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魔道士が物理で殴って何が悪い  作者: 杵臼餅之助
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肉体の悪魔

やっぱり戦闘描写は難しい。

澄んだ青空に昇る太陽は今日も燦々と輝いていた。世界を照らし人を照らし、遍く全てに分け隔てなく暖かな陽光が降り注いでいる。

雲一つない蒼穹の天から人々を見下ろす日輪は、遍く全てを分け隔てなく照らしていた。


「······ここか」


草木の生い茂る暗闇の森、太陽の光すら届かぬ場所へと足を踏み入れる者がいた。木漏れ日から差した光を反射し光沢を放っている杖を持ち、魔道士然としたローブに身を包んだ人物。深緑の長い髪を先の方で一纏めにしているが、その体格から男だという事が何となく分かるだろう。


男は辺りを見回して嘆息すると、自然と独り言を零した。


「本当に此処にあんのかね、ピッカンティの実とやらは。まさかあのクソ猫、ニセの情報掴ませたんじゃないだろうな······」


開いた手帳に書かれているのは目当ての物について記された情報の数々。

ピッカンティの実とやらのイメージ図と、それを囲むように羅列された補足の数々。

これら全ての情報を揃えたのは、男が知る限り一番腕のいい情報屋であり彼がクソ猫と称し警戒している人物。通称『影渡りのドラ猫』だ。冒険者界隈では知らぬもの無しとされている腕利きの情報屋で、その正体を知るものは少ない。

男だったり女だったり子どもだったり老人だったりと、人々の間で様々な情報が錯綜しているせいだ。尻尾すら掴めていない現状から、如何にそのドラ猫の周到さと情報操作がよく機能しているのかが嫌でも理解出来る。

しかしこの男は、その『影渡りのドラ猫』の正体を知っている数少ない人物の一人だったりする。魔道士の癖に槍をぶん回すという噂に釣られて、興味本位で向こうから接触してきたのが事の始まりだ。

それからというもの、良きビジネスパートナーとして仕事を手伝ったり手伝わせたりとそれなりに良い信頼関係を築けているが、時にイタズラと称して微妙に間違った情報を渡したりする厄介者であったりする。 そのチート臭いスペックからして油断ならない相手だ。


そして今回も、そのドラ猫から買った情報を頼りにこうして人の影どころか動物の営みの跡すら見当たらぬ辺境にやってきた訳だが、見渡す限り緑の絨毯のように広がっている森林樹海に早くも不安を覚える。

果たして、この広大過ぎる緑の海の中から目的の物を見つける事が可能なのだろうか。


『貴方らしくありませんね、マスター。いつもの貴方なら目的の物が存在してもしなくても、取り敢えず突撃の言葉で片付けられる単調な行動を採択している筈ですが。私が記録した統計データにも98,2パーセントの確率で同様の行動を採択していま─』


「ちょーっと黙ってようかアホステッキ。つーかいつの間にそんな統計とってたんだよ。そこに驚いたわ」


焦れったさにうずうずしだした魔道士(ウィザード)にそう意見を述べる声があった。

確かにそれは振動となり空気を伝播し、確かな音を世界に残しているが、その声を発した声の主はどこにも見当たらない。今この場において人間と定義出来るのは魔道士の男ただ一人だからだ。


だが、そこには確かに声の主が居る。存在している。

ただそれが人間、ひいては生物ですらないのだが、自ら思考し己が主張を明確に出来る知能を有している存在が。


彼の持つ異様な見た目の杖から、その紳士然とした口調の無機質な声色は響いていた。


「ったく、口の減らねえ杖だな。誰に似たのかねぇ」


『古来より親と子は似通うものと定義されています。私を創り出したマスターの性格に影響を受けるのは当然の結果では?私としても非常に不本意ですが』


「だれが理論武装毒舌家だ!」


『わざわざ大声で言わなくても聞こえていますよ。それよりも今の言葉の意味について異議を申し立てたいのですが、もしかしなくても私のことではありませんよね脳筋マスター?』


杖に怒鳴り散らすという傍から見ればアブナイ人な魔道士だったが、この場には彼以外の人間が居ないからまだセーフだ。

それに、この口の減らない素敵仕様なおしゃべりステッキの煽り性能の前では誰であれ顔を顰めるし、下手すれば彼のようにバーサーカーと化すだろう。

そんな心配をしなくても、この煽り性能を発揮するのは基本彼に対してのみであり、恐らく煽り対象となるのは後にも先にも彼だけだろうが。


「全くこのアホステッキは······仕方ねえ、取り敢えずちゃっちゃと終わらせるか。行くぞアルケー。トレジャータイムだ」


了解(ラージャ)。せめてもの成果は持ち帰れるように努力しましょう。それと誰がアホステッキですか』


罵声ボクシングを終えて、男(と一本)は眼前の広大な緑の海を見据える。

今回もどら猫のイタズラかと考えるが、折角来たんだから(すみ)から(すみ)まで(くま)無く探そうとあまり乗り気になれない足をのっそりと動かした。


彼こそが数々の異名(本人にとっては不名誉極まりない)を欲しいが儘にした時代の異端児ことアイン・リガルディ。

これから後の世に激震を起こすことになる魔道士にして、今から誰も近寄ろうとはしない暗牢の森に足を踏み入れようとする大馬鹿者である。






──────────────────────







陽の光すら届かない程闇に閉ざされた昏き森。葉と葉の間から僅かに差す光だけが、唯一森に灯りを齎している。

遠い昔、嘗ては光を受けた葉たちが煌めき、まるで黄金の森のようと語り継がれていた程に美しかった。しかし時が経つにつれて、その情景は真反対のものへと姿を変えてしまった。美しく輝いた黄金の森は今や見る影もなく、成長し過ぎた森の木々は、下で芽吹く草花に光を届かせぬほどの葉を纏いて、外界からの侵入を拒むように地を覆い尽くした。


黄金の森の伝承は寂れ、そこには暗闇と静寂のみが(たむろ)する暗黒の森が残った。


世と隔絶した孤独な森林。嘗て黄金の森と持て囃された大いなる樹海は、いつしかこう呼ばれるようになった。


一度入ったものを閉じ込め殺す、暗牢の森と。






──────────────────────






足を踏み入れて既に数時間が経った頃。アインは光届かぬ暗澹の中を、目標物であるピッカンティの実を求めて彷徨い続けていた。


「何処にもねぇ······つーか、ここ何処よ?」


恐らくは日が落ち始めたのだろうか、葉と葉の間をすり抜けて僅かながらの明かりを灯している陽光が、先とは違う方向に差している。

日が傾いてきた合図だ。

そろそろ引き上げ時なのだが、成果なしで帰るなど愚の骨頂だと傲岸に唾棄する男がこれしきのことで諦めようハズが無かった。やるなら、徹底的にだ!をモットーにしているこの大馬鹿は、例えこの光を遮っている森中の葉っぱを吹き飛ばし、森林を丸裸にしてでも虱潰しに探し尽くすだろう。


「どーすっかなぁ······いい加減間怠っこしいし、いっその事この辺りの葉っぱだけぶっ飛ばすかな」


『やめてくださいアホマスター。脳筋解決法に走ろうするのが早すぎます。そんなことだから肉体の悪魔(フィジカルモンスター)とか呼ばれるのですよこのドアホウ』


「おい最後。マスターを抜くなバカ野郎。それとその名前は言うんじゃねぇ頼むから」


そら、早速やらかそうとしているぞこの大馬鹿者は。右手で握っている風変わりな杖をブンブンと回転させ、魔力を練り始めた。そんな事すれば少なくとも協会から大目玉を喰らうのが関の山だろうに。

このまま止めずにいれば恐らくは、いや間違いなく躊躇わずに練りきった魔力を全解放するだろう。


そんな男が、次に進むべき方角を吟味しながら大馬鹿をやらかそうとしていたその時、彼は周囲からなにかを感じ取った。


「おっと?」


ピタリと杖の回転を止めて、左半身を後ろに引いた。


(こりゃあ囲まれてんな。2···4···6···おっと、奥にもう一人居やがるな)


四方八方から突き刺さる視線を感じ取り、アインは何時もの堕落的思考が胡座をかいている怠惰モードから、臨戦モードに意識を切り替える。


「コソコソと隠れてないで、とっとと出てきたらどうだ?さっきからジロジロと気色ワリィんだよ」


わざと相手の神経を逆撫でするような言葉遣いで、木々の陰に潜む誰か達へと挑発をかます。いつ切りかかってくるかも分からない緊張状態の中、アインはいたって冷静に状況を把握し、どう動くかと思考を巡らせていた。

どんな時でも頭はクールに。

魔物達との命の取り合いに身を投じた事のある彼の経験則にして、彼が考えている魔道士の鉄則であり、彼が最も信じている生存法だった。


異端の魔道士がかました挑発への返礼は、無防備な背中へと高速で放たれた一本の矢だった。


アインは頭部目掛けてかっ飛んできた矢を、頭を右に傾けることで間一髪で回避した。

ほんの一瞬の出来事だった。

少しでも対処が遅れていれば、アインの頭は射抜かれた林檎の如く砕け散り、中身を情けなく撒き散らした凄惨な死体となっていただろう。


「随分といい腕の射手が居るみたいだが、俺には通じんよ」


(あっぶねー!今のはマジで洒落にならねぇぞ!)


内心は穏やかではなく、今も心臓がバクバク鼓動し続けている。それを表に出さないだけでもかなりの肝っ玉だが。


『血流の加速を感知。心拍数の急激な増加を確認しましたが、もしやビビってらっしゃるのですか?』


「お黙りアホステッキ」


こんな状況でも喧嘩漫才を行えるこのコンビには妙な安心感がある。

きっとこれからもしぶとく図太く生きていくのだろう。


そんな二人(?)はさておき、たった今アインを早くも黄泉の旅路へと誘おうとした死の矢が放たれた方向。

木の陰から這い出でるように表れたソレは獣でも怪物でも無く、人の形をしていた。闇に溶け込むような漆黒の衣服とボロボロのマントで体躯を覆い隠し、手には得物らしき鈍色の刃物を握っている。


男が姿を現したのを皮切りに、次々と同じ装いの男達があちこちの木陰から現れ始めた。

アインを包囲するように四方を固めて、すぐにでも襲いかかれるように剣を構えている。

状況的に、彼等は俗に言う盗賊とかその部類なのだろうか。


最初に現れた男が問いかける。


「ようこそ、俺たちの根城暗牢の森へ。こんな辺鄙な場所にいったい何の用だ?魔道士サマ?」


向けられたのは、明らかな敵意と侮蔑の感情。

アインは彼等を知らないし、彼等もアイン個人を知っている訳では無いようだ。

だがそんな事など関係無いと主張するように、男は剣の切っ先をアインへと向ける。


「誰もが恐れる森を踏破して名声でも求めに来たか?居るんだよなぁそういう向こう見ずなお調子者が。なんにせよここを通りたいんだったら通行料を払ってもらうぜ。アンタの持ち物全部で通してやるよ」


難なら命でも構わねぇよ?

明らかな敵対の意思を持って、男は殺人宣言を下した。

何が彼等をそうさせるのかなど、アインは勿論、誰にも分かりはしない。

彼らの為人も事情も、何も知らないのだから。

敢えて言うなれば、この森をテリトリーとしている男達からすればアインは外から勝手に踏み入り、荒らし回ろうとする外敵に他ならない。

向けられたその感情が示す意味を理解出来なくても、それだけはなんとなく分かった。


「一応弁解させて貰うが、俺は探し物を見つけに来ただけだ。ピッカンティの実って名前なんだが、おたくら知らない?」


「ピッカ···?なんだそれ。聞いた事ねぇよそんなヘンテコな名前の物」


(やっぱガセかよコンチクショウ!!)


思い当たる節がないのか首を傾げる頭目、そしてガセ情報を見事に掴まされたアインは心の内で憤慨。

ああクソッタレと荒れに荒れているアインの心中を知らない彼等は忌々しそうに言葉を吐き捨てる。


「フン、俺達からすりゃアンタの都合なんかどうでもいい。持ち物全部置いて逃げ帰るならそれも良し。抵抗するなら······わかるだろ?」


黒衣の集団はアインとの距離をじりじりと詰めていき、対象を逃がさない完璧な包囲網の陣形を作り出した。

今更戦闘放棄を決断した所で、彼等はその選択を一蹴するだけだろう。

盗賊達の次の行動はもう決まったようなものだった。


一発で決めるはずだった死角からの狙撃を外してしまった事により、彼等は事前に決めておいた第二の作戦、数で威圧し圧し殺す集団戦術へと作戦を切り替えた。

魔道士は基本遠距離から攻撃魔法を放ったり、前衛に支援を行ったりと自ら矢面に立つことはまずしない。

だから魔法を使われるよりも早く懐に入り、数人で全方向からタコ殴りにすれば魔道士は割とカンタンに倒せる。

そんな状況に陥ることは早々無く、内輪揉めにでも発展しない限りはまず無いと言っていいが。


「へえ······やる気満々だねぇ」


普通の魔道士ならばこのままサンドバッグにされる運命だろう。しかしこの男の場合はむしろウェルカムバッチコイといわんばかりに杖をブンブンと高速で回して、口を三日月状に歪めていた。


「おいおい魔道士サンよ、まさか本気でやろうってのかい?それとも子どもでも分かる単純な計算もできねぇのか?俺たちは集団、そんでアンタは一人。戦力差は明確、そしてアンタは魔道士。懐に潜り込まれたら終わりな魔道士に、たった一人で何が出来るって言うんだ?」


「そいつはどうかな·····?いいぜ、コッチもいい加減変わり映えのしねぇ景色に飽き飽きしてた所だ。ちょっとした暇潰しには丁度いい」


随分な気狂い野郎だな。


呆れて嗤う黒衣の盗賊達。

普通この状況なら大人しく従うか神に祈る位しか選択肢がない魔道士が、勇猛果敢に近接で戦おうとするなんて誰が想像出来ようか。

その認識は間違ってない。彼は魔道士として成長する過程で、ネジが幾つも飛んでしまった正真正銘のバーサーカーだからだ。

その証拠に、アインの双眸は野獣の如きギラギラとした眼光を放ち、獰猛な笑みを浮かべていた。

もしかしなくても殺る気満々マンのようだ。


「『アルケー』。魔力放出量再設定、出力四分の一」


了解ラージャ。魔力放出、出力四分の一に再設定。四秒後に運用可能。スタンバイ』


アインの下した命令(オーダー)通りに設定を変更。機械仕掛けの鋼鉄魔杖は今、道を大いに踏み外した魔道士と共に次なる道を切り拓く。


「チッ·····ならお望み通り遊んでやるよ!」


彼等の頭目らしき男の声を号令に、アインを包囲していた盗賊達は一斉に得物を振り上げた。


速度も動きも狙いもバラバラ。

なにもかもが不規則な全方位からの斬撃は、その中央点となるアインを切り裂くべく殺到し───


「──がっ!?」


──ようとした瞬間。アインは襲いかかったうちの一人の腹に左手で掌底を一発。強力な一撃をおみまいされた不運な盗賊は勢いよく吹っ飛び、木の幹にぶつかって漸く静止した。

なんということだろう。まさかの一点突破で包囲網を強引に抜け出し、同時に盗賊の一人を早くも気絶させてしまった。


「ナニっ!?」


一瞬のウチに起こった激突により、有り得ない光景が生み出された。

目の当たりにした盗賊達は呆然と、この結果を引き起こした魔道士のようなナニカに視線を集約させた。


今のはなんだ?


何が起こった?


いったい何をした?


疑問は増えども解決はされない。

その一瞬に起こったのは彼等の想像外な行動。

彼等が認識する魔道士の常識では計れない彼の奇想天外さに、盗賊達は絶句する。


「て、てめぇ······!」


目の前の生き物を既存の魔道士だと思ってはいけない。


眼前の人間を同族だと思ってはいけない。


コイツは、正真正銘のモンスターだ。


アインの脅威性をしっかりと理解し、盗賊達は自分達が優位だという認識を改めた。

一瞬でも気を抜けば即座に刈り取られる。

彼は死神で、あの杖は突如として突きつけられた死神の鎌なのだと。


「撃っていいのは撃たれる覚悟のある奴だけだってエラい人は言っていた。なら、テメェらも人から物を奪ってんなら、奪われる覚悟もあるって事でOKだな?」


常識の埒外の魔道士は目を細めて、笑った。


「それじゃあ、やろうか」


宣言と同時に、アインはあからさまな特攻の意思を感じさせる前傾姿勢で突撃を敢行した。

その速度は十メートルも離れている盗賊達に一瞬で肉薄できる程。

その身体能力は魔道士の領分を明らかに超えている。身体能力を強化する魔法は存在するが、今の彼はなんの魔法も使っていない。つまり、強化なしでこれだ。

それが指し示す意味など、分かりきっているだろう?


「なっ!?」


次なる標的にされた哀れな盗賊は、その一瞬で起こった現象に対応出来ず、その動揺から僅かながらに初動が遅れてしまった。


手に握った剣に意識を割いた瞬間、勢いよく視界がブレた。脳を揺さぶられたような感覚。

いや、実際にそうなったことで彼の餌食となった被害者二人目はポテリと倒れ意識を失った。


アインの振り上げた鋼鉄魔杖の一撃が盗賊の顎を見事に捉え、男は軽い脳震盪を起こしたのだ。この様子だと暫くはグッスリだろう。少なくとも命に別状は無さそうである。


「はい一人目。いや二人目か」


迅速に処理を終えて、アインは杖の石突を地に突き立て、残った盗賊達を一瞥する。


「クッ····怯むな!数で押しゃあなんとかなる!」


まだ数の利はコチラにある。

勝機はまだ失われていない。

抑え込めば倒せると、頭目は残った全員に檄を飛ばして必死に鼓舞する。


「フッ!」


全方向から浴びせられる斬撃の連続。

常人では防ぎきるどころか対処する事すら難しい。

そんな状況の渦中に居るアインは、自分目掛けて振るわれる鈍色の刃に杖を合わせてその悉くを弾いていく。

時には対処しきれず打ち漏らした鈍色の刃は気狂い魔道士の肌を裂き肉を断ち切らんとローブの上から食らいつくが、そこで盗賊達はさらに驚愕する事になる。


「な、んだこりゃ!?」


そのままローブは切り裂かれ鮮血が飛散し地を赤く染める。

そうなるはずだった、そうするはずだった。だが現実はどうだ、盗賊の持つ片刃の剣は布で出来た衣服を断つことなく、柔らかな布地にしっかりと受け止められていた。


皆さん既にお察しだろうが、勿論魔法による強化の結果がこれだ。アインが着込んでいるこのローブには状態固定の魔法が掛けられており、防刃チョッキ並の防護機能を持った一品に仕上がっている特注仕様のローブへと変貌していた。むしろなんで世の魔道士はこれを活用しないのかと彼は語るが、状態保存の魔法を防護機能として使おうするのは後にも先にも彼くらいのものだ。


「ハイ次ィ!」


「げぼばぁっ!?」


そして敵の前で狼狽していれば当然こうなる。鋼鉄魔杖のフルスイングを右頬にくらい、華麗なスピンをキメながらまた一人カッ飛んでいった。


(やっべ、段々と楽しくなってきた!)


やっべ、段々危なくなってきたこのドS。


「舐めるなぁ!!」


「っとぉ······!」


僅かに生じた隙に捩じ込むようにして、盗賊の剣は杖を弾き上げた。流石に気が緩んでいたのか、鋼鉄の杖はアインの手を離れて宙を舞い、遠くの方へと弾き飛ばされた。


魔道士にとって魔法を行使する手段の杖が無くなっては、使うことの出来る魔法は激減する。

つまり、杖が無ければ役立たずなのだ。


いくら正規の魔道士から道を踏み外しつつあっても、魔道士である限り媒体となるものが無ければてんで魔法が使えなくなってしまう。

こうなれば舌なめずりをする肉食動物を前にして絶望する草食動物と大差無い。


「オラァ!!」


「ぶべしっ!?」


·········無いはず、なのだが。


「ハイハイ!ワン!ツー!ワン!ツー!ワン!ツー!ワン!ツー!ワンツーワンツーワンツーワンツー!!!」


不用意に接近した盗賊の顔面に向けてリズム良く拳を打ち放つアイン。

普通に考えてまず成立する条件が無いハズの魔道士の繰り出すラッシュ攻撃に、次なる標的に選ばれてしまった可哀想な盗賊は為す術なくサンドバッグと化した。


「だらっしゃあ!!!」


「ぶごふっ!?」


ラッシュの締めに強烈なアッパーカットでフィニッシュ。もうほんとに何なんだこの魔道士モドキ。肉体の悪魔の名に恥じないムーブっぷりだ。

当のアインはというと爽快感に満ちた表情をしていた。彼のやることなすことを見ていると魔道士ってなんだったけと考えさせられる。破天荒とか型破りとかそんな聞こえの良いものでは断じて無い。

コイツの場合は、一度後悔した後に開き直ってからそのままとことん突っ切った筋金入りの大馬鹿者だからだ。


「くっ、なんなんだこのデタラメさは!アンタ本当に魔道士か!?」


そんなこんなで、盗賊達も残り僅か。

頭目の叫びが暗牢の森の中を虚しく谺響する。そう思いたくもなる。彼らの知る魔道士像は音を立てて崩れ去り、労せず倒せると思っていた認識は無惨に打ち壊された。

そりゃ顔を覆いたくもなる。


「魔道士だからって魔法しか使わないと誰が決めた?」


いや、だからってここまでは行かないだろう。


「あからさまな弱点をそのままにしとくのは思考放棄したバカ野郎だ。

俺なりの克服の仕方がたまたまコイツで、それがたまたま俺に合ってたってだけの話だ。それに、魔道士がただただ魔法ブッパして終わりな奴らだって思ってんなら、その考えを早々に改めた方がいいぞ?」


だいぶ頭がおかしいが、彼の言うことにも一理ある。何かに特化している分、別の何かが疎かになっていたり、或いは弱点となっていたりと様々な形で欠陥を抱えていている。

それを仕方の無いものと割り切ってしまうのは潔いのではなく単なる思考放棄。

特に魔道士は一研究職である以上、その辺りの解決を命題にしている者も多い。

皆その弱点を補うべく、日夜解決の糸口を手探りでも探している。

勿論アインもその一人。ただその解が、誰もが思いつく程にシンプルであり、誰もが一蹴する程荒唐無稽なだけの事。

それを体現して見せたのが彼だったという話だ。


「ま、まだだ!杖はコッチの手にある!

得物の杖無く、録な魔法も使えなくなった今のアンタになら、十二分に勝機はある!」


「ふーん」


気付けば、後ろの方では鈍い光沢を放つ杖を抱えて、まだ無傷な盗賊が震え声ながらも笑っていた。

この肉体の悪魔(フィジカルモンスター)は徒手空拳でもそれなりに戦えはするがそれにもやはり限度がある。彼の得意とするものは槍術と魔法。徒手空拳は己に合った近接手段を見つける為にある程度修めたぐらいだ。正直、彼の拳に決まった型とかはなく、その場凌ぎの喧嘩殺法でしかない。

だからこそ、得物に手が届かないように杖

を奪った盗賊の判断は間違っていなかった。


ただ、彼らに抵抗するのがアイン一人でなければだが。


「いい加減起きろ『アルケー』」


自ら作り上げ、杖に組み込んだ相棒の名前を呼ぶ。


「へ?」


それに呼応するように盗賊の腕の中でメタル製スタッフはガタガタと震え初め──


「ゴフっ!?」


自らを拘束していた男の顎をその無骨な穂先で殴りつけ、特殊な杖は再び宙を飛び主の下へ舞い戻った。


「いつまで寝たフリしてんのお前」


『寝たフリという表現は正しくありません。私が居なくてもマスターなら問題なく制圧が可能ですので状況を静観していました。そも、私には睡眠という概念は存在しませんし、必要としていません。

それ以前に杖が自動で動く事自体が既におかしいのですが』


「いや、サラッと自分の事否定してんじゃねぇよ」


『それもそうですね。では私という異常を創り出したマスターがおかしいということで』


「なんでディスった?」


この状況でも二人(?)の喧嘩漫才は絶えない。早くも、そして自力で復帰した杖のようなナニカはいつも通りな様子で主を罵倒し始めていた。


「つ、杖が喋った!?」


『ああ、これは失礼。私は『アルケー』。マスターによって創り出された専用魔杖、『調律者の杖スタッフ・オブ・バランサー』に組み込まれた人工人格です』


「いや、なに普通に自己紹介してんだ!?そもそもどうなってんのその杖!?組み込んだ?創り出した?魔道士ってそんなことも出来んの!?」


流石の頭目の男もこの状況には頭を抱えた。さっきまでも驚愕の連続だったが無機質なハズの杖が紳士然とした口調で挨拶をしてくるというトンデモ事態に遭遇するなんていったい誰が想像出来ようか。


そして、盛大に取り乱している頭目殿の為にもこう明言しておく。

こんなヤツが他にもいてたまるか!


「おっと」


場の空気がおかしな方向に向かいだしたのを感じたのか、なんともいえない空気感を切り裂くべく木々の合間から再び飛来したヘッドショット狙いの矢。それを今度は杖で弾いて逸らす。明らかに視覚外からの不意打ちだったのになぜ対応出来たこの男は。


「そろそろあのスナイパー君もやるか───安寧の灯火よ、眠りを振り撒け。夢灯誘香(ドリームダイブ)


彼がそう呟くと掌から蒼白い光球が生み出される。見ているだけで夢の彼方へと誘われそうな淡い光は、この薄暗い森林の中を僅かにだが照らし出す。


「ほいっと」


光球が照らし出したアインの顔は、とても悪い表情(かお)をしていた。


掌の上をふよふよと浮かんでいる光球を手首のスナップをきかせて軽く上に放り上げると、アインは急に杖を両手で持つようにし右半身を引いた。

盗賊達は知る由もないが、そのポーズは明らかに野球のバッターの構えだった。


何しようとしてんだこの変態。


「そぉれいっと!」


次の瞬間には、杖をバットに見立ててまるで千本ノックだ!とでも言わんばかりにフルスイング。打たれた魔法は野球ボールのように轟速で発射された。


何やってくれてんだこの変態。


「うわぶっ!?」


数秒後、向こうの方で短い悲鳴と蒼白い光。どうやら直撃したらしい。


「な、何なんだよオマエ!!」


「なんだと聞かれても俺は俺だ。ただの魔道士(ウィザード)だよ」


「オマエみたいな魔道士(ウィザード)がいてたまるか!!!」


本当にその通りだ。


『全力で同意します』


「お前はどっちの味方だよ·········さてと」


風変わりな杖を槍のように構えて、前傾姿勢に移行する。明らかな突撃の構えだ。


「そろそろ終いにすっか」


アインから突如として放たれる強烈な気迫に充てられ、頭目は全身から汗が噴き出すかのような感覚に陥る。

色々とおかしな行動ばかりが目立つが、やはり眼前に居るのは紛れも無い強敵。

余計な事に意識割く余裕など無い。

少しでも気を抜けば確実にやられる。

そう本能が警鐘をガンガンと鳴らしている。


(ああクソ!とんだ厄日だ!)


思えば、彼が魔法を使ったのはさっきの一回だけ。その時点で、如何に手加減をしているのかが分かる。

あのお巫山戯の全てが単なる手加減だった。

その気になれば一瞬で制圧出来た。完膚無きまでに叩き潰し、一人残さず屠り潰せた。でも誰一人として死んでいない。

つまり、自分を殺そうとしている相手をわざわざ気絶させるだけに留められるくらいには余裕がある。それだけの実力差が存在していた。


なんてバケモノに喧嘩を売ってしまったんだ。数分前の自分を殴りたくなる。そう後悔するももう遅い。既に賽は投げられた。後は、この通りの結末に沿って話が進むだけだ。


(やってやる·········)


恐らく命までは取られないだろう。

そんな確信(あまえ)が思考を満たす。

これ以上無駄に長引かせるよりも、さっさと引き下がった方が遥かに建設的だ。

お互いに、それが一番楽で妥当な だ。


だが、それでいいのか?


確かに、ここで終わらせれば無駄な時間を消費せず、なんの怪我もしなくて済む。

けれど、このままやられっぱなしで終わっていいのか?

悔しくはないのか?掃かれる塵のように蹂躙され、暇潰しのように片手間で淘汰される。そんな屈辱に塗れたままでいいのか?


(やってやる、やってやるよチクショウ!責めてあの(とぼ)け顔を歪ますくらいしねぇと気が済まねぇ!!)


死んではいないが、コイツはやられていった仲間の仇だ。いい様に蹴散らされそのままでいるなど、泣き寝入りするなど考えられない。

今のようになる前の、昔の自分でいた頃のプライドが、そんな有様を許さない。


そして、バケモノ(アイン)は弾丸の如き速度で突貫した。


(速い!)


疾走する様は正に生きた弾丸。

意思を持たず、敵対するもの全てを無情に貫くただの弾丸ではない。自分の意志で獲物を選び、思うがままに食らいつく。

放たれた凶弾は止めることも、避ける事も許さない。


(だが、あの速度なら急な減速も方向転換も出来ねぇハズだ!)


(なら、すれ違いざまに切り伏せる!もうこれしかねぇ!)


頭目の男は決断を下した。

最早このバケモノを倒し、生き残る(勝つ)にはそれしかないと。


最後の足掻きを見せつけるべく、男は無謀にも駆け出した。

全ては、自分達の意地の為に。


猪突猛進する魔道士は僅かに笑った。


刹那、アインの身体は突如として上方へと跳ね上がり、頭目の男を軽々と飛び越えた。


「なに!?」


杖の穂先から魔力を放出して、ざっと見積もっても三メートル以上の大ジャンプを現実にし、頭目の目論見を打ち破ったのだ。


流石にこれは予想出来なかった。

だが、その可能性は充分にあると認識するべきだったのだ。

なにせこの数分間の間で非常識な戦いを繰り広げて見せたこの男の埒外さを、彼等は目の当たりにしていたのだから。


そして、彼に気を取られたその一瞬が彼の敗因。


パリンとガラスの割れる音が足下から急に響いてきた。


(なん──)


下を見やれば、頭目の男の足に付着し辺りに散乱した青色の液体とガラス片。

容器と内容物から察するにポーション系のアイテムと推測出来た。


次の瞬間にその踏み砕かれたポーションのようなナニカは沸騰したかのように泡立ち始め、 ボフンッと軽快な爆発を引き起こした。


「足下には気ぃ配っとけ。意地の悪い罠があるかもしれねぇからさ」


跳躍した瞬間に足下にお手製の爆弾を転がしておいたのだ、この男は。

勿論威力も大したものでは無く、精々が鞭で打たれた程度の痛みだ。命に別状はない。


「ん?」


既に終わったと安堵の息を吐いていたのも束の間、視界の端でゆらりと動く人影があった。


「よくも、よくもリーダーを!!」


「へえ、大した気概と仲間意識だねえ」


残党がもう一人、震える手を抑えながらも剣を握り、アインの前に立ち塞がる。

その震えは恐怖か、怒りからか、はたまたその両方か。何れにせよ、


「仲間の仇だクソッタレぇぇぇぇ!!」


「まあでも」


まるでなにかを引っ張るように左腕を大きく薙ぐと、野郎ぶっ殺してやらぁと息巻く盗賊の生き残りの上で、ナニカがガサリと音を立てた。


そして


「あぶふっ!?」


「下だけじゃなくて、上もしっかり気を付けなきゃ危ねぇぞ」


人間の腕並の太さを持った木の枝が脳天へと空挺をかましてきた。

偶然でもなんでもなく、アインが仕込んだ簡易トラップだ。


なんて事はない。飛んだ瞬間に魔力で編んだワイヤー線のように細く堅牢な糸を枝に巻き付けただけの、罠とも言えないような稚拙な工作だ。

いざという時のために用意したもうひとつの保険はどうやら無駄にならずに済んだようである。


戦闘結果は言うまでもなく、都合七人分の屍(ちゃんと生きてる)が積み上がっただけ。特に報酬もメリットも何も無くただただ無駄に時間を食っただけだった。


「さて、漁るか」


『流石、容赦がありませんねこのひとでなし』


「やめてくれない?人聞きが悪い事言うの。襲って来たのは向こうだしこれは正当防衛と言って───」


『言いわけないでしょう。防衛は防衛でも過剰が頭に付きますよ』


盗賊よりも盗賊らしい行動に精を出す魔道士のようなナニカは、今しがた気絶させた盗賊達の頭目の体のあちこちをまさぐり始めた。


「ん?」


頭目が持っていたポーチの中から、ポロっと飛び出して地面を転がる謎の物体。

燃えるような赤い色の果実。盗賊の持ち物をトレジャーしていたアインは、その外見に既視感を覚えた。


「コイツは············」






──────────────────────






身体が重い。感覚が鈍い。力が入らない。

まるで自分の身体自体が鉄になったかのようだ。夢を見ているようなぼんやりとした思考の中、勇敢にもバケモノ(アイン)に立ち向かった盗賊の(かしら)は敗北の味を噛み締めた。

とっくに人生という魔物に敗北したと思っていたのに、勝者になる事などもう二度と無いと諦めていたのに、彼はその一瞬だけ、勝ちたいと思ってしまった。


お巫山戯のように倒され、暇潰しと称して蹂躙された悔しさと怒り。そして仄かに灯った反逆の炎。その一瞬に再び芽生えた勝利への渇望は男をもう一度奮い立たせた。

それでも、届かない。

歯が立たなかった。全く適わなかった。足下にすら届かなかった。


鈍ってしまった剣技ではあの杖を両断出来なかった。曇ってしまった(まなこ)ではあの魔道士の真意を見抜けなかった。

霧がかった信念では、あのバケモノを倒せなかった。


思えばいつからこんな事に、今の姿に身を落としてしまったのだろう。

盗賊達は嘗て、とある小国の自警団だった。

人の為に戦い、誓いを捧げ、国を外敵より守ってきた。

そうして身命を賭して尽力してきたのに、ある日その全てが唐突に終わった。


国を治める国王は一人の魔道士を雇ったのだ。あろう事か自警団の変わりとして。


魔道士の力は強大だった。地平を一瞬で焼き払い、数多の兵達の傷を癒してみせた。薬も、武力も、人の暮らしも、全てが彼一人の手によって変わっていった。

いつしか国王はこの魔道士を重用するようになり、自警団達へ一つの宣告を下した。

お前達はもう必要ないと。

魔道士の男一人で全てが賄えるのだ。

数十人を雇って治安を守るよりも、よっぽど建設的で功利的な手だった。


しかし、当の自警団達はそれを許せるはずがない。

今までの全てを水泡に帰すように告げられたその言葉を、はいそうですかと簡単に飲み込めるわけが無い。

解雇通知の撤回を求めて、彼等は直談判に打って出た。自分達はまだ戦えると。


待っていたのは、魔道士が無造作に放つ魔法の洗礼だった。


彼等は負けた。呆気ないほどにあっさりと、一人の男に蹂躙され尽くした。

必死に抵抗し剣を振るって抗っても、それでも状況は全く覆らず、芥のように蹴散らされた。


多くの仲間を失った。逆賊として吊し上げられた。反逆者として貶められた。

残ったのはたった七人の男達。砕けた鎧と濁った剣、そして、無惨に打ち砕かれた矜恃だけ。


全ての基点はここだった。


今のように落ちぶれる発端の出来事。


──ああ、本当に、ただの八つ当たりだなぁ······


変わった風体でも魔道士は魔道士。かつての雪辱を雪ぎたかった男が抱いた、かつての焼き直し(リベンジ)

その結果がこの有様だ。最早笑うしかないだろう。無関係な者に無理矢理襲いかかった挙句にこの体たらくだ。


(なにやってんだ、俺達は······)


誇りすら失くした身では傷一つ付けられない。

そう悟った男は、まるで憑き物が取れたかのように晴れやかな気分で己の敗北を受け入れた。


刃を向けた敵にさえ情けをかけるような、そんな大馬鹿に理不尽な怒りを抱く程、人間を辞めたつもりは無い。


完敗だ。そう認めて、頭目の男は意識を手放した。






「おい、聞こえてんのか?」


ガツンと頭に響いた衝撃に揺さぶられ、綺麗に終わらせようとした盗賊達の頭目は無理矢理意識を覚醒させられた。

悪役にも有終の美を飾る権利くらいあるだろうに、綺麗に終わらせる事すら許してくれないのかこの阿呆は。


「がぶふっ!?」


「よし、起きたな。ちょいと聞きたい事が出来た」


「痛ってぇ····ホントになんなんだよアンタは·····」


「ふむ、意識も大丈夫そうだな。変な副作用とかも無いようでなによりだ」


「頭はたった今痛みだしたがな······!」


そんだけ元気がありゃ大丈夫だ。なんて事を()かすのは叩き起した張本人である。何様だと吐き捨てたい気分でいっぱいいっぱいだが、さっさと話を切り上げたい男は取り敢えず先を促した。


「んでさ、コレについて聞きたいんだけど」


そう言って差し出してきた手には見覚えのある果実があった。

ついさっき盗賊の一人の持ち物を物色していた際に見つけた赤い果実。


「これさ、この辺りに生えてたりする?もしそうなら場所を教えてくんねぇかな」


ぶつを見せるやいなやそう頼み込んできた。そんな義理など欠片もないが、自分は敗者であり、勝利した者に従わなければならない。

どの道拒否しても肉体言語でじっくりとO・HA・NA・SIされる未来しか見えてこない。諸々の判断材料から導き出した答えは、大人しく質問に答えることだ。


「あぁそれか。ソイツなら森の南の方にビックリするぐらい木に成ってるぜ」


「マジでか!?」


「お、おう。ウソじゃねぇぞ」


よっしゃぁぁぁぁ!!無駄足踏まずに済んだぁぁぁ!となにやら興奮し森中にシャウトを響かせる変態魔道士。間違いなく誰もがドン引きする絵面を眺めて、盗賊の頭目は疲れたようにため息を零した。


さっきまでの戦いななんだったのか、と。


別にシリアスな展開でも無かったが、あの狂喜乱舞してる様を見ているとなんというか気が削がれる。


そんな頭目の男の気も知らずに騒いでいたアインは思い出したかのように振り向いて。


「あっ、そうだ。とんだ回り道をしちまったが情報サンキューな。こいつは謝礼だ、取っときな」


懐から取り出した袋をポイッとお賽銭感覚で放り投げた。慌てて両の手のひらで包むようにキャッチした。掴んだ瞬間に分かるジャラジャラとした音と感触。まさかと思いつつ、恐る恐る中身を検めると、そこには予想通りの物が納められていた。


「お、おいコレ······」


ボロ布の袋を開けてみれば大量の金貨が顔を覗かせた。その量からしてかなりの額なのは明確なのだが、わかりやすく説明するとすればやこの袋一つ分で一等地にそれなりの家が建つ。それくらいの額が入っていた。


それを無造作に放り投げてきたのだ。困惑するのも致し方なしだろう。


「気にすんな、ソイツは今しがた貰った情報への正当な対価だよ。ま、慰謝料としてちっとばかし色付けといたがな」


「だからってこんな大金!」


「おいおい、物盗りが生業の盗賊がそんな困惑すんなよ。ラッキー儲けたとでも思っときゃいいんだよ」


だからって、こんな大金を投げ渡されて冷静を保てというのが土台無理な話だ。

いい加減面倒臭くなってきたアインは頭をガリガリと掻き、有無を言わさぬ気迫をもって主張を押し通した。


「いいから取っときな!アンタらも金が入用だろ?なら遠慮せずに貰っとけ!」


と、半ば押し付けるように大量の金貨を渡して、引き止める暇もなくさっさと示された方角へと歩いていってしまった。


「ハ、ハハハ。ホントになんなんだよ、アイツは」


どんどん遠くなっていく背を見送って、ズシリと右手に感じる重みを意識する。

久しく手にしていなかった金色の硬貨。

袋の中から一つ、手に取って眺めてみる。


「ホント、わけわかんねぇ」


木々の隙間から差し込む赤みがかった光を受けて、金の硬貨はキラリと眩く光輝いた。




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