第1話 戻魂選別所
ヴァルハラ倭国内施設《戻魂選別所》……
名前のとおり、地球から戻ってきた魂を評価し、ヴァルハラ倭国での在り方を決定する機関であり、倭国においては正式名称ではなく《選別所》と略されて呼ばれる事が多い。
自身が〈選別者〉でもあり《選別所》の責任者でもあるダンと、〈観察者〉と呼ばれる魂に刻まれた地球滞在時の情報解読に精通した3名が中心になって、近年膨大な数に膨れ上がっている戻魂を日々審査している。
その日も《選別所》では、選別が開始される一時間前から朝礼が行われていた---------------
「本日も問題なく職務を遂行する為に、諸君一人一人の献身と努力を惜しむ事の無きよう肝に命じて・・・・・」
《選別の間》に響き渡るダンの訓示を、直立不動で聞く職員達。
もう数百年も途切れる事なく続く毎朝の恒例行事であるが、古参の職員ですら一切の気の緩みを見せること無く厳かに進行される。
絶えず緊張感を保っていられる要因は、所長であるダンに対しての畏怖以外の何物でもない。
強面で大きな身体、温もりを感じさせない声質に安らぎとは無縁の威圧感、必要以上の会話を好まない寡黙さ…。
それだけでも十分近づき難い存在であるのに、さらにダンはヴァルハラにおいてその能力や地位の源となる【刻印】を持つ文字人であった。
しかもダンの場合は双字………つまり地球での二度の生涯それぞれで実績を残した者だけが可能とする二文字の【刻印】の持ち主。
文字人の中でも圧倒的な存在である〈双字人〉なのである。
刻印を持たぬ者にとって上司に双字人を持つということは、抗いようのない完全なる隷属状態が約束されているようなもの、それがヴァルハラでは常識だった。
「………今月の目標である〝節約〟をより効果的にする為の工夫は、日々の職務の中にまだまだ隠れている。積極的な探求なくして、構造の抜本的な改革は成し得ぬもの。諸君等の更なる協力と目標達成への情熱に期待している」
時間にして約20分。
話し終えたダンが《選別の間》から一時退出すると同時に、 場の緊張感が一気に和らぐ。
ダンの下で働く職員は毎日緊張を強いられ、一見すると隷属されていると思われなくもないが、実際のところはそんな事実は見て取れない。
圧倒的な力を背景に暴虐の限りをつくす双字人が存在する中、真面目で常識人であるダンのような者は稀有であった。
その日、その場の感情で自分の行動を決める事などなく、判断の基準が公正で明確。
安心して日々を過ごすことがどれほどヴァルハラでは難しいかは誰もが知っている事実ではあるが、ダンが管轄するこの《選別所》だけは例外で職員は全員感謝していた。
まあ、ダンにその気持ちを伝えることが出来るほど勇気がある者などいないのであるが……。
「では、誘導班は先に出発しますよ〜。それではマミヤさん、イノさん、観察はよろしくお願いしますね!」
調子よく周りに指示を出すのは、つい先程までダンの真正面で固まっていたアツという男。
「それでは皆さん、暫しの間、ごきげんよぉ〜!!」
壁のボタンを押すと《選別の間》中央の床の一部が開き、そこには下方向へと続く階段が存在し、《戻魂螺旋階段》へ進む誘導班の一団が順に降りて行く。
二度の生涯を終え、地球を旅立った魂は、《選別所》地下に正確な大きさが分からないほどの規模で構築された《戻魂螺旋階段》につながった《最深部》と呼ばれる、一切の飾り気がないただの空間に到着する。
到着した魂には姿形はなく、気配でそこにいるというのを理解するしかない。
地球で得た名声・実績の違いはこの時点では関係なく、どの魂にも共通して言えるのは、時間の経過とともに透明な状態からまるで真っ白な布を全身に縫い付けたような姿になっていくという事。
顔のパーツや指といった凹凸や細かな切れ目はなく、分かれているのは両手・両足のみであとはただの真っ白な人型の物体である。
背丈も見た目も全く違いがないこの全身が白で統一された姿になって、ようやく螺旋階段へ足を踏み入れる事が可能となる。
「それにしてもアツさんって、誘導担当の時は本当に元気ですね」
階段を下りながら職員の一人に声をかけられたアツは、頭を掻きながらも満面の笑みを隠そうともしない。
「正直言っちゃうけど……元気が出ない訳がない!誘導の為に観察を頑張ってるんだからさっ!」
「マミヤさんやイノさんも元気ですよ、出発する時は。でもアツさんほどではないですね。帰りの落ち込みっぷりもアツさんが………」
職員の言葉を強引に終わらせる。
「ダメだって、帰りの話題は!自分でも分かってるんだから今はいい気分でいさせなさいっ!!」
それほど長くない階段を下りきって少し広めの地下空間……通称《控えの間》に到着した、一人の異常なテンションが目立つ誘導班の一団は、ここでそれぞれの担当場所へと別れる事になる。
戻ってきた魂が到着する〝最深部担当〟、螺旋階段の各ポイントで魂の列をチェックする〝誘導担当〟、そして今通ったばかりの《控えの間》から《選別の間》までを結ぶ階段での〝最終確認担当〟、最後に業務終了後に螺旋階段から下にいる者をこの部屋まで引き上げる大所帯の〝持ち上げ担当〟で誘導班は成立している。
この中で〝最深部担当〟と〝誘導担当〟は、螺旋階段に沿うように設置された職員移動用滑り台や中心から枝分かれしたかのように造られた職員専用通路を使って、自分の持ち場へ移動するようになっていた。
「では皆さんっ!ベルが鳴ったらよろしくお願いしますね!!」
それだけ言うとアツは滑り台にサッとその身を滑り込ませ、意味不明の言葉を撒き散らしながら最深部へ向かった。
呆れ気味の周りの職員も慣れた様子で、それぞれ動き始める。
業務開始時間である九時前には全員持ち場につき、それぞれベルが鳴り響くのを待った。
初めまして!日向あぶです。
この物語は登場人物こそ歴史上の著名人を使っていますが、ゆるいイメージから話を膨らませた完全なフィクションです。
歴史に詳しい方には物足りないかもしれませんが、気楽にお楽しみ頂ければ幸いです!
仕事の都合で不定期更新になりますが、よろしくお願いします!