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桃鬼争乱ーー桃源郷に棲む鬼ーー  作者: 日向あぶ
第1章  君に会いたかった
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第2話 緊急事態発生

短い昼休みを挟み、〈選別の儀〉は後半の時間帯を迎える。



昼飯を食べるために《控えの間》に集まっていた誘導班は、午後の業務に備えて再びそれぞれの持ち場に戻らなければならない。



そんな中、場の雰囲気を悪くする一人の男…。



「もう休憩が終わり……か。明日にまた一歩近づいてしまったんだ。このまま世界中が止まってしまったらいいのになぁ……」



アツがこの時間から情緒不安定になっていくのはいつもの事であり、周りの者も面倒臭くて誰一人として反応しない。



反応して言葉の一つでもかけたら最後、最終的にキレだすアツの格好の餌食となってしまう。



しばらくは職員からの励ましの言葉を待っていたアツだが、案の定、まるで自分がいないかのような全体の空気感に苛立ちが徐々に膨れ上がる。



「チッ!…………ったく、どいつもこいつも冷たいんだよっ!お前たちはそりゃあいいだろうさ、毎日楽しそうだし。もう絶対何かあっても助けない!いいかっ、絶対だぞ!絶対っ!!ダン様を怒らせて消され…………っ!?」



学ばない上司にうんざりしながらも、毎度お馴染みの台詞が急に途切れるという新しいパターンについ振り向いてしまった職員達は、アツの表情を見てお互い顔を見合わせる。



皆の注目を集めようとしているだけだという予測は、ただならぬアツの様子で急速に揺らいでいった。



「何だこれ…嫌な感じしかしないんだけど」



小声でそう漏らしてため息をつくと、先程までからは考えられない機敏な動きで、周りに指示を出しながら螺旋階段へと向かい始めるアツ。



「各自速やかに持ち場へ戻り、始業のベルを待つように。いかなる場合においても選別の流れを止める事は許されない。全員で協力して滞りなく誘導するんだ。持ち上げ担当は合図を見逃すな!」



それだけ言って滑り台に消えていったアツを呆然と見送る形になった職員達は、一抹の不安を感じつつも指示されたように素早く行動を開始した。






滑り台と専用通路を併用して最深部までの中間地点を過ぎた頃には、嫌な予感は何かが起こっている確信に変わっていた。



どこからどう見ても凄みのようなものを感じさせないアツではあるが、そこは文字人。



察知したくはない事実であっても本能的に理解してしまう。



(何でよりによって俺が誘導の時に起こるんだよぉ)



最短ルートを使用したアツは、まもなく螺旋階段の終点地に到着しようとしていた。



何かの気配は感じつつも、ここまでは戻魂の列の乱れがない事に安堵している部分があった。



気のせいってやつかも…そんな甘ったれた理想は最深部の空間が視界に入った時、音を立てて崩れていく。



(侵入者……なのか!?でもどうやってここに??)



視線の先には、この場所にあるはずのない色彩を持ち合わせた者が、螺旋階段に今にも侵入しようとしていたところであった。



「そこでストップ!とりあえず下がりなさい!!」



アツの言葉にビクッと身体を震わせた侵入者は、なぜか勢いがついたかのようにこちらに突進してきた。



「あんた、喋れるのかっ!?」

「もう一度言う。下がりなさい」

「なぁ、ここはどこだよ!?あんたは誰だよ?頼むから教えてくれよっ!!」

「いいから下がりなさいっ!!」



アツは騒ぎながら接近してくる侵入者に対してすーっと右手を翳した。



「ダン様、使わせて頂きます……断絶フィールドッ!!」



アツの右手が仄かに光りだし、眩い輝きを伴って前方に弾ける。



「ちょっと何!?えっ、嘘だろ…うわぁっ!!」



手が輝きだすのを見て慌ててその場で立ち止まった侵入者は、次の瞬間にはもう吹き飛ばされてそこにはいなかった。





一方、驚愕の表情を残して後方に吹き飛んでいく侵入者を目で追いながらアツは唖然としていた。



「……何で!?」



アツが放った断絶フィールドの目的は侵入者の動きを止める事だった。



正確に言えば、断絶フィールドとは対象者をそれ以上前に進めたくないような時に使用する、その場を別の空間にしてしまう効果がある技であった。



しかし、空間は分かれてなどなく、そもそも今の場合は断絶フィールドが発動すらしていない。



結果的に自分は衝撃波を出しただけで、それをまともに浴びせてしまった目の前の現実に、アツはひどく動揺していた。



(選別所付近一帯はダン様の影響下にあるはずなのに……どうなってるんだ!?)



自分を納得させられる理由が見つからず、釈然としないまま呆然と侵入者が吹き飛んだ方向を見てギョッとする。



本来そこら一帯には螺旋階段へと誘導されるのを待つ、真っ白な姿形となった戻魂が所狭しとひしめきあっているはずであった。



しかし、アツと倒れている侵入者を結ぶ距離の延長線上だけは、綺麗さっぱり何もなくなっていた。



これは自分が放った衝撃波が侵入者に当たった後も消えなかった事を意味し、ようやく戻ってきた魂の一部を選別を受ける前に自分が消し去った事をも意味する。



(何て事をしてしまったんだ……どう報告したらいいんだよぉ………)



その時、倒れていた侵入者がいつの間にか座り込んでいるのに気が付いた。



(!?…そうだ。侵入者がいたんだ。だから俺はこんな事になっているんだ。ここは選別所だぞ。侵入者を見過ごさないのは当然じゃないか!)



あらためて侵入者を観察する。



(落ち着け!俺は観察者なんだぞ。冷静にあいつを分析するんだ)



侵入者は憔悴しきった様子で座り、虚ろな目でこちらを見ている。



その表情には明らかに戸惑いと恐怖が浮かんでいるのが分かった。



自分程度の衝撃波に吹き飛ばされるぐらいではあるが、念のために刻印の有無を確認。



(反応…なしか。じゃあやっぱりこいつはただの侵入者で間違いなさそうだな。しかし、文字人でもない者がよくここまで潜り込めたもんだ)



文字人である自分に対し、文字人ではない侵入者という事実がアツに余裕を与えた。



(戻魂を消してしまったのはミスったけど、文字人ではないとはいえ侵入者を捕らえたってのはどう考えたってお手柄じゃないの!?これを評価されて今後の誘導はアツに任せようって事にでもなれば……やばっ!!)



どちらの立場が優位なのかは此の期に及んでは一目瞭然であり、心に余裕が生まれ精神状態も急激に回復したアツは、力強い足取りで侵入者に近づき声をかけた。



「君はいったい何者だね?」




 





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