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夢のキセキ

作者: 麻々ソーマ

ノアフェス(ノベルゲームのゲームジャム)の没シナリオです。供養です。


 蝉の斉唱。

 見上げるほどの白い入道雲。

「………………暑い」

 暑い暑い八月初め、俺の新しい仕事が始まろうとしていた。

 今日がそのおめでたい初出勤の日なのだ。

 場所はどこだったか、とスマホで地図を見ようとして、ハッと気づく。

「で、電波が飛んでない……」

 想像以上に想像以下なインフラだった。

 がっくりとうな垂れて今後の生活に絶望。

 タイムスリップしたかのような錯覚を覚えつつ、わかりきっていたことだと持ち直す。

 ここはそれくらい田舎なのだから。

 俺が務めるのは小さな村の診療所。

 前に担当していた人が辞め、入れ替わる形で抜擢された。

 業務はいわゆる地域医療。

 自分はこの仕事に良い印象を持っていない。

 この廃村間近の、若さから隔絶された空間を延命する装置。

 言い方は悪いにしても実際に出来ることなんてそんな程度でしかない。

「……にしても、引継ぎの一つもないのは不自然すぎるよなぁ」

 急に決まった話でどうも乗り気にはなれなかった。

 正直、ビクビクしている。

 村八分、的なことがあってもおかしくない。初日からネガティヴだ。

 考えれば考えるほど気は沈み、追い打ちをかける炎天下にも参ってしまう。

 さっさと診療所に向かおう。――


 そして二十分ほど歩き診療所に到着。

 鍵を取りだしドアを開けた。

 所内は薄緑のカーテンに遮られ、少しの暗い。

 カーテンを開けると、その風で舞った埃がキラキラと陽の光で輝いた。

 何故かそれに若干の違和感を覚える。

 中を探索する。

 デスクは雑に片づけられている。

 なんだか不穏だった。

 まるで、【何かから逃げて】出て行ったかのような、そんな有様だった。

「……本当に村八分とかないだろうな」

 ぼりぼりと頭を掻きながら、これから挨拶に向かうことを考える。

 ああ。憂鬱だ。

 それでも向かわずにいられないので、さっさと済ませることにした。


 ……。

 …………。

 ………………何も、なかった。

 拍子抜けするくらい何もなかった!

 村内の老人はみんな気のいい方ばかりだった。

 単に前の医者が雑だった。それに尽きるのかもしれない。

 真相なんてものは得てして退屈だ。

 それから、少し謎の解明につながったこともある。診療所はほとんど全く使われていなかったらしい。業務のほとんどは訪問医療。

 当然といえば当然。

 どうりで診療所に埃が被っているわけだ。

 診療所の設備でなければならない事態などそう多くはない。

 ならば医者が行くほうが都合がいい。

「しかし、村を廻るのは大変だなぁ」

 …………ああ。今日は疲れた。

 今すぐ横になりたい。

「そういえば、診療所の設備に使っていないベッドがあったな」

 どうせ使われていないのなら有効活用してしまおう。うん。

 陽光を十分に吸った白いベッドはさぞ気持ちがいいはずだ。

 善は急げ。

 ガチャリ――

 と、その部屋のドアを開けた。

 瞬間。

 目を瞠る。

 そこには、いるはずもない【先客】がいた。

 影になっていてその顔はよく見えない。

「ッ、だ。誰だ!?」

 声を荒げる。恐怖で震えそうになる声を必死で抑えて言い放つ。

「ひぅ!」

 するとずいぶん可愛い悲鳴が聞こえてきた。……『ひぅ!』って。

 影は振り向く。

 月明りに照らされて、ようやくその相貌が映る。

「君は……」

「あ、あの、新しいせんせー……ですか?」

「え? ああ。そうだけど」

 そこにいたのは、少女。短い黒髪と白い肌。丸みを帯びた瞳は穏やかそうな性格を覗かせる。彼女は病衣を纏っていた。おそらくそれはここの施設の病衣。

 彼女はここの患者……?

 いやいや、それはない。

 少なくともここ数か月の入院歴は無いのだから。

 幽霊。という単語が浮かぶ。でなければ不法侵入。

 いずれにせよ、お寺か警察の案件だ。

 けれどなぜか、俺は気づかぬ振りをした。

「俺は石巻亮二と言います。今日からここで務めることになりました」

 よろしく、と手を差し伸べる。

「はい、よろしくお願いします。私は……月野、花って言います」

 そうして俺の手を取る。触れられないかと思いきや実体はあった。

 まあ。幽霊であるはずがないよな。きっとそうだ。

 花さんの処遇はどうするべきか。

 逡巡するも追い出すわけにもいかず、特に追及をしなかった。

 その日。俺は彼女に出会い、奇妙な共同生活が幕を開けた――。



     ◆



 花さんには心疾患があった。そして、それは薬では一生治らない病だった。

 手術をすれば治るため、村を出て大きな病院に行くことを勧めたが、彼女は首を振る。何か、行きたくない、行けない理由があるようだった。

 俺は無理に勧めないことにした。幸い、薬を飲み続ければ抑えられる病だったので、場当たり的な解決は望める。

「だけどね、大きな病院に行かないと治らないんだよ。花さん」

 ツン、と顔を背ける。

「いいもーん、せんせと一緒にいるの楽しいし」

「あのねぇ……」

 花さんは、俺のことを「せんせ」と舌足らずに呼ぶ。

 あどけなく可愛らしい響きだ。

「それに……」

 言いかけてよどむ。

「…………それに? 何だい?」

「……なんでもない。それより、楽しい話をしない? せんせっ」

 楽しい話、か。そう言われても、口下手な俺には難しそうだった。

 どうにかして花さんを楽しませたいが。

 毎日、診療所にいる生活は退屈なもののはずだ。

 うーむ。これは困った。

「そんなに悩まなくてもいいのに。あ! じゃあ今日あったお話を教えてよ」

「今日の話って、仕事で村の家々を訪問しただけで」

「うん。それでいいの」

 本当にそんな話でいいのだろうか。取り立てて面白いエピソードがあるわけでもないのだが。

 花さんは丸い目をキラキラさせて待っている。

 小さく息をついて、話す決心をした。

「ではお望みとあらば。言っておくが、退屈でも寝るんじゃないぞ」

「はーい」

 何気ない一日の出来事を振り返る――――

 ●●さんは頑固だけど実は優しいおじいさんで、■■さんは甘い餡子の入ったお菓子が大好きだとか、訪問した先々のお話を。

 そんなありふれたお仕事の話。

 彼女はそれを嬉々として聞いてくれていた。――


 ある日の夜。

 俺は気になって古いカルテを調べていた。五年以上前のカルテは法律上、処分しても問題がなく、残っていないケースも多い。意外にもこの診療所は過去三十年、開設時からのカルテが保管されていた。

 期待を抱く。

 もしかしたらどこかに彼女のデータが残っているのではないかと。

 パラパラとファイルをめくる。

 一年、二年、三年……五年、十年、十五年と遡る。

 けれど見つからない。

「ここじゃない、のか? それとも」

 カルテが存在しない? 彼女は一体、何者なのだろう。

 諦めかけていたとき、

 ――ピタリと。手が止まる。

「田村、花?」

 三十年前、この診療所に入院していた一人の少女の記録。

 違う。

 彼女は、花さんは、月野花と名乗っていた。

「名乗っていたほうが違う。偽名か」

 カルテを見る。

 田村花は心疾患、符合が合致した。

 田村花は危篤状態に陥って、大病院に移転入院、その後……亡くなっている。

 心疾患は先天性のもので、おそらく、この状態では満足に学校に行くことも無かったのだろう。

 やりきれない。非情な現実に激情が走る。

 俺に、何かできることはないだろうか。何か、何かできることは。――



     ◆



「……みさんが?」

「うん。ポルトガル? だったかな。そこらへんの国発祥のアクセサリーでね。切れると願いが叶うらしいんだ」

「へぇ~」

 なぜミサンガなのか。この村をしばらくは出られそうにない自分が思いついた、女の子が喜びそうなアクセサリー。仕事の合間で編み込んで作ってみた。

「そんなわけで、はい。プレゼント」

 赤、青、黄、緑、ピンク。カラフルに編み込まれたそれを手渡す。

「わ、ありがとうございます! ……これがミサンガですか」

「うん。綺麗なもんだろう?」

 まじまじミサンガを凝視する花さん。手作りなんて初めてだから緊張する。もしかして気に入らなかっただろうか。心配してもやっとする。

「すごいですね!」

 ずいっと前かがみに寄って、目をキラキラさせていた。

 思わずたじたじ後ずさり。

「……すごいって何がさ?」

「だって、こんなに引っ張っても切れないんですよ!? これが切れて願いが叶うなんて、奇蹟みたい!」

「…………ハハ」

 喜んでいただけたようで何より。ホッと一安心する。

 けどまあ、こんなにいい反応をしてもらえると作った甲斐があったな。

 ……月野花。いや、田村花はもうこの世にいない存在。

 残留する未練/怨念。幽霊。

 ……。

 …………。

 ………………だったら何だという。

 少しでも笑っていられるように、俺がしてあげられることを探すのは間違いなんかではないはずだ。――



     ◆



 三日が経った。

 今日は朝から雨が降っていて、空は黒い雲に覆われている。

 不意に花さんが口を開いた。

「ねぇせんせ」

「何かな」

 普段とは雰囲気の違う神妙な面持ちで、こちらをジッと見ている。

 ザアザアと雨の音がうるさく、外界と遮断されているようだ。まるでこの世界に、二人だけ取り残されたような気分になる。

「せんせさ、気づいてるんでしょ。私の正体」

 ……正体、……幽霊。…………田村花。

 もう隠すことはできないだろう。

「ああ。田村花さん、だよね」

「正解です。私はとっくの昔に死んでるんですよね」

 ここにいるのに。

 ここにはいない。

 現実を確かめるように彼女は言う。それが悔しくて、唇を強く噛んだ。

「私ね、夢があったの」

「夢……」

「一度でいいから、死ぬまでに恋をしてみたかったなあって」

 生前。満足に学校も行けなかった田村花の人生で与えられなかった可能性。そして幽霊となった今、この村でも叶いそうにもない。

 若い人は残っていない、あとは緩慢に死んでゆく村だからだ。

「花さん、村の外に出られるかい?」

「せんせ。それは無理なんだ」

「どうして?」

「地縛霊? っていうのかな。この村からはどうしても出られないんです」

 力なく垂れる右腕にミサンガがぶら下がる。

 噛みしめていた唇が切れて、口の中にじわりと血の味が広がった。



     ◆



 昔のことを、思い出した。

 どうして医者になりたかったのか。

 憧れを抱いたのは単純で、ドラマの影響。神の手を持ち、目の前の命をすべて救っていくようなそんな名医に、俺は憧れた。

 何とも陳腐な夢想だと笑い飛ばしたくなる。

 ――俺は夢を叶えた。

 ――医者になった。

 ――この手で救った人もいた。

 ……夢を叶えた?

 ――確かに医者にはなれた。

 ――けれどこの手で救えなかった人のほうが多かった

 それが現実。

 現実は救いがたい。

 ……どうしてこんなことを、今、思い出したのか。

 それは紛れもなく田村花という、救われなかった少女が目の前にいるからだろう。

 彼女にとっての救いとは【恋をすること】。少女らしい夢。けれど、その人生において一度も与えられなかった機会。

 俺に、何ができる……?

 俺は、彼女を救いたい。

 そう願わずにはいられなかった。



     ◆



 あれから、いろいろ考えた結果――。

 花火を打ち上げることにした。

 一軒一軒回って、村の人を説得していく。

 難色を示す人も少なからずいた。うるさいだの、危険だの。

 業者をしっかり選定し、書類にまとめておいた。打ち上げる音の大きさや火災の危険性などは調べてある。消防局に届け出も提出して、万全を期している。

 花火が嫌いな人はそういない。

 一つずつ不安を解消していくと、納得して承諾してくれた。

 寂れた村の夜空に咲く大輪を少しは楽しみに感じてくれているらしい。


 許可してもらえたのは――

 それはきっと、打ち上げ花火だからなのだろう。

 

 綺麗な、綺麗な、刹那の煌めき。

 数多の思い出を花火は抱いて散る。



     ◆



 そしていよいよその日がやってきた。

 まだ、花さんには伝えていない。

「花さん」

「なに? せんせ」

「今夜は暇かな」

「どうしたのせんせ。うん。もちろん暇だけど」

「ちょっと連れていきたいところがあるんだ」

「それってもしかして、デートのお誘い?」

 茶化すように彼女は言う。

「ああ。デートだ」

 真顔で正面から答えた。

「っ……、」

「嫌だった?」

「ううん。びっくりしただけ」

「それで……行きたいところって」

「うーん、秘密ってことでいいかな」

「わかった。じゃあ、楽しみに待ってます」



     ◆



 夜になった。

 計画は練りつくした。これで失敗するようなら天に見放されたようなものだろう。

 幽霊という存在は生きてはいない。

 花さんはここにいる。現世にいる以上、生前の苦しみも永遠に続く。らしい。

 なんて不自由で、なんて救われない。

 そんな残酷な定めが俺は許せなかった。

「さぁ。いこうか」

「うん!」

 そっと手を引いて、彼女を連れていく。

 鼓動がうるさい。柄にもなく緊張している。

 うまくエスコートできるだろうか……。

 いや、弱気になっている場合ではない。

 何が何でも成功させなくては。

「せんせ」

「……なにかな?」

「せんせってさ、どうして私に優しいの」

 …………どうして?

 そう聞かれると答えに窮する。

 漠然としているけれど、

「もしかしたら――救われたから、なのかもしれない」

「……せんせが?」

「うん。実はさ、ここに配属されたとき自分はただの『機械』でしかないと思ってたんだよ」

 ――廃村寸前のこの地で、

「自分は誰も救えずに、ただ、その時を先延ばしにするだけの装置。……白状すると、そんな風に思ってた」

 ――でも、

「花さんのおかげで、俺はまた誰かを救いたいって願えるようになったんだ」

 この答えが彼女の望んでいたものかはわからない。

「だから、ありがとう」

 きっとこれが根底にあったんだと俺は思う。この感謝に偽りはない。

 助けたいと願う自分を取り戻せたのは花さんのおかげだ。

「私、幽霊になって人を救えるなんて、思ってなかった」

 花さんのおかげで自分は救われた。

 なら、残るは……。


 ……――。

 ――――……。

 とある寂れた神社。

 村の外れの丘陵。

 そのてっぺんにある。

 立派なその佇まいにも、今は誰も足を運ばない。

 寂れた理由は言うまでもなくこの土地が寂れたから。

 そんな神社に、二人で訪れた。


 俺がここを選んだ理由は見晴らしが一番良かったからだ。この村に住む人はみな、ここからの景色は素晴らしいと口を揃えて言っていた。

 都会の夜景とはまた別の美しさ。

 満天の星空と静謐な神秘。そんな眺望に心が洗われるようだった。

「うん。いい夜空だ」

「……せんせの行きたかった場所ってここ?」

 少しトーンダウンした花さんの声。ガッカリしているのだろう。

「私ね、ここは来たことあるんだ」

「ハハ……たぶんそんな気はしてたよ」

 ガッカリしている自分が悔しいと、花さんは申し訳なさそうに肩を落としていた。

「せっかくせんせが誘ってくれたのに……」

 単に夜空を見せるだけが俺の目的じゃない。

 ここからが勝負どころだ。

「大丈夫、それは予想してたから」

「――え?」


 そして不意に、夜空が煌めいた。

 美しくてどこか切ないような火の大輪。


 花火が夜空を輝かせる。

「花、火……?」

「うん。やっぱり格別だな」

 澄んだ大気の爛漫と輝く星々と弾ける色とりどりの炎色のコラボレーション。

 それは想像以上に美しいものだった。

「せんせ。……ありがと」

 大粒の涙がこぼれ落ちる。

「――――やっと」

「やっと、叶ったよ。せんせのおかげで」

「うん」


『ありがとう』


 そう言って、彼女は消えた。

 初めからそこに何も在りはしなかったかのように。音もなく消えた。

 ……成仏できたのだろうか。

 それを願っていたはずなのに心のどこかがキリリと痛む。

 これで良かったのだろうか?

 花火も終わり、彼女との日々は完全に幕を閉じた。

 踵を返し、山を下ろうとして、

 ついさっきまで彼女のいた場所に何か落ちていることに気付いた。

「これは……」

 俺が、渡したミサンガだ。

 拾い上げて気づく。

 ミサンガは切れていた。

 それを見て、小さく息をつく。

 ……これで良かったのだろう。

 たった数週間の花さんとの不思議な日々。

 暑い暑い夏に起きた不思議な奇跡のお話は、こうして幕を閉じた――。

長編で書ければ、そこそこ面白い……とは思います。

感想お待ちしてます( ・∇・)

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