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第六章ノ二

 降下隊が下りてから、もういくら時間が経ったろうか。

 クシが動いたような気配は一切感じられなかった。

 ロネは気持ちを抑えていた。

 自分が行っても戦況が激変するわけではない。

 それどころか降下隊に隙を与えて被害を増やすことになるかもしれない。

 言い聞かせて、気持ちを落ち着かせようとしていた。

 しかし、衝動というのは理性的にどうにかできるものではない。


 戦場に行きたい。

 そう思う心は、いくら経っても消えてくれなかった。

 自分のせいで始まってしまった戦争だ。

 終わらせるのは、他の誰でもない。自分自身だ。

 今行かなければ、今後一生後悔する。そう直感した。

 抑えきれなくなった感情は、やがてロネの体を突き動かしていく。


「ごめん、母さん」


 荒々しく歩いていくロネ。向かう先はもちろん玄関。


「待ちなさい、ロネ!」


 ハーネは止めようとするが、ロネは全く聞かない。

 肩を掴んだが、ロネはその手を払った。


「ロネ……」


 玄関を出る前、ロネは立ち止まった。

 ハーネの方に顔を向ける。


「かかさん、行ってきます」


 ロネは微笑んでいた。

 ハーネはその場に泣き崩れる。

 扉を開けると、案の定クシが切っ先を突き付けてきた。


「行ってきますじゃないわよ」


 胸に突き立てられた刀。

 ロネはそれを、片手で掴む。


「ちょっと、何してるのよ!」


 クシは咄嗟に刀を引く。

 ロネの手から、血が流れ落ちる。


「……何、考えてるの?」


 構えは崩さず、クシは問いかけてくる。

 顔は激しく歪んでいる。


「俺は、下に行く」

「ダメっつってんでしょ! あんた……」


 クシが声を荒げた一瞬のうちにロネは背後に回り、首筋に手刀を食らわせた。

 クシの意識が揺らぐ。


「起きても、追ってこないでくれ」


 ロネは彼女を家の壁にもたれさせてから、広場に走っていった。


「待ちなさい……ロネ」


 手を伸ばそうとしても、体は言うことを聞かない。

 そこにもう幼馴染はいない。

 また一人で、行ってしまう。

 視界がどんどん暗くなっていく。

 嫌だ、行かないで。行かないでよ。


「ロネ…………」


 クシは一人、眠りに落ちた。



 広場には、アソンが待ち構えていた。


「家でじっとしていろと言ったはずだ」


 眉間の皺がどんどん深くなっていく。


「その命令は聞けません」

「何故だ」


 アソンの質問に、


「自明ですよ」


 ロネは淡々と答えた。いつかの言葉を借りて。


「俺が狐だからです」


 答えが予想できていたのか、アソンは鞘から刀を抜いた。


「なら仕方ない。ここを通りたければ私を倒せ」


 さすがは長老になるほどのお方だ。構えに隙が全く無い。

 しかし、ロネには長老など眼中になかった。


「アソンさん、お世話になりました」


 自分から一番近い天樹の外縁に走っていき、


「待て、ロネ!」


 跳んだ。

 体を風が叩く。長らく感じていなかった感覚だ。

 懐かしさを頭の片隅で感じながらも、ロネは次を考えていた。

 体を天樹の幹と平行にして速度を上げていく。

 同時に木の葉を一枚取り出して、大きな布に変化させた。

 両手首に隅を二つずつ結ぶ。

 雲に触れたあたりで体をうつ伏せにした。

 同時に布が風を受け、パラシュートの役割を果たす。一気に速度が下がった。

 空を滑空しながら、戦場を見回す。


「これは……」


 地上は血みどろの戦場と化していた。

 数え切れないほどの数の死体。

 それらの横でなおも戦い続ける鳥と狐。

 初代と戦っていたのは、ロサだった。

 ロネは一気に降下し、布を木の葉に戻して着地した。

 全速力で父のもとへと向かう。


「父さん!」


 ロネが出たのは、初代の後ろだった。


「ロネ、なんで来た!」

「ロネ?」


 ロサの刀を弾いて、初代がロネの方を向いた。

 ロサが再度切りかかろうとするが、木の葉変化によって万里の長城のような高い壁を作られロサの行く手を阻んだ。


「裏切り者が、のこのことどういうつもりだ」


 一歩ずつ、初代はロネに近づいていく。


「決着をつけに来た」


 歩みが止まる。じっとロネを見て、初代はまた口を開いた。


「決着をつける、だと?」

「もとはと言えば俺のせいで始まった戦争だ。そのけじめは、俺がつける」


 初代は口の端を噛み、刀を構えた。


「お前のせいで、もう何人もの狐が犠牲になった」

「それは俺だけのせいじゃない。皆を先導したあんたの責任でもある」


 初代から漂ってくる覇気が一層強くなる。

 ロネはその激しい圧にも屈しない。


「お前が要らぬ希望を抱いたままいたせいで、キオが犠牲になった」

「キオは俺のことを信じてくれた。俺の理想を信じてくれた。犠牲にしたのは俺とアンタの理想が違ったからだ」

「……何を言っても聞かぬということか」

「ああ、もう俺とアンタはどうあっても相容れない存在だ。だから決着をつけるんだ」


 ロネは鞘から刀を抜いた。

 まっすぐに切っ先を初代へ向ける。


「そうか、ならばもう何も言うまい。ここで死ね!」


 初代の、全身全霊の突きが迫ってくる。

 二十メートルはあった距離を一気に詰めてくる。

 受けきれないと直感したロネは、差し違える覚悟で突きを放とうと足に力を込める。

 踏み込む直前、ロネの目の前が陰で覆われた。

 初代の刀が肉を裂き、頬に血潮が飛び散った。



 ロネは目を見開いた。

 自分の前に、自分の父が仁王立ちしていた。


「犬死か」


 初代が不敵な笑みを浮かべる。


「そんなわけがないだろ!」

「何!?」


 ロサが一気に、片手で初代の首を締め上げた。


「ロネ! 仮面を切れ。それですべて終わる!」


 父の言葉に、ロネは戸惑いを隠せない。


「俺の働きを無駄にするな! ロネ!」


 怒号に体は反応する。

 力を込めて刀を振り上げ、跳ぶ。


「なめるな!」


 首を絞められた状態でもなお、初代は懐の木の葉を刀に変えてロネを刺した。

 いや、正しくはそれはロネではない。


「……おのれぇ!」


 初代が貫いたのは、ロネの気迫を纏った身代わりだった。

 ロネは父の左から駆けだし、足に力を込めて跳躍した。

 ロサと初代の両方が見える。

 首を掴んでいるロサの手は腕から血管が浮き出るほどに力を込められている。

 もう片方は、腹に刺した刀を持つ初代の両手を覆って、絶対に放さなかった。

 その光景を見ても、もうロネはひるんだりない。

 ひるめない。

 覚悟を持って、前だけを見て。




 斬った。




 仮面が初代の顔から剥がれた瞬間、皺が無数に刻まれた顔は、いや、顔だけでなく初代の体は、灰となって風に消えた。

 初代の形がなくなると同時に、ロサは地面に倒れ伏した。

 ロサの双眸は、静かに閉じられた。



 目を覚ましたクシは、辺りを見回した。

 ロネの姿はない。

 広場にも行ったが、父が力なく座り込んでいるだけだった。


「父上、ロネはどこへ?」


 アソンはまっすぐ下を見た。

 クシはその仕草をみるなり広場を蹴って降下していった。

 日がかなり傾いている。

 ロネの無事を、切に願っていた。



「……」


 戦場に降り立って、クシは言葉を失った。

 戦場は夕暮れの緋色も相まって一面真っ赤に染まっていた。


 死屍累々の戦場。


 ほとんど生き残りがいない中で、一人だけが、クシに背を向ける形で屹然と立ち尽くしていた。

 翼がなかったため、クシは即座に抜刀して構えをとった。


 刀と鞘の擦れる音にぴくっと狐の肩が震え、ゆっくりと顔をこちらに向けた。


「っ……」


 見た瞬間、クシは刀を落とすのも構わず、狐のもとへ駆け寄り、力いっぱい抱きしめた。


「ロネ……ロネ……」


 いくら涙を流し、名前を呼んでも、幼馴染からは、何の言葉もなかった。


 体中に血飛沫が飛んでいて、目に光など宿っていなかった。

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