第9話 まるで陸の孤島
戻魂選別所は地上五階建ての建物である。
倭国内の建造物としては、特に目立つような高さではない。
しかし、高さがないかわりにという訳ではないが、その敷地は非常に広い。
隣接する商業スペースや住居スペースまで含むと、国内で類を見ないほどの規模を誇る。
さらに地下には螺旋階段や地下空間までもあるのだが、さすがにその存在を知っている者は、倭国民であっても選別所職員以外ではほとんどいない…ダンはそう信じている。
現在では選別で審査された戻魂の情報は、国家機密と同等レベルで扱われている。
刻印を持つ者が中心となってヴァルハラ倭国の未来を担っていくという性格上、魂の帰還の場であり審査の場でもある選別所の警戒レベルは、今と比較しても決して低いものではなかったのだが、ダンが所長になってからはセキュリティの見直しが進められ、その際に許可を受けていない者が外部と接触する事を禁じられた。
ダンが所長になる以前に外部が絡んだ問題などが特にあったわけではない。
前所長も自分の任務の重大さは理解していたし、同じ理解を職員にも求め、職員はそれをしっかり遵守していた。
それでもダンが選別所の改革に乗り出したのは、職員一人ひとりの職務に対するより高い意識とさらなる自覚を促す為であった。
元来の生真面目さが発揮される形となったその改革、構想を発表した直後は多くの職員が不満に思っていた。
特に外部との自由な交流を禁止された事は、消される事を覚悟でちょっとやり過ぎではないかと声をあげる者もいた。
しかし、ダンにとって不満の噴出は想定の範囲内であり、その不満を抑える方法も考えていた。
それが選別所を中心とした一大施設の建設であった。
当時、選別所の周りには必要最低限の施設しかなく、職員達は仕事終わりや休日に暇を持て余していた。
近くに何もなければ外に目がいくのは必然であり、ダンはその根本から変えていこうとした。
建設に多大な時間がかかる事は分かっていた。
それでも完成すれば、職員達の仕事に対する集中力がかなり上がるはずだと確信もあった。
だけど、同時に不安も絶えず付きまとっていた。
規模があまりにも大きく、完成まで相当な日数を要するのは仕方がないとしても、その間を職員達が我慢出来るかどうか…。
そこは耐えて当然だとダンは考えていたし、これしきの事でどうにかなってしまう連中ではないとも信じていた。
だが、そんなダンの気持ちはあっさりと裏切られる。
数名の職員の行方が分からなくなったのだ。
ダンの怒りは凄まじいものであった。
身勝手としか思えない理由で職務を放棄した者の捜索を始めたい一方、これ以上の逃亡者の出現は、職員のモチベーションをさらに下げてしまうだけでなく、職務の効率をも落としてしまう。
苦渋の選択で、ダンは選別所一帯と外部を断然フィールドで遮断した。
ダンの断然フィールドを打ち破れるほどの者は選別所内には存在しない。
双字人の力をまざまざと見せられた職員達は、その日を境に一切の不満を口に出来なくなった。
その後、ダンの双字人らしからぬ公正な態度に不満そのものが無くなっていくとは、その時点では誰も知り得なかった。
アツは三階へ向かうために階段を登っていた。
三階を…事務班の元を訪れる事は年に数回しかない。
(簡単な手続きや報告でしか訪ねた事がないのに比べて今回は…いや、考えるのはもうやめよう……)
立ち止まって首を振り、まだ観念しきれてないのか、つい愚痴をこぼそうとしてしまう自分に念を押す。
(期待も悲観もせず、ありのままを受け入れるんだ)
その場で深呼吸して残りの階段を一気に登り切ると、目の前に現れた扉を躊躇なく開けた。