第4話 追いかけっこ
遠くから何かが聞こえたのはその時だった。
気のせいかと思ったが、目の前に立つ男も振り返っているから間違いないだろう。
座っているのもあって直接見えはしないが、不思議と近づいて来る気配のようなものを感じる。
そして、今度は声が耳に届いた。
それは言葉としてはっきり理解することが出来た。
「アツさんっ!何かあったのですか?」
(新キャラの登場って……まだこの夢続くのか?どんだけ寝たら気が済むんだよ)
新しい展開にうんざりしながらも、男がどう答えるか注目する。
「皆さん、もう安心していいですよ。不審な侵入者はこのアツが捕らえましたから」
「侵入者!?」
総勢五名の仲間らしき連中が、座っている俺を囲むように見下ろしながら声を揃える。
「侵入者なんて初めてですね。で、どうするんですか?」
一番右端に立つ男の質問。
「ダン様の元へ連れて行きます」
ちょうどそう答えたタイミングで、この場にベルが鳴り出した。
(相変わらず俺の事は無視かよ!それにこのベルの音はいったい何なんだ?まあ、何があっても今さら驚きなんてないけどな)
「さあ、選別の再開です。皆さんはいつも通りに職務を行ってください。大丈夫です、この私がいる限り皆さんの周りは安全です!」
沈黙。
ベルが鳴った瞬間にこの場を離れた者もいたが、同様の無表情さで残っていた者も黙って散って行く。
私がいれば安全だと高らかに宣言して満足気な表情のアツという男、会話を聞いていた限りではどうやら周りの連中より立場は上らしい。
こちらが心配したくなるぐらい、リスペクトされてる様子は微塵も感じられなかったが。
「では、我々も移動しましょう。もう立てるはずです。大人しく同行すると約束するのであれば、拘束はしません。まあ、私との力差は分かったでしょうから、無駄な抵抗をするとは思っていませんが」
あんな特殊な力を見せられたら、確かに無駄な抵抗をする気にもならない。
だけど、黙って従うにはあまりにも情報が少なすぎる。
「あのさぁ、こっちは勝手に色々と決められてるんだから、少しくらいは質問に答えてくれてもいいんじゃない?」
渋々ではあるが立ち上がって、あらためてアツと向き合う。
(俺より年上なのは間違いなさそうだな。それにしても…胡散臭い顔してるわ)
まじまじと顔を見るのは今が初めてだが、なんとなくそんな感じはしていた。
もちろん、この男のせいでこんな目に遭っているのだから、仮にどれほど男前でも認めなかったとは思うが…。
「答えてほしければ付いて来なさい。質問の内容次第では考えてあげましょう」
俺の返事を聞く事なくさっさと歩き始めたアツを仕方なく追いかける。
歩幅は小さいのにやたらと早足で、質問する余裕すらない。
気持ちの悪い大量の白人形を相手にちょこまか動いているここの連中の脇を、同じようにちょこまか動いて通り過ぎるアツと俺。
ばらばらに存在した白人形は、しばらくすると列になって並んで階段に向かっていた。
アツと俺はその階段を上る事なく素通りし、ようやく視界から白人形が消えた。
先が見えないぐらい長い階段にも、白人形が吐き気がするほど詰まっていたのを見てたせいか、その姿がない空間に心から安堵した。
だが、相変わらず歩いているとは思えないスピードで進んで行くアツを、いつの間にか小走りで追いかける俺は、話しかける事すら出来ずにいた。
どれぐらいの距離をそんな状態で進んだのか、いつしか俺の目的は質問する事から、こいつには負けないという勝負みたいなものに変わっていた。
そして…その勝負は引き分けに終わる。
上部を数本の鎖で繋がれた檻のような物が集められた場所でアツは足を止めた。
途中から周りを確認する余裕もなくここまで来たので曖昧な記憶だが、階段を通り過ぎてから初めて見る人工物だった。
気分は最悪だ。
最後は気力だけで何とかここまで来たという状態で、着いたのが牢屋みたいな場所だったなんて全く笑えない。
(マジかよ……こいつら鬼だ………)
荒い呼吸のまま倒れるように仰向けに寝転がると、自然と視線は頭上に広がる真っ暗な空間に向けられた。
そこには天井があるのかさえ分からない闇が広がっていた。
よく見ればそれぞれの檻に繋がれた大量の鎖が真っ暗な闇へと伸びている。
(鎖が引っ張られてるって事は天井はあるんだな)
見えない天井をぼんやりと眺め、そして目を閉じる。
そのまま闇と同化したいような心境だったが、アツの言葉がそれを許さなかった。
「君はどうしてそうなんですか?早く立ちなさい」
「檻に閉じ込められるのが分かってて立つバカなんているわけないだろっ!」
「檻?また意味が分からない事を言い出して…手間がかかるなぁ、本当に君は」
「くそっ、こいつマジでムカつく!何で俺の夢にこんな奴が出てく…うわぁっっ!?」
身体の中で何かが波打ち、そして弾ける。
(この感覚、さっきも味わったぞ……)
両手に力を込める。
(やっぱりだ。また回復してる)
倦怠感が嘘のように消え、力が溢れてくる。
アツの姿を探すと、この場所にある全ての中でも小型の部類に数えられそうな檻の入り口を開けていた。
「早くしてくれませんか?私は急いでいるのです」
そう言って先に檻の中に入るアツ。
思わぬ展開に固まっていると、首を左右に振って右手をこちらに向けて翳しだした。
「あぁーっ、ちょっと待ったっ!大丈夫、動くし動けるからっ!」
翳していた右手を下ろした事を確認して、恐る恐る檻に近付く。
俺を回復した上でさらに何かをするとしたら、あいつの言葉からも次こそは拘束されるに違いない。
それは何としてでも避けたかった。
「一つ聞いていい?何であんたが入ってるの?」
入り口までやってきて、混乱の原因を聞いてみた。
はっきり言ってその理由は想像すら出来ない。