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「私はビスさんに野草を届けてくるね」
「あぁ。……本当に一人で大丈夫か……?」
「うん! 家から真っ直ぐだもん、大丈夫」
「……何かあったら此れを飛ばせ……」
心配そうに眉毛を下げたルーがそう言って、人型の小さく光る妖精を私に押し付けてくる。
ーイーシャ、マカセテヨーーー
「わ、わっ。大丈夫?」
ーウン! オトメハボクガマモルカラ!ーーー
「ふふ、ありがとう」
人差し指でちょんと頭の辺りを撫でると嬉しそうに飛びまわる。可愛くて抱きつこうとしかけて、潰れてしまうと思い直した私はグッと我慢した。
「……じゃぁ、行ってきます!」
ーマスッーーー
ヒョーリス亭に向かう途中で、すれ違った村の人達に挨拶をしながら歩いて行く。
「キミには名前があるの?」
ーボクハヒカリノッテヨバレルヨ?ーーー
「ひかりのかぁ。他の子達は?」
ーン〜? ヤミノト、ヒノト、ミズノト、カゼノト、ツチノノコト?ーーー
口の中で反すうすると、光、闇、火、水、風、土の事を言っているのだと気づいた。
「じゃぁ、キミはヒーちゃんね」
ーヒーチャン?ーーー
「うん。キミの名前だよ」
ーヒーチャン……ナマエ。ボクノナマエ……!ーーー
喜びに満ち名前を貰った光の妖精は急速に淡い光に包まれたかと思うと、三歳くらいの男の子になった。
「えぇぇぇぇぇぇっ!?」
「あれ……? ボク、おおきくなった?」
首を傾げながら、自分の体を触りクルクル回って確認をしている。どこからどう見ても子供にしか見えないっ!
「どうして? 何で???」
「ん〜? ちから、つよくなったから? イーシャならわかるかも!」
「そ、そう。帰ったらルーに聞こうかな」
動揺して心臓がバクバクしていたけれど、ルーが分かるなら聞けばいいかと思い、そのままヒョーリス亭に向かった。
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「こんにちは。野草持ってきました」
「ましたっ!」
「あぁ、ユーノ! 丁度良い所に来たね!」
「……ビスさん?」
「急に昼の欠員が出ちまって、てんてこ舞いなんだよ。ほらほら、急いどくれ!」
こうなったビスさんは誰にも止められない。仕方なく、エプロンを借りてお店の中に入っていく。ヒーちゃんは厨房の隅っこでお留守番。イタズラしなきゃいいけど。
「……いらっしゃいませ! ようこそヒョーリス亭へ!」
「お、今日はユーノちゃんが居るのか。二人だけど大丈夫?」
「はい! ご案内致します!」
ビスさんが脚を怪我したばかりの頃、お店を休むか人を増やして続けるかで悩んでいたから、私が立候補して接客をやっていた。学生の頃のバイト経験が役に立ち、めでたくビスさんのお墨付きを貰ったんだ。
「ユーノちゃん! 戻ってきたの?」
「いえ、今日の忙しい時間だけのお手伝いですよ〜」
「そうなんだ……。ユ、ユーノちゃんが居なくなってから寂し……」
「ユーノ! これ、三番テーブルに運んでおくれ!」
「はーい! ……ごめんなさい、また後で!」
常連のお客さんが何か言いかけていたけれど、声が小さくて聞き取れなかった。そして、忙しさに追われてあっと言う間に時間は過ぎていった。
「は〜、終わった」
「お疲れ様、ユーノ。助かったよ!」
「ゆーの、ボクいいこにしてたよ?」
えらい?えらい? とヒーちゃんが腕の中に飛び込んできた。抱きとめて頭を撫でてあげると、ウットリとした表情で見つめてくる。か、可愛いっっ!ってぎゅーってすると、苦しいと言いながらもニコニコしてくれた。
「じゃあ、帰ろうか?」
「うん!」
「ありがとね! また頼むよ、ユーノ」
「はーい!」
ヒーちゃんと手を繋いで、ヒョーリス亭を後にする。
「ヒーちゃんは普通の食べ物、食べれるのかな? その辺もルーに聞こうか」
「ん〜?」
「あぁぁ、そうだ! お塩買わなきゃ!」
塩はヒョーリス亭の近くのお店で買えるからちょっと戻ろうと言おうとした所で、ヒーちゃんの様子がおかしい事に気づく。
「ヒーちゃん?」
「……よんでる……。どうほうがよんでる」
「え、どうしたの?」
「ゆーの……おとめ、こっち」
森の方を見ながらそう言うと、何かに取り憑かれたように走り出した。ちょっと待って!
「ないてる……。どうほうがよんでるの、おとめ。いかなきゃ」
「ヒーちゃん、待って! あんまり森の奥は……!」
悲痛な面持ちでないてると涙しながら、森の奥へどんどん進んでいくヒーちゃんを何も考えずに追いかけてしまい、もう来た道も分からない。
「先に進むしかないのね……」
頭を垂れながら、ヒーちゃんを見失わないように必死に追いかけた。
しばらくそうして進むと一気に開けた場所に出て、ヒーちゃんが立ち止まっていた。
「……はぁ、はぁ……。待って、ヒーちゃ……」
目の前の光景に、呼び止めようとしていた言葉も勢いを失って消えていく。
「た……け……て……」
「やみのっ! なんで…… っ、まさか?」
「……そう……よ……。……かりの」
ヒーちゃんと同じくらいの子が、顔を紅い血に濡らし目は潰され服は裂け、ボロボロな姿で横たわっていた。