですかってお前、肉だよ。ステーキ」
譲治は厚切りのステーキにフォークを突き刺し、そのままかぶりついた。少し硬いが、噛めば噛むほど野性的なうまみが口いっぱいに広がるいい肉だった。ここのところたんぱく質にありつけていなかった譲治は二口目、三口目と食べ進めていく。マコトはその様子を口を半開きにしたまま凝視していた。口の端からはよだれが垂れている。
「なんだ、食わないのか?」
「い、いただきます」
マコトも真似してフォークを突き刺し、噛り付くのだが、噛み切ることができない。
「うぎ、ぎぎぎ……」
「ほら、貸してみろ」
譲治はため息交じりにマコトの皿を取ると、ベルトの鞘から大型のナイフを取り出した。それを使ってステーキを一口サイズにてきぱきと切り分けて返す。マコトは律儀に「ありがとうございます」と言って受け取り、肉の一つをフォークに刺して口に放り込む。すると、ぱっと笑顔になった。
「わ! おいしいです!」
「よかったな」
「すっごくおいしいですよ!」
「うんうん」
譲治はめんどくさそうに生返事をすると、自分の肉も切り分け始めた。
「ブロック食の『ミート』の味をもっと濃くしたみたいですね!」
「うん……ん? なんだって?」
「ブロック食ですよ。知らないんですか?」
「知らん」
「シェルターの食堂で選べるんですよ。ゼリー食かブロック食かを、オートミールズって機械で選んで、アイコンにタッチすると、そのどっちかが出てくるんです。ブロック食は材料のジェルを多く使うので、行事の時しか食べられないんですが……でも、そのブロック食よりも断然こっちの方がおいしいです!」
確か旧世界の時代にそんな機械があったような気がしたが、譲治はよく思い出せなかった。それよりもゼリー食とかブロック食とかいう名前を聞いただけで、譲治は食欲が失せた。シェルターの生活を手に入れたとしても課題は多そうだ。
譲治は口の端に油をべっとりつけながら肉をむさぼるマコトの口を拭いてやりながら、そんなことを考えていた。




