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世紀末救世主になれないおっさんは目が死んでる  作者: 海光蛸八
プロローグ
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〈すり切れたシェルターの広告〉

核兵器の何十倍もの威力を持つ爆弾が、存在したら? そんな巨大爆弾がもし、私たちの国に落とされたら?愛する人の命が、あと数分で奪われてしまうとしたら?


そんな時、ST社の核シェルターがあれば、心配する必要はありません!弊社の製品は、世界最高水準のシェルターです!


極めて高い防水・防湿性で快適!もちろん耐久性も抜群!核爆弾が直撃しても、買い替える必要なんてありません!


独自の技術で、汚染された大気を安全で清浄・新鮮な空気に浄化してくれます!放射性降下物や化学兵器、ウィルスや細菌など99.9%の精度で除去します!


たとえ世界が灰の山に沈んだとしても、あなたの家族だけは大丈夫!


シェルターで地下暮らしなんて暗くて嫌?

食べ物や飲み物がちゃんとあるのか不安?

何の娯楽もないなんて退屈で気が滅入る?


本シェルター備え付けの人工太陽照明は、本物の太陽光の力強さを実現しました!植物だって育ちますし、日焼けもバッチリ! お日様のにおいだって完全再現!


整備不要の備え付けの浄水器が、何百年も安心で安全なお水をご提供致します!AM社のオートミールズ二〇五五を搭載! 毎日の献立に悩む事はなくなります!


プレイルームやホームシアター、ジムやプールなどの娯楽室も充実の品ぞろえ! 

※娯楽室等は標準設備ではありません


弊社は日本の核シェルターの草分けとして、半世紀以上研究を重ねてきました。我々は公共シェルターの建設で皆様の安全に貢献していると自負しておりました。しかし、それだけでは自社の使命を果たし切れていない。我々は考えを改めました


そこで今回は一般のご家庭でも、定年までには購入いただける価格設定を実現!


世界が終わっても自分の安全だけは守りたい!自分達だけは快適に暮らしたい! 


そんなお客様のご要望にお応えできる、素敵なシェルターを格安でご提供!


ご近所の目なんて気にせず、いち早く設置しましょう! だって、世界が灰になったら、ご近所付き合いなんて気にする必要はないのですから!


ご注文・お問い合わせはこち――。



――――――――――――


 そこまで読み、男は広告を破り捨てた。細切れになったそれは風に流され曇天へと舞い上がっていく。灰色の空へ撒き散らされていくチラシを、彼はぼんやりと眺めていた。彼の周りには大小の瓦礫が散乱していた。瓦礫は彼の周りだけではなく、地表のあちこちに山を作っていた。その瓦礫たちは、大地の表面に浮き出た膿のようだった。


 西暦二一〇七年。世界はいつの間にか崩壊した。


 巨大隕石の衝突を主張する者、伝染病の汎発流行を唱える者、第三次世界大戦の勃発を叫ぶ者、ハリウッド映画のような地球外生命体の侵略があったと信じる者、神の裁きだとヒステリックに吹聴する者……様々な形で、世界の終わりは議論された。


 しかし、世界に何が起きたのかは、誰にも分からなかった。彼らに分かっていることは、世界が壊れる前日まで、皆が普段と変わらぬ日常を送っていたという事だけだった。


 幸運にもシェルターで難を逃れた人々が、外に這い出してきた時には、世界は様変わりしていた。車や電車の騒音は消え、道行く人々の喧騒も聞こえなかった。街頭や店先で商品を宣伝する電子音声も聞こえない。テレビも携帯端末も電波を受信せず、ラジオも耳障りな雑音を流すだけだった。


 ――世界は、不気味なまでの静寂に包まれた。


 それから十余年。それでも、人々は身を寄せ合い、何とか生き延びようとした。かつての――『旧世界』の生活を取り戻そうとした。だが、人々の心は日に日に荒んでいった。簡単な物盗りから始まり、すぐに強盗が頻発、やがて殺人までもが日常化した。多くの者は野盗となり、懸命に生きる者から、わずかな物資と命を奪い取って行く。それがこの時代の日常となった。


 男は、空に舞う紙切れ達をしばらく眺めていたが、やがて視線を外して歩き始めた。男の後ろには、歪んだ牙がいくつも生えた奇形の豚が縄で繋がれていた。


 大きな豚を引きずりながら、男は思考をめぐらせた。最後に笑顔を見たのはいつだろうか。わずかな物資が見つかった時のような、不安に裏づけされたものではない。人の不幸をあざ笑うような、下賤なものでもない。


 他人や自分の幸せを祝い、喜ぶ。そんな暖かく純粋な笑顔を最後に見たのはいつだったか。また、彼自身が最後に笑ったのはいつか。そんな事もとっくの昔に忘れてしまった。


 しかし、最後に見た笑顔の主が『誰だった』かは、男は忘れていなかった。

 忘れることができなかった。

 最後にその笑顔を見た日からずっと。


 男の目は死んでいた。


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