大魔王の試練③
リリスが今いる場所は自分の城の接客の間の前。
ドアを挟み中から蜜柑と理夢の声が微かに聞こえる。
その内容はごく普通の他愛も無い日常の話。
オチも無く、よく、その内容で会話が続くのが不思議なくらい、平凡な話、俗に言う、眠たい話であった。
しかし、2人ならではの話の特徴が醸し出されている。
理夢が蜜柑に言葉する事はその全てが、始まりと終わりが強調される丁寧な怒り口調。
苛々しているのが手に取るように分かる。
面倒そうに溜息じみた箇所も多数存在する。
何よりも、排泄物に掛ける言葉とも思える程のお下劣な言葉が語尾に付いていた--しかし喋り方は上品。
蜜柑以外の者が、それを浴びせられれば、顔を真赤にして怒り出す、もしくは、泣き出す、もはや常軌を逸脱している、罵倒といっても可笑しく無い言葉のオンパレードであった。
だが・・・その言葉に込められている想いはリリスには分かる・・・そう蜜柑が好きである。
あれが本来の理夢の姿。
言葉を殺し、頭で考え、相手の目を伺い、整った畏まったものでは無い。
視覚、聴覚、感覚で捉えた事をそのまま砲台となる口から放たれる凶器な言葉--別名「初見殺し」。
後者が嘘偽りの無い本当の自分。
「・・・そっか・・・私、蜜柑の前ではあんな感じなんだ・・・フフフ、凄い酷いんだなぁ・・・グッジョブです・・・」
反省の色は無い。
むしろ、誇らしいリリスは優しい口で呟く。
理夢の過剰とも思える砲弾の嵐を全弾被弾する蜜柑。
崩れはしない鉄壁の蜜柑。
上げる言葉は悲痛な喘ぎ声--別名「痛☆気持じぃ」。
角度をどう変えても、一方的な殺戮にしか思えない、その言葉の合間に、耳を疑う2人の笑い声。
絶える事が無い、「ニコニコ」せずにはいられない声に、リリスの表情は徐々に黒く染まり、顔を伏せ、暫く耳を傾けるのであった。
「リリスちゃん遅いね、そんなに遅くならないって言ってたのに・・・何かあったのかな?・・・」
「拾い食いでもしてるんじゃーありませんの?見掛けによらず・・・結構意地汚いので・・・この間なんか落ちた飴玉拾って『これまだ食べられるかな?』って私に聞くんですよ!・・・ほんと卑しい」
「あははは・・・」
「自分にも跳ね返る言葉だよ」と苦笑いする蜜柑。
「僕、心配だから、外までちょっと見てくるよ」
「フフフフ、では、私も参ります、ホントにリリスは子供なんですから、蜜柑に心配掛けるなんて・・・もう、終わってますよね?」
「・・・う、うん・・・そうだね・・・」
最後の予期せぬ見えない角度からの攻撃は蜜柑の顔を大いに歪めた。涙目の蜜柑と理夢はソファから立ち上がり出口に向かい足を進める。
もちろんその声はリリスにも届く。
リリスは身動き一つせずに、自分が持つチートスキルの発動させる。
その名は・・・
『操り人形』
リリスを中心とする1km全ての生きる者の運動神経を奪い取るスキル。
運動神経の管理者はリリスの脳へと譲渡され、唯一許されるのはリリスが意図する行動のみになる。
一瞬電気が走る感覚に陥る蜜柑と理夢。
理夢は蜜柑の方に振り返り、蜜柑も又理夢の方へと振り返る。
理夢に向かい歩む蜜柑。
蜜柑は手を上げ理夢の襟元を掴むと、勢いよく、下へと振り抜いた。
服が引き千切られ、理夢の発育途中の胸が曝け出す。
口を一杯に広げる蜜柑。
歯をむき出し・・・
そのまま・・・
理夢の左胸に噛み付いた。
『あの御方』がリリスに与えた『大魔王としての覚悟』はこれであった。
『理夢の心臓を蜜柑に食わせろ』
もちろんリリスは頭を下げ慈悲を求めた。
「でわ、聞こうリリス・・・他に妙案があるのかえ?入試試験に受からねば、どうせ、あ奴は、儂にとって何の利も無い存在じゃ・・・受からねば、殺す・・・、理夢のスキルを得られれば確実とは言わんが、多少なりとも受かる可能性が上がる・・・和気藹々とダラダラ過ごすよりは、傷は浅い方が儂はええと思うのじゃがの・・・儂の優しさなんじゃがのー」
100%偽りの言葉、直ぐに読み取れた。
『あの御方』を支配する今の感情は間違いなく「歓喜」。
この状況は幼児が初めて扱う人形遊び、首を捻り、引っ張り、引き千切り、それを無邪気に笑える存在、それが『あの御方』。
そんな幼児を黙ってあやすリリスでは無い。
--ざけろよ、幼児がぁ!
リリスは顔を伏せながら、歯を食いしばり、目は据わる。
もちろん分かっている自分の心臓が『あの御方』の手の内な事ぐらい、しかし、もうリリスはキレていた。
「ブッチブチ」にキレていた。
届かなくてもいい、ただ一発お見舞いしてやる。
動き出す、その刹那、リリスの身体に電撃が走る。
一切身動き取れない・・・
「それは、一番の愚手じゃろ!舐められたものよの」
--見透かされた!!・・・
「どうじゃ本家の操り人形は、中々いいスキルじゃろ!・・・ホレッ愚者への褒美じゃ」
リリスは『あの御方』のスキル操り人形で胸の前に手を添えている。
手の平に黒い瘴気が舞い上がりそれは姿を現わせる。
--なッ!
それはドクドクと脈打つ臓器、人間の心臓と思われた。
「アハハハハ、さぁーお前の手で葬ってやれ!あ奴も本望じゃろ、アハハハハ」
--えっ???・・・
「お願い・・・やめて・・・」
ゆっくり指が拳を作ろうと握り締められていく。
「お願いします・・・やめて・・・下さい・・・」
心臓を握る。
「どうか・・・やめて下さい・・・」
心臓に指が食い込む。
「どうか・・・助けて・・・下さい・・・」
心臓を握り潰す。
飛び散る血しぶきがリリスに化粧を施す。
それと同時に『あの御方』は操り人形を解除する。
崩れ落ちるリリス。
目から大粒の涙を留まる事無く流れ化粧を落とす。
目に光が無くなり、抜け殻となるリリス。
「アハハハハ、アハハハハ・・・心配致すな、それは義体じゃ・・・じゃが、分ったであろう!・・・あ奴にトドメを差すのは儂では無い・・・お前じゃリリス!!!アハハハハ・・・」
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リリスは蜜柑と理夢を天秤にかけ自ら選んだのである。
そして今行っている行為こそ『大魔王としての覚悟』であり、避けられない試練であった。
蜜柑を生かす為、操り人形を使い、蜜柑に理夢の心臓を与える。
恐らく蜜柑はリリスを軽蔑するであろう、だが、それでも良かった・・・蜜柑は精神崩壊するであろう、だが、それでも良かった。
ただ・・・ただ・・・
リリスは・・・
蜜柑が生きてくれていればそれで良かった。
しかし・・・そんな覚悟も・・・いざ、その場に立つと揺るぐもので。
リリスは操り人形を解除する。
操り人形から解除された2人は、顔を真赤に染めて、お互いの顔を背け、気まずい雰囲気になる。
そして微かに聞えて来る、すすり泣く声に気が付いた理夢。
片手を使い身体を立たせると、ドアに向かい歩み寄り、ドアを開けると。
そこには崩れ落ち、生気を失い、涙を流すリリスの姿があった。
「・・・そう言う事でしたか・・・」
理夢はそんなリリスの姿を見て、全て理解した様に、とても痛ましい顔でそう言った。




