4
『これで終わりだッ! 我の光線ブレスは貫いた物を塵となるまで焼き尽くす攻撃。いくら小僧とて防げるものではないッ!』
俺はニヤリと微笑んだ。
視界には、称号、神からの超運を恵まれし者と表示されている。
光線は紙一重で避けていたのだ。いや、厳密には軌道が風によって変わったのである。
俺の無事な姿を目にし、赤い竜は驚きのあまり瞳を開いた。
『な、なんだと!?』
「俺は神から嫌われてるんでな。恩恵がどうやら多いんだよ」
俺は落下する瓦礫を飛び渡り、赤い竜に近づく。
真正面から飛び込み、拳を固める。
「さぁ! 遺言はないか? 今なら届けてやるぜッ!」
『ば、バカなッ!? わ、我が、こんな小僧なんかにィィィィィィッ!』
俺の拳が赤い竜の顔面に食い込んだ。
やがて、ガラスを割ったかのようにヒビが入り、赤い竜の身体が雪のように溶けていく。
無事に着地し、俺は安堵の溜息を吐いた。
「終わったぜ」
「く、クマキチ……っ!」
ヘリスは俺の身体を抱きしめ、たくさん涙を流す。
悲しい涙じゃない。嬉し涙だ。これは俺の嫌いな女の子の涙じゃない。
俺はもふもふした手でヘリスの頭を撫でる。
「も、もうダメかと思った……」
「大丈夫。これでヨイチのじぃさんも長生きできるかもしれないんだろ。なら命がけで帰らないとな」
「……うんっ」
ヘリスはその容姿には似合わない、満面の笑みを見せた。
◇
ノウス魔洞の外は既に朝日が昇っており、小鳥達の囀りが耳を小突く。
ヘリスと一緒に一刻も早い帰宅を目指した。
村に到着する頃には、農家の人間などが既に作業を始めているのを目にする。早い時間から仕事をするとは真面目だな、なんて思いながら俺は思いながらヨイチの店を目指した。
「ただいまっ!」
扉を開けると、ヨイチの家は静寂に包まれていた。まだ早いとはいえ、ヨイチは寝ているのだろうか。
静か過ぎる部屋を見渡すと、ヘリスが苦笑いしながら言った。
「寝室にいるんじゃないか?」
「かもしれないな。じゃあ、ちょっくらじぃさんの様子を見てくる!」
俺は駆け足で二階にある寝室の扉を開く。だが、そこにヨイチはいない。
どこに行ったんだ? 良い報告があるっていうのに。
そういえば、昨夜工房で作業をしていたことを思い出した。そっちの方にいるかもしれない。
工房の扉を押し開くと、ヨイチが机に突っ伏したまま寝ていた。仕事疲れだろう。
俺はヨイチの背中を叩いた。
「じぃさん、良い報せがあるぜ。病気の進行を遅らせることができるかもしんないぜ!」
トントンと何度も叩くも反応はない。
よほど疲れて眠ってるのか?
更に叩いた。
「おいじぃさんっ!」
すると、ヨイチの身体は椅子から落ちて、床に倒れる。
よく見ると、じぃさんは大量に汗をかいていた。いや、汗もそうだけど、凄い熱だ。
「じぃさんしっかりしろッ!」
ヨイチを呼ぶと、ゆっくりと顔をこちらに向かせて微笑む。
「あ、……クマキチ。おはよぅ……。ゆ、昨夜から、が、頑張ってクマキチの服を仕立てていたんじゃ……が、限界のようじゃ」
「な……」
テーブルの方を見ると、大量にある俺用の服。どれもデザインが良いし、防寒とかにも備えたものまである。ざっと見て、十着くらいはあった。
「なんで無茶したんだよッ! 言ってたじゃねーかッ! 武器を作るのにも魔力が必要だってよッ! 洋服も同じじゃないのかよッ! なんで、なんで俺なんかの為に……っ」
不思議と涙が出てくる。
じぃさんは冒険者になりたかった。だけど、親の意志を継いで、なりたくもない鍛冶屋になったのだ。自分の自由を捨て、楽しいことなんか何もない世界で、ただ一人戦い続けた。
最後まで残り少なかったのに、俺なんかの服を作ったがために……。
「クマキチ。儂はな、クマキチがいればそれで幸せだったんじゃよ……」
「俺は、まだじぃさんに死なれたら困るんだよっ! すぐに助けてもらうっ! ヘリスっ!」
すると、ヘリスはすぐに部屋にやってきた。
「どうしたクマキチっ!」
「じぃさんがっ!」
俺の表情でわかったのだろう。ヘリスはすぐにじぃさんを寝室のベットに運び込んだ。
俺が見守る中、ヘリスはエーテルの瓶を取り出した。
「ヨイチさん、すぐに延命させますからね」
「もういい……儂は生き過ぎた……」
「じぃさん待てよッ! 俺はまだ、あんたの夢を叶えていないッ!」
ヨイチの夢は、俺と共に冒険することだ。昨日聞いた話は、まるで少年のように夢を語っていた。それだけ、この俺の媒体であるクマキチが大切だったんだ。
弱っている人を放ってなどおけない。俺はそんな一心だったけど、今はもう違う。ヨイチは俺が最期看取ることができなかった祖父と重なる。
誰かを救えないのは、自分が嫌な想いをするよりも嫌なんだ。
「ヘリス。頼むっ」
俺はぺこりとお辞儀をした。九十度直角の最敬礼。
ヘリスは微笑んで、俺の頬に手を添えた。
「大丈夫。クマキチと私が頑張ったんだ。必ず、助かる」
「頼む! じぃさんは、なんでかわからねーけど、死なせたくないんだ」
「わかってる。私もヨイチさんには世話になったからな。色々試してみる」
ヘリスはヨイチに向かい、エーテルの瓶を開けて飲ませる。
ヨイチは意識が朦朧としているからか、素直に紫の液体を喉に流し込む。
ただ、俺は両手を固く結んで祈った。
「……エーテルは飲ました。後は私が魔法で見よう」
「魔法で見れるのか?」
「私は回復魔法専門の医者だ。患者の状態くらい簡単に見れるさ」
ヘリスは片手を顔の前に掲げて呟く。
「白魔法の神、レーファ様よ。かの者の身体情報を提示させたまえ。白魔法スキャンボディッ!」
魔法詠唱を済ませると、ヘリスは片手をヨイチに向けた。ヨイチを中心に緑色の魔法陣が展開し、ホログラフィックの表が浮かび上がる。
難しい文字がたくさん並ぶ中、ヘリスは表情を強張らせた。
「な、魔力が残り僅かだと!? これじゃぁ、回復してないどころか、あと一時間も……」
「おいヘリスッ! じぃさんは助かるんだよなッ!?」
「…………」
ヘリスは黙り込み、視線を逸らす。
他にも白魔法を発動したが、どうやらヨイチの身体は回復しないようだ。というよりも実際には衰退ということも考えられる。
俺は両膝を着いた。
「…………すまない、じぃさん……」
「……いいん、じゃよ。クマキチ、お前は、儂なんかに、縛られることなく……この広い世界を見てきてくれ……。それが、儂の最後のワガママじゃ……」
「じぃさん……」
ヘリスは何も言わずに部屋を出て行く。
最善は尽くした、が救えられなかったと思ったのだろう。
すれ違い様に涙を流していたのを、俺は見た。ヘリスだって悔しいだろう。俺だって誰かを責めたいけど、それをしてしまってヨイチが死んだら、取り返しがつかない。
俺は治そうとするんじゃなくて、最期のヨイチの話を聞こうとした。
「じぃさん、なんで無茶なんかしたんだ?」
「……クマキチが寒いといけないと、思ってなぁ」
「俺は寒くないぜ。じぃさん、あんたの方が寒そうだ」
「儂はもういいんじゃ……」
涙を浮かべるヨイチ。
最期の最期で願いが叶ったからか、ヨイチに悔いのある様子は見られない。
「ゴホッゴホッ……」
「じぃさん、その咳……」
「ああ、だいぶ前からじゃよ……」
俺は少し考えてから、俺の懐で温めてあった小瓶を取り出した。さっきノウス魔洞で小瓶に入れた神々しい液体だ。
「喉が渇いてるのなら飲んだほうがいいぞ。これしかないけど……」
「なんでもいいんじゃ。クマキチが一生懸命取ってきてくれた物なら、儂はなんでも嬉しいぞ」
ヨイチは起き上がり、俺から小瓶を受け取る。
涙を浮かべながら、ヨイチはそれを飲み込んだ。
飲み終えて、小瓶を俺に返してきた。
「もう、迎えが来る。儂のじぃさん達がすぐそこにいる……」
「じぃさん……」
「クマキチ、これから何があろうとも挫けるな。上から儂もクマキチを見守る。必ず、必ずクマキチは何でも成し遂げられる……ゴホッゴホッ!」
「じぃさん! もう喋るなッ」
ヨイチはベットに身体を降ろし、静かに瞳を閉じた。
「じぃさん……」
「最期のわがままを……神は聞いてくれたんじゃな……。儂は幸せ、者……じゃっ……た…………………………」
やがてじぃさんの身体が静まる。
俺は涙を流しながら叫んだ。
「じぃさぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁんッ!」
ゆっくりと扉を開き、ヘリスが戻ってくる。
「……クマキチ……」
ヘリスは死亡時刻を測る為か、ヨイチの身体に近づいた。
俺はもう、どうしていいかわからずに涙を流して縮こまる。
やがて、さっきと同じ白魔法をヘリスが唱え出した。
「……私もこの仕事をしていると思うよ、最期が一番辛い……」
「……ひぐっ、お、おれ、なんかのためにっ、なんでっ! なんでっ!」
俺は床を強く叩く。
ヘリスは口を固く閉ざした。
「…………どうなってるんだ?」
「……あ?」
ヘリスの顔を覗き込むと、真剣かつ驚きに包まれた顔している。
俺は目を見開き、ヨイチの顔を覗く。
だが、静かに息を……いや、呼吸している?
「……もしかして、寝てるだけ?」
「いや、違うッ! 何が起こってるんだ!?」
「どうなってんだよッ!」
ヘリスはホログラフィックのような表を見ながら、固まっていた。
「数値が……徐々に回復していく……。いや、これは急激な速度で限界を超えている!? あり得ないッ!」
「説明しろよッ!」
やがて、ヨイチの身体が光り出す。
部屋を包む眩しい光。
「ぐあッ!?」
「クマキチッ! 何かしたのか!?」
「俺は、なんか神々しい変な液体を飲ませただけだッ!」
「変な液体って、なんでそんなものを飲ませたんだっ!」
「だ、だって喉が渇いたって言うからッ!」
「いいから伏せろッ!」
俺とヘリスは床に伏せた。
やがて光は太陽の如く光度を増すと、静かに弱まっていく。
完全に光が収まってから、俺とヘリスは恐る恐るヨイチの顔を覗き込んだ。
「…………」
流れるような紺色の髪。
整った顔立ち。
若々しい、それこそ死ぬ前の俺と同い年くらいの青年がそこにはいた。
「だ、誰?」
青年は目を覚まし、起き上がる。
「あれ? 儂の身体軽いぞ?」
「へ? い、今、儂って言った?」
ヘリスが口を半開きにしながら、青年を眺めていた。凛々しいが若い声。だが聞き間違えてなどいない。
この青年は儂と言ったのだ。ということは、つまり……。
「わ、若返ったのか!?」
「…………肌のハリが違うなぁ」
「な、な、な、な、く、クマキチ!? 何を飲ませたんだ!?」
ヘリスは驚きの連続で口をパクパクさせていた。
だが、何よりまず、俺は。
「良かったぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
ヨイチの身体に飛びつき、涙と鼻水を同時に流すという荒技をした。自然に。
若返ったヨイチは、わけがわからず俺の身体を確かめるように抱きしめた。
「こらこら、クマキチ。男があんまり泣くもんじゃないぞ」
そう言うヨイチもまた、涙を流していた。
獲得称号
・無職のぬいぐるみ:効果不明
・ドS好きのドMぬいぐるみ:効果不明
・神に嫌われたぬいぐるみ:効果不明
・神をオカズに抜く男:効果不明
・絶対不死の男:発動した者に対し、物理・魔法問わず、ダメージを与えることができない。但し、神が少し設定をいじっているので、痛みは感じる。
・竜に挑みし者:効果不明
・神からの超運を恵まれし者:稀に当たったかと思われる射撃や、魔法を躱す。ギャンブルなどでも、大金を稼ぎやすいなどの、屑には与えてはいけない称号
・一撃必殺を授かりしぬいぐるみ:一撃で相手を殺せる力。但し、あまりにも大きい魔物などは、部位破壊として判定される。