本当に大切だったこと
国民を愛する姫と、姫を愛する国民の間に知らず知らずのうちにできてしまった隔たり。本当に大切なのは優しさだけじゃなかった。
言わなきゃ伝わらないこともあるし、言わなければ始まらないこともあると思います。
蒼い海と白い砂浜。そして内陸に広がる草原と小さな王都。そんな国の姫は、国民から愛し、慕われていました。王子には不満や不平は一切言うことは出来ませんが、姫に対してはむしろ言うことなど何もないというほどでした。姫の穏やかな微笑みや温厚で誠実な性格は誰からも愛され、大切にされる存在でした。白に近い金髪と、澄んだ群青の瞳は見るものを惹きつけるものでした。姫は国民を愛し、国民も姫を愛し。そんな幸せな国でした。
しかしその愛が故に、国民は常に姫に気を配っていました。姫にはそれが孤独に感じ、姫のために向けられる偽りの笑顔が、ちくりちくりと徐々に姫の心に刺さって行きました。例え盗賊に襲われ、生活が苦しかったとしても、姫には心配をかけさせたくないと、人々は必死に笑顔を貼り付けます。
「私は国民の圧力になっているのではないでしょうか、大切な事実を見逃してしまっているのではないでしょうか。」
姫はもっと国民と本音でぶつかりたいと思っていました。ですが国民は姫に本音など溢せず、ましてや不満など一つもないと思っていました。だから姫の前では元気に笑っていようと、誰もがそう思っていました。姫が城下に足を運ぶたび例え貧しくともたくさんのもてなしがされ、歓迎を受けました。もてなしは不要だと言っておいたとしても、人々は姫のためにと精一杯のおもてなしを用意するのでした。
欠けた月が眩しいほどの光を放つ、そんな静かな夜。姫は窓際に腰掛け、月に手を伸ばします。しかし届くはずのないその掌は、虚しく空を握り、何も掴むことはありません。それが何故かすごく哀しくて、淋しくて、姫は思わず顔を手で覆います。
「私は皆を愛しているし、皆が私を愛してくれているのは痛いほどわかります。なのに、それなのに。………どうして私はこんなに孤独なの………?」
姫の心からの声は、誰にも届く事はなく、静かにその頬を伝うのでした。
姫はその時大切なことに気がつきました。自分が遠慮しているから、変に気を遣っているから国民も自分に本音でぶつかれないのではないか、と。姫はその日から遠慮なしに、国民に本気でぶつかるようになりました。おかしいと思えばおかしいと言い、心配だから本当のことを言って欲しいと思えば、それをはっきりと口に出して伝えました。以前より人々との口論や衝突が増えました。それでも姫は誠実に民の言葉と向き合って行きました。姫の変わり様には、賛否両論でした。真正面からぶつかり合って、意見を言い合える様になれて良いことだという者もいれば、以前の様な優しさに溢れた姫で亡くなってしまったことを嘆く者もいました。それでも姫は自分の道を貫きました。国はますます繁栄し、どんどん明るい国になっていった。横暴だと姫を非難する声も聞かれたが、この国を繁栄に導いてくれた真っ直ぐな姫を本当に嫌っている者などいないに等しいようなものでした。姫は毎日夜の窓際に腰掛け、月へと手を伸ばして呟くのが日課になりました。
「私は独りじゃない。これ以上無いくらいに幸せ者だわ。」
と。
〜END〜
素直に思いを口にするのは難しいかも知れません。
実際私もそんなに素直じゃありません。でも、いつもより少しだけ素直になってみようかなって思ってもらえたら嬉しいです。
いつもはもっとストーリー性のある話ばかり書いているので不慣れなところがありますが、すみません。