第五章ノ二
翌日、大ババ様に話を伝えると、快く承諾してくれた。その上、東方の鳥たちをここに呼んで話をつける場を設けることを約束してくれた。
それから待つこと二日、東方天樹からの使者が到着した。人数は四人。誰も彼も実力者だったが、ロネはその姿を見て、涙腺を緩ませた。
「皆だ……。懐かしい」
来たのは、現役部隊長であるロサを筆頭に、分隊長のノズと、同じくイケ、そして、クシだった。
「どっちがロネなんだ?」
「左のじゃない? 髪黒いし」
「いや、意外と右かもしれないぞ?」
ノズとイケがそんなとぼけた会話をしているうちに、クシはロネの方にダッシュで近づいてきた。
「馬っ鹿野郎ぅ!」
右手を握り締め、ロネの目前で踏ん張り勢いを拳に移し、ロネの頬に叩き込んだ。
数メートル宙を舞ったロネは、体勢を崩して倒れ込んだ。
クシは続けて迫っていく。
「あんたこんなところで何やってんのよ!」
「記憶の封印してたんだよ!」
クシの勢いに負けじと、ロネも立ち上がって口答えする。
「あんたあの時おかしくなってたのはどうしたのよ!」
「どうにか正気に戻ったんだよ!」
「あれから体に異常はないの!?」
「ねえよ! ご覧の通りピンピンだよ! お前こそ、ここに来るまでにスタミナ切れにならなかったのかよ!」
「馬鹿にしないでくれる!? 私は日々鍛錬して体力付けてるの! あの頃とは比べ物にならないくらい強くなってるんだから!」
「ほーう、そうかいそうかい」
そこまで言うと、二人は急に黙った。
静かになった空間で、二人の肩が僅かに震える。
どちらからともなく、二人は次第に笑い出した。
「やっぱ変わんない」
「こっちのセリフだ」
また少し笑う。
クシの後ろから一人、近づいてくる影があった。
「ロネ、なのか?」
その声に、ロネは視線を変える。
その先に、すっかり白髪の増えた父の姿があった。
「父さん」
言葉が口をついて出てきた。
ロネを見る父の目が、段々と潤んでくる。
「本当に。あれから、もう会えないものとばかり……」
袖でいくら拭いても、目からあふれ出る涙を抑えることはできなかった。
「俺もだ。もう、父さんには一生会えないと思ってた。……」
二人は、長い長い抱擁を交わした。
まるで、今まで空いてしまった時間を埋めるように。
抱擁が終わると、ノズやイケも近付いてきた。それぞれと久しぶりの挨拶を交わす。
「そろそろ、わい入ってもいい?」
ロネが後ろを振り返ると、後ろ頭を掻いてキオが薄笑いを浮かべていた。
「あ、うん。すまん」
「長らく会ってなかった仲間との再会。嬉しいのは当然や。お前さんはそれでええ」
頭を撫でて、キオはロネの前に出た。
「今回ロネと一緒にここまで来た、キオっちゅうもんです。話進めたいから、皆さん大ババ様の家まで行きましょ」
異論なく、六人は場所を移した。
「……ということで、もしものときのために援助してもらいたいんやけど、どうやろか」
今までの事情と今回の作戦の説明を終えて、キオは四人に尋ねた。
四人とも、難しい顔になっている。
「狐たちに襲われる危険性は?」
問うたのはノズだ。
「当然考えられる。狐の中にはわいより速いやつもおるからな」
「戦闘になっても大丈夫な人員が必要か」
「そういうこっちゃ」
「人数は」
「四人くらいが丁度ええやろな。多すぎても、もしもの時は荷物になるだけや」
クシの質問にも、キオは即座に答えた。
ロサも考え込んでいたが、決心したのか、固く閉じていた目を開いた。
まっすぐにキオを見据え、答えを口にした。
「よし。この作戦、協力しよう」
「ちょ、ロサさん!」
部隊長の決断に、イケが待ったをかけた。
「これは成功率の低い作戦ですよ。私たちも頭をひねって、もっといい作戦を立てて」
「イケ」
ロサの鋭い視線が、イケの言葉を止めた。
「頭の中で考え抜いて、これ以上の作戦が思い浮かばないからこそ、この作戦に協力すると私は言っているんだ」
「ロサさん……」
部隊長にそう言われては、返す言葉もない。
イケはおとなしく座りなおした。
「話は決まったようやな」
「ああ。こちらもできる限りのことはする。そちらも、頑張ってくれ」
「この子の頼みですから。わいは全力を尽くしますよ」
ロサとキオは、固く握手を交わした。
ロネはもちろん、クシも今回の作戦に対してのやる気を高めていた。
次の日。東方天樹の四人は朝早くに帰ることとなった。ロネの脳裏でいつぞやの研修が思い出される。
「それじゃあ、作戦は七日後ということで」
「場所は指定した通りの所に頼んます」
「ああ、任せておけ」
最終確認をしたのち、四人は東へと帰っていった。
「さてと。わいらもそろそろ帰らんとな」
頷くロネは、大ババ様に目配せした。
「言われんでも、『ミコシ』の用意もちゃんと済ませとるわい」
大ババ様の合図で、裏の方から『ミコシ』が運ばれてきた。
開けられた籠の口へと、二人は歩を進めていく。
「ロネ、キオ」
『ミコシ』の入り口に足をかけた二人に、大ババ様が近寄ってきた。
「何です? 大ババ様」「何や? 大ババ様」
「……お主ら。死なぬようにな」
薄い目を開けて、大ババ様は二人を見つめた。
「……善処しますわ」
「右に同じです」
煮え切らない答えを残して、二人は地上へと戻っていった。
「そろそろ教えてくれないか」
山道を走り抜けながら、ロネは話を切り出した。
「ん? 何を?」
「俺に協力する理由」
「……」
今まで無条件で、普通ならダメと言われそうなことまで許容してきたキオ。それがどういう思惑から来るものなのか、ロネには想像もできなかった。
「あんたがしてくれたこと、いろいろ感謝してる。でも、なんでそこまでやるのか、俺には理解できない」
「はっはー。直球で言うてくるね」
「答えてくれ」
「……」
草木が服に擦れる音だけが、しばし聞こえる。
「家族だからや」
「それは前に聞いた」
「それが理由なんやから、しょうがないやろ」
「嘘だ」
キオは言葉を詰まらせた。
ロネの語気が、今までにないほど強くなっている。
「答えろ」
その命令に観念したように、キオはため息を吐いた。
「……わいと似とるから、かな」
「似てる?」
「そ」
似てると言われても、それはそれで抽象的な答えで。
まだロネは納得するまでに至っていない。
「なんかねえ、放っとけないんよね。何するか分からんいうか、助けてあげんとと思ういうか」
「分かった。もういい」
ロネは半ば強引に話を切った。
聞いているうちに、ロネの方がこれ以上続く言葉を聞きたくなくなったのだ。
赤く染まった頬を冷ますように、ロネは更に足を速めた。
話をぶつ切りにされても、キオは「ええよー」と笑顔で流し、ロネの後を追った。




