第5話 檻の中の二人
「何度言ったら分かってくれるのですか。移動するからに決まっているでしょう。いい加減にして下さい」
うんざり顔で言われても分からないものは分からない。
移動するのと檻の中に閉じ込められる事がどうやっても一致しないのだ。
(これは…俺を油断させて中に入れる罠なのか?)
しかし、それもおかしいとすぐに気付く。
不思議な能力を持っているのだから、わざわざそんな面倒な事をする必要がないのだ。
そして、その事実は俺に対する全ての事に当てはまる。
(どう考えたって結局はこいつが思っている通りに出来るんだよな。どうせそうなら、無理矢理されるよりは結果的に強制でも自分が選択したと思える方がましだ)
覚悟を決めて檻に入り、アツの横に立った。
(能力で俺を動かしたら楽だろうにそうしないのは、何か理由があるのか?)
アツは無表情のまま檻の入り口を中から閉めると、紐のように一本だけ垂れ下がった鎖を掴んだ。
鎖を握ったアツの手が輝きだす。
(何度見てもやっぱりやばいな。アニメじゃないんだから…。で、今度は何を始めるんだ?)
何も起こらないまま光が手から消えた。
数秒後、檻がガタンと揺れたかと思うと二人を乗せたまま上昇しだした。
「これも…あんたの力でやってるの?」
驚きを通り越して、呆れてしまう。
この檻がエレベーターの役割を果たすなんて想像出来るはずがない。
「私の力…まあそうですね。そう思ってもらって構いません」
ちょっと得意気な表情を浮かべるアツ。
もう笑うしかない…よく耳にするフレーズだが、使い場所として今以上の状況はないだろう。
「これってどれぐらい乗っておくの?」
話しかけるのに抵抗がなくなりつつある今、少しでも情報を集めようと積極的に話しかける事にする。
「そうですねぇ…状況にもよりますが、今なら10分ぐらいでしょうか。」
「そこが目的地?」
「いえ、そこからもう少しかかります。とはいえ、先ほど歩いたような距離はありませんので心配いりません」
「俺っていったいどうなるの?」
流れに紛れて聞いてみたこの質問、一番気になるのはやっぱりこれだ。
「それは私には分かりません。君をどうするか…決めるのはダン様です。だから君をダン様の下に連れて行っているのです」
てっきり答えてくれないものだと思っていたので驚く。
他の質問にも今なら答えてくれるかもしれない。
「なあ、ここはいったいどこなんだ?本当に俺、知らないんだけど」
「選別所の地下ですよ。どうやって侵入したのかは、ダン様の前で話してもらわなければいけないでしょうね。どうやって私に捕まったのかも…」
(いや、話す事なんて全くないんだけど…ってか、何でにやけてるんだよっ!気持ち悪いからやめた方がいいぞ)
妄想の世界に入りそうなので、慌てて質問を続ける。
「あの白い人形は何なんだ?全員に無視されたんだけど」
「無視ではありません。話せないだけです」
「喋れないんだ、じゃあ仕方ないか…」
全く仕方ないなんて思っていないが、聞きたい事の優先順位としては下位にある白人形。
せっかく質問出来るチャンスを有効に使う事だけを考える。
「あんた達はここで何してるの?」
大量の白人形に檻のようなエレベーター、そして謎の能力…どう考えたってろくでもない事をしているに違いない。
「我々がこの国を支えているんです。しかし、驚きますね。君が真面目に質問しているのか疑ってしまいます。次は逆に私から質問しましょう。君は誰の命令でここに忍び込んだのですか?」
そう言うと、アツは覗き込むかのように俺の目を見てきた。
後ろめたい事なんて何もないが、こんな狭い場所で男に見つめられるのは気持ちがいいものではなく、慌てて目を逸らす。
「昨日いつものように眠って、気が付いたらさっきの場所にいたんだ。夢を見てるんだろうけど、現実感もあって正直困ってる」
チラッと横を見るとまだ見られていて、すぐに視線を戻す。
「あんたはアニメのような事をするしさ……あっ!そうだっ!!あんたのその力で夢から覚ませてくれない?あんたの能力ならそれぐらい出来るだろ?」
「どうやら嘘はついてないようですね」
やっと分かってくれたのかとホッとしてアツの方を向くと、もう俺を見ていなかった。
「睡眠状態の君をコントロールして、ここに侵入させた。いったい何の目的で?そして、その種の力を持っているのは誰か?……詳しく調査する必要がありそうですね。それと君はもう夢から確実に覚めていますよ。私が処方した力で正常状態に戻っていますから」
「…………………………」
言葉が出てこない。
(何でそんな解釈になるんだ?それにこの状態のどこが正常なんだ?開いた口がふさがらないんですけど…)
しばらくの沈黙の後、まもなく到着する事を告げるアツ。
もう返事する気にもならなかった。