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第六章ノ一

 作戦当日。

 アジトに到着した二人は、そのまま集会にかけられた。


「初代様、これはどういう……?」


 キオが聞くと、初代は「成果を、聞かせてもらおうと思ってな」と答えた。

 左様ですかと呟いた後、キオは一つ深呼吸した。

 目配せをして、ロネが頷く。


「俺は、西方の狐たちの生活を見てきました。それで一つ、初代様に提案したいことが出来たんです」

「ほう、提案とな?」

「はい、それについては、キオの方から説明してもらいます」


 ロネが一歩下がると同時に、キオが一歩前へ出た。

 初代は場を静観している。後ろの狐たちも、一つも動かなかった。


「その提案っちゅうのがですね……」


 言い始めてから数秒で、キオは言葉を詰まらせた。

 言いにくいことなのは分かる。でも、言わなきゃならない。

 頑張れ、キオ。


「実は、鳥たちのテリトリーとわいらのテリトリー。それぞれ分かれて暮らさんかっちゅうことなんです。要するに、住み分けっちゅうことですね」


 これには流石に、控えている狐たちも騒めく。


「……静まれ」


 初代の一言で、場はまた元の静寂に戻った。

 初代に促され、キオは続ける。


「わいも、鳥への恨み辛みを忘れた訳やありまへん。でもな、初代様。もう鳥を恨まんでも、ええんやないですか?」

「……何を言っている、キオ」

「わいらが鳥らを殺そうとするのは、同族だったわいらを置いていった仲間や知り合い、身内のことが許せんいう前世の無念から来とる衝動です。前世や、前世。今のわいらなんかやない。今のわいらが、前の事ウジウジ引きづっとったら、後から来る子ら全員根暗になりますで」

「おい、キオ。立場というものをわきまえなさい」


 スラの忠告も、もはや聞こえていない。


「そんなんよりさ、今おる子らを守るために、これ以上殺されんようにするために、住み分けをすることの方が、よっぽどええんちゃうかと思うんです。昔の恨みに縛られるんやなくて、今ここにおる子らのことを、一番に考えてあげましょうや。わいはそれだって、立派な生き方やと思います。今まで死んでった狐のおっさんらも、喜んでくれるんとちゃうかなと、思います」


 キオが言い終わった後、初代は顔色一つ変えずにじっとしていた。

 ロネの背中に、嫌に冷たい汗が流れる。


「そうか、お前たちの考えはよくわかった」


 やっと開かれた口から出た言葉は、ロネ達を安心させた。


「して、どうする?」


 続けられた言葉は、選択肢を提示してきた。


「一つ、ここで考え方を改める。二つ、ここで死ぬ。好きな方を選べ」

「なっ」


 なんで。そう言いたかったが、ロネの口は微塵も動かない。


「何故か、と聞きたそうじゃな」


 ロネに向けられた初代の視線。体を縄でぐるぐる巻きにして縛られたような圧迫感が襲っってきた。


「そんなこと、二百年の間に考え飽きたわ」


 初代は、怒鳴るように言い放った。


「いくらも考えたさ。狐として生きてきて、鳥を数多く殺した後に。これで本当にいいのかと、他に方法はないのかと。考えだして同じ結論に一度はたどり着いた。鳥に話をつけに行き、合意にも至った。じゃがな……」


 初代は思わず、手で顔を覆った。


「あの怒りは、今でも忘れはせん」


 歯を食いしばる様子は、まさに獣の様だった。


「奴らは、協定を破り、我らの住処を攻撃しに来たのだ!」

「っ」


 ロネもキオも、他の狐たちも、ほとんどが息をのんだ。


「一人や二人ではない。討伐隊を組んで、一斉に村の四方から飛び込んできた! 女子供はそのとき戦うすべすら持っていなかった。協定を守り、目を塞いだままで必死に懇願しているのを、奴らは聞く耳持たずに引き裂いた! それから応戦したが、守れたのは、数少なかった……」


 だからその時誓ったのだ。もう二度と、鳥たちを信じるまいと。

 そう、初代は語った。

 この話に関して、二人が異論を挟む余地はなかった。


「さて、今一度、お前たちに選択権を与えよう」


 初代の目は、まっすぐロネの目を見ている。


「ロネ。お前は私の側につくか、それとも自分の意志を貫くか、どうする?」


 キオではなく、ロネに尋ねた。

 元々言い出したのはロネだ。西方へ行くことも、この提案も。すべては一身にゆだねられた。自分の命、自分の考え、そして、キオの命。

 二人分の命なんて、重過ぎる。

 ロネの膝が震えだす。今にも崩れてしまいそうなほどに。

 胃から反吐が出そうになる。圧迫感に潰されそうになる。


「ロネ」


 ……声がある。

 耳に届く、声がある。


「わいはええ。自分の思うように、言ってみ」


 囁きのように、微かな声。

 その声は、自信に満ちていた。

 圧迫感が少し和らいだ気がした。


「俺は……」


 そうだ。ここに立った時点で、もう決意は固まっていた。

 俺が曲がってたまるかよ。


「俺は、自分の意思を貫き通します」


 初代の顔色が、みるみる最悪になっていく。


「よう言った!」


 キオは懐から出した木の葉を丸薬に変化させた。

 地面に叩きつけた途端、アジトの中を埋め尽くすほどの煙がもうもうと溢れ出た。


「ロネ、入口へ走れ!」


 横を通り過ぎる影。多分キオだ。

 その影に続いてロネも、出口へ全力で走り出した。


「お前達、奴らを逃がすな!」


 初代の後ろに控えていた影のうち五つが、瞬時に入口へと駆けていった。



 森の中を猛然と疾走するロネとキオ。

 合流地点はすぐそこだった。


「チィ。流石に速いな」


 後ろから徐々に間を詰めてくる者がいる。

 この調子だと、あと十秒足らずで追いつかれそうだ。


「仕方ない、大盤振る舞いや!」


 キオは走りながら、袖から幾枚もの木の葉を取り出した。


「ロネ、気ぃ付けときや」

「気を付けるも何もないだろ」


 口答えも何のその。それらを一気に変化させる。


「木の葉変化、爆弾!」


 宙で変化した爆弾が、どんどん後ろに投げられては爆散していく。

 狙っているのか適当か、敵の数は三に減った。


「ぐっ」

「キオ!?」

「……大丈夫や。前だけ見とき」


 ロネは手で受けた血反吐を振り払った。

 木の葉変化は自分の中の力も使う。無理をすると体に反動が来るのは当然だった。


「まだ追ってきとるな。けど、着いた」


 前方に、鳥たちが待っているのが確認できた。

 今すぐにでも飛んでいける体勢だ。


「ロネ」


 キオは走りながら、ロネの背中に手を当てた。


「これから最後のでっかいやつを奴らにお見舞いする。そしたらお前さんは、あの人らと一緒に天樹に行くんや」


 ロネの反論は喉で止まった。

 視線を向けると、キオが口の前で人差し指を立てていた。

 静かに指をおろすと、後ろに方向転換し、


「最期の頼みくらい、素直に聞くもんやで、沖助」


 そう残して、特大の閃光を散らした。


「……うぅ……うああああああああああああ!」


 叫びながらロネは速度を上げた。

 鳥たちの手を取る。

 鳥たちは最高速で上昇しようと翼をはためかせた。

 身体が徐々に地面から浮いていく。

 森の木の高さを超えたくらいで、下から獣のような唸り声が聞こえた。

 下を見ると、まだ一人、こちらを狙う狐がいた。

 しなやかでありながらしっかりとついた筋肉。高い身長。後ろに流れる黒髪。

 見間違うはずもない。

 彼はキョウだ。

 右腕がないが、まだ明らかに闘志を失っていない。

 木の幹を尋常ではない脚力で駆けあがってきた。

 枝に手をかけ、足をかけ、どんどん近づいてくる。

 一番下方にいた鳥が刀を構えた。

 キョウが木の頂上から跳び上がる。

 同時にこちらは刀を振り上げた。


「斬っちゃだめだ!」


 ロネの叫びは、一足遅かった。

 刀は狐の体に深い一線を入れた。

 キョウの肉体は、力なく落ちていく。

 地面に横たわるまで、ロネは目を向けていられなかった。

 生々しい音だけが鼓膜を震わせる。

 そのまま、鳥たちと一人の狐は、『巣』へと帰っていった。



「おぉ、ロネ。よくぞ戻ってきた」


 久々に『巣』に降り立つと、長老アソンがロネを出迎えた。

 しかし、ロネの顔は沈んだままだ。


「ん? もう一人いると聞いていたが」


 アソンが言った途端、援助に下りていた鳥たちがアソンに耳打ちした。


「……そうだったか。それは、残念だった」


 ロネの調子は変わらない。


「しかし、まずいことになったな」


 アソンは顎に手を当てた。

 ロネの耳が少し動く。


「こうなった以上、全面戦争は避けられまい」


 ロネは思わず顔を上げた。長老の言葉が信じられなかった。


「おそらくは、次の降下の日、明後日に、激しい戦いになる」


 それは止められないのか、などというのは、愚問だった。


「あちらには死者が出ている。こちらのせいでな。それを黙っていられるほど、奴らは理性的ではないだろう」


 間もなくして、長老は降下隊と退役した手練れを呼び集め、事態を説明した。


「戦争ともなれば、これまでとは比べ物にならんほどの犠牲者が出るであろう。しかし、その屍を超え、我らが勝利を勝ち取ってこそ、死んだ者たちも未練なく天に召されることができよう。皆のもの、明後日に向けて、準備をしておいてほしい」


 鳥の中には、親族を殺された者も少なくない。知り合いや、友を殺された者も。

 降下隊のほとんどが、やる気に満ちていた。



 家に帰った。

 ハーネは帰ってきたロネを見るなり抱きついた。

 ロネは一瞬困惑したが、母の懐かしい温かみに、不思議と安心感を覚えた。

 久々に家族そろって食事をした。

 父親と清磨を行った。

 自分の部屋で寝た。

 現実味など、全くなかった。



 降下前日、ロネは長老に呼び出された。

 懐かしい講堂へと足を運ぶと、長老は台座に鎮座していた。


「なんでしょうか? 長老」


 床に座ると、長老は端的に言った。


「お前は明日の作戦中、自分の家でじっとしていろ」

「……え?」


 いきなり言われた言葉を、ロネは信じられなかった。。


「目付けはクシにやらせる」

「いや、ちょっと待ってくださいよ」


 ロネの制止なんてどこ吹く風だ。


「以上」


 言いたいことだけを伝えて、長老は席を立った。


「待ってくださいよ。意味が分かりません」


 奥の引き戸を開けたところで、長老はロネの方に振りむいた。


「意味が分からない?」


 無表情だった。


「自明だろう。お前が狐だからだ」


 答えは、単純明快だった。


「戦場では一瞬の逡巡が命取りになる。奴らと刃を交えると決めた以上、お前が戦場に立つことはこちらにとって欠点となる可能性が高い。だからこそ、今回は待機という形をとらせてもらう」


 最後まで言い切ると、長老は引き戸をぴしゃりと閉めた。


 

 講堂から出て、『巣』のいろんな所を見て回った。

 道場、他の家々、広場。

 大人たちは明日に備えて準備を進めていた。子供たちもその手伝いをしている。

 空気が重い。普段はやんちゃをやっている子でも察することができるくらいに。

 やらなきゃやられる。

 今までとは違う。

 もうそういうところまで来てしまったんだ。

 光景を見ているうちに、ふと思った。思わされてしまった。

 そんなこと、ない方がいいのに。



 晩御飯を食べるのに、いつもの倍の時間がかかった。

 いったいどこで間違ってしまったのだろう。

 清磨にも、力が入らなかった。

 こうならないように尽力してきたはずなのに。

 布団に潜っていくら考えてみても、答えは出なかった。



 翌朝七時。広場で集会が始まった。

 ロネは起きるなり、家中の窓や勝手口など、外に出られそうなところを探した。

 ハーネはその様子を黙って見ていた。

 しかし、いつ作業をしたのか、すべて板張りがされていたり外から鍵がかかっていたりして開かなかった。

 唯一開いたのは、家の正面玄関だけだったが、開けた途端にロネの顔は青ざめた。


「ロネ、家の中に戻りなさい」


 抜き身の刀を自分に向けてくるクシがいたのだ。冗談を言えるような雰囲気ではない。

 おとなしく扉を閉め、直後に音が出ないよう注意してゆっくり開けてみても、


「次やったらあんたを始末することになるから」


 警備は万全だった。

 扉を閉めて中に戻ろうとしたとき、微かに鼻をすする音が聞こえた。


「絶対、そんなことさせないで」


 悲しげに、クシは呟いた。声は、震えていた。

 ロネは何も返さず、扉を閉めた。



「降下!」


 部隊長ロサの号令のもと、鳥たちは次々に大樹を蹴り下へと飛んでいく。

 今回の降下では、分隊はなく班単位での作戦となる。

 当然ノズも、イケも班長として先陣を切って飛び込んでいった。

 遠くから見ただけでは、森の様子はいつもと変わらない。

 枝だけの木の白い幹と、茶色い土が見えるのみ。

 しかし、今回明らかに違ったのは、


「ウウォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオン!」


 耳をつんざく咆哮が、大地から放たれたということだ。

 天に轟く叫びに、新人同然の若い衆の顔は焦りの色をにじませる。


「ひるむな! 奴らの声に臆することなく、我らの背についてこい!」


 勇ましい班長の声。近くの班長が次々に呼応し、新人たちを鼓舞する。

 先輩たちの声援を受けて、新人たちもいくらかいい顔になる。

 最後は部隊長の掛け声。


「これで狐との因縁に終止符を打つ! 行くぞォォォォォォオオオ!」


 うおおおおおおおおおおおおおおおお!


 先ほどの遠吠えに負けないほどの雄叫びを、降下隊は地に響かせた。

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