3
薄暗い洞窟でヘリスは鞭を狼に向けて振るう。
「ヘイトスパイクッ!」
鞭で叩かれた狼は唸りながら、耐えた。
赤い瞳でヘリスを睨むも、反撃はしない。
一度後退したヘリスは、ようやく落ち着いたようで息を整えていた。
「攻撃、してこないな……」
「あれじゃねーか? 身篭ってるとか」
「どう見ても雄でしょ」
「あ? どこを見て、雄って決めつけてるんだよ」
急に顔を真っ赤にさせたヘリス。チラチラと狼を見るも、口を閉ざす。
あー、これはあれだな。もしかして攻撃してるときにアレが見えちゃったわけか?
ここは少しばかりいじってやった方がいいよな?
「姉さん、何を見たんだい?」
「い、そ、それは……そ、その……」
「もしかして、脚と脚の間に生えてる棒?」
「そ、そうだ! それだ!」
「え、でもそれだけじゃあわからないなぁ」
「だ、だから、そ、その……」
「えー? どうしてわかったんだろう? お姉さんは知ってるんだよねぇ、その名前」
「ん、んぐ……」
恥ずかしさで赤面し、両足を震わせるヘリス。どうやらこの手のネタには弱い様子。まぁ年頃の女の子がチ◯コは言えないもんだからな。
さぁ、苦悶の表情を俺様に晒け出すのだぁ!
「ち、ち、ち……」
「ん? わかんないなー」
「ち……」
「早く早くぅー」
「ち、ち…………ちったぁ、自分で考えろぉぉぉぉぉぉぉっ!」
「あぎゃぁっすッ!?」
俺はヘリスの鞭で叩かれた。いや、ものすっごく痛かった。な、泣かないもん、だってぬいぐるみだもの。
こんなコントをしているというのに、狼は未だ襲ってこない。何があったのだろうか。
ヘリスは気を取り直して、鞭を構える。
「どうやら、ヘイトスパイクで動けないようだな」
「ヘイトスパイク?」
「ああ。相手の動きを鈍らせる技だ」
確かに鞭が一瞬だけ青色に光った気がしたのは、その技とやらが発動したかららしい。不可思議なことが多いものだ。
だが、俺はなんとなくそれとは違う気がしていた。
「ガルルルルゥ……」
「まぁいい。これでトドメだ! エア・スパイクッ!」
鞭を狼の頭に叩きつけたヘリス。
まるで空腹の犬のような鳴き声を残し、狼は倒れた。
本当にヘイトスパイクとやらの効果なのか。疑問が残った俺の耳に声が響く。
『逃げ……ろ……』
「え?」
ヘリスの声ではない。というか、ヘリスは魔物を倒したことに喜んでそれどころではない。
としたら、今の声は狼のものか?
よくわからないけど、偶然そう聞こえただけなのかもしれない。
「姉さん。良くやった!」
「クマキチ。お前はただ私をいじめてただけだろ……」
「そんなことはない。己の知識を高めたかっただけさ!」
「もういい。先に行くぞ」
先に歩くヘリス。
魔物という魔物はさっきの狼だけだ。
というか、あの狼。ヘリスはよく見なかったらしいが、俺が見たら傷だらけだった。どうやら、狼は何者かに襲われたようだ。
もしかして先に来ている人間がいるのか?
ゆっくりと進むと、広場に出た。そこから先への道はなく、天井は穴が開いている。
空を見上げると、月が覗けた。
「魔物は一匹しかいなかったな」
「結果オーライじゃねーか? それに姉さんの言ってたのってアレだろ?」
俺が見つけたのは紫色の湧き水。
ヘリスは見つけると、嬉しそうに走った。
「あれだ!」
「よし、さっさと持って帰ろうぜ!」
ヘリスは小瓶何本かにエーテルを満タンに入れて、それをバックの中に入れる。
俺はそれを見ながら、近くに別の湧き水を発見した。
それは神々しくて、黄金に煌めいている。エーテルも不思議な力を感じたが、これはエーテルとは比べものにならなかった。
俺も何かに入れて持って帰ろうとしたが、手元には何もない。どうしようかと思ってたところで、近くに転がっていた空き瓶を発見したので、それに入れてみた。
「さ、終わったぞ!」
「おう、俺も今からそっち行くぞ」
入れ終えて、チラッと壁にあるものを見た。
そこには骨が無数に散らばっている。魔物だろうか、変な形をした骨から人間の形をした骨まであった。
俺の背筋が凍る。
これはマズイ。
「ヘリス! 早く帰るぞ!」
「どうかしたのか?」
「いいからッ!」
俺の危機感が帰れと叫んでいた。
だが、もう既に逃げる時間などない。
影が俺とヘリスを包み込む。
視線を上に向けると、そこには翼の生えた赤い竜。さらには緑色の竜が二匹降りてきた。
全長はおよそ、ヘリスの二十倍くらい。
『人間よ。神の恩恵ならば充分受けた筈だ。今更我らから毟りとろうとは虫の良すぎる話だ』
『小型の魔物よ、早急に立ち去れ。人間は我らの敵。そなたに危険が及ぶぞ』
二頭の竜の声。
俺は確かに聞こえた。
つまり、ヘリスは殺すから俺には逃げろと?
何を言ってるんだ?
「ヘリス?」
「だ、だめだ……もう終わりだぁ……」
ヘリスは腰を下ろして、動けない様子だった。
完全にビビってしまってる。
「諦めんなよ!」
「違う! あいつらは伝説の魔竜……。ヘルフレイムドラゴンと、ポイズンドラゴンだ……。奴らを見たら最後、生きては帰れないんだッ!」
「チッ!」
俺はヘリスの前に出た。
『何のつもりだ、小僧。邪魔をすれば魔物といえど殺すぞ。さっきの狼のようにな』
「やれるもんならやってみろ。俺は全身綿毛なんだよッ! こちとらお前なんか怖くねーんだよッ!」
ヘリスが動けない以上、俺がなんとかするしかない。
だが、算段なんかない。
俺は愛飼用のぬいぐるみだぜ?
こちとらヨイチを助ける為に戦うんだ。
「おい、ヘリス。お前はそこで見てろ」
「ま、待て! クマキチ、お前、死ぬつもりか!? ヨイチさんが悲しむぞッ!」
「バカ言うんじゃねぇ」
ヘリスの頭を撫でて、俺は言った。
「俺は死ぬんじゃねぇよ。こちとら神のおっぱい揉み尽くすことを思い出しただけだ。じぃさんに伝えといてくれ。俺は女を守る為に上に行っちまったってよ」
「く、クマキチ……」
神のやろう、早速こんな試練与えやがって。
とりあえず死んでから、おっぱいめちゃくちゃに揉んでやらぁッ!
『忘れたんですか? 私はあなたを殺しませんよ。だって来られたら困りますから』
「あ?」
周囲を見渡すもヘリスも竜も喋ってない。
『あなた、勘違いしてるようですけど。こっちの世界に来てほしくないんで、そこにいるだけですよ? もう少し男として修行するべきじゃないでしょうか?』
相変わらず口うるさい女だぜ。
あんまりうるさいと、お前をオカズにして男の子の仕事しちゃうよ?
『……マジキモ。頼むから死なないでください』
ピコーんと俺の脳内に音が響いた。
称号・神に嫌われたぬいぐるみ
称号・神をオカズに抜く男
称号・絶対不死の男
称号・竜に挑みし者
称号・神からの超運を恵まれし者
称号・一撃必殺を授かりしぬいぐるみ
称号って本当、何の関係があるんだろうか。
神の声は消えて、竜は俺を睨む。
『小僧ッ! 消え去れッ!』
「バカか! 俺は神に嫌われた男だ! そう簡単に死なせてくれねーんだよッ!」
俺は竜に飛びかかった。
「ま、待て! クマキチッ!」
「うぉららららららぁぁぁッ!」
丸くて柔らかそうな拳に力を入れて、赤い竜に迫る。
『小癪なッ! 死に晒せ!』
大きな口を開き、喉の奥から炎を吐き出した。
まるで火炎放射器のように俺に向かってくる炎。
ちょ、マジか!?
俺は瞬く間に炎に包まれそうになる。
「クマキチぃぃぃぃぃぃぃッ!」
ヘリスの悲痛な叫びが洞窟内に響き渡った。
俺の視界は炎一面。
へへ、じぃちゃん。俺、女の子守って二回も死ねたよ。かっこよかったろう?
一面に咲く花。白い巨塔。川の向こうにはおじいちゃんが、待ってるんだ。
短い人生だったなぁ……。ん? 人じゃないからぬいぐるみ生か? まぁなんでもいいやぁ……。
称号、絶対不死の男が発動しました。
あれ?
視界に広がる、文字。
「うぉぉぉぉぉアッチィィィィッ!」
俺は着地していた。
どうやら炎に押されて無事地に足をつけていたようなのだ。
炎はコンクリートを溶かしている。
あれ? 俺死ななかったの?
「ってどうでもいいけど、アッチィィィィッ!」
俺はパニクった猫型ロボットのように走り回って炎を振り落とす。
やっとの思いで消火が完了し、俺は両膝に手をついた。
「はぁ、死ぬかと思ったぁ……」
「く、クマキチッ!」
俺が息を整えていると、突然後方から抱きあげられる。
顔にポヨンポヨンとしたヘリス姉さんの巨乳が押し付けられた。
こ、この柔らかさっ! ヘリスはまさか俺に体を預けてくれるというのかッ!? というか、このおっぱい柔らか過ぎだ! け、けしからんッ!
やがて、ヘリスは俺のことを離してじっくりと顔を覗き込んできた。
ゆっくりと、まるで流星のようにヘリスの綺麗な瞳から涙が溢れる。
それを見ると、俺の胸がズキンと痛んだ。
「……勝手に死なないでよ……」
「わ、悪い……」
何故だか、いや本当はわかってる。俺は女の子の涙にはとっても弱い。あの腐れ縁の海音の涙すら心臓に悪いのだ。
そうか、ふざけていたわけじゃないけど、凄くヘリスに申し訳なかった。
「ごめん。俺、真剣に戦うよ」
俺は息を詰め、滞空する竜二頭を睨む。
『我の炎を受け切ってみせるとは、中々やるな』
「悪いが、これ以上ヘリスを泣かせるわけにはいかないんでな。こんな綺麗なお姉さん泣かしたら、俺の胸が痛む。真剣に戦わせてもらうぞ」
『何を言うか。小僧』
『炎が効かないのであれば、毒ならば有効であろう?』
緑色の竜が口を開き、毒霧と思われる攻撃をしようとした。
そのとき、このままだと毒が部屋中に充満してしまえばヘリスまで危険な目にあってしまうと俺は直感する。
すぐに動き出した。
ジャンプでは届かない。俺は人間でもなければ超人でもない。
ならば方法は一つッ!
「おおおおおぉぉぉぉぉッ!」
『な!? 小僧!? 壁を走ってるだと!?』
俺の身体は軽い。だが、筋肉というかパワーは前のまま。であれば、軽い身体で壁を走るなど簡単なこと。
加えて、石壁は今の俺にとっては走りやすい。ぬいぐるみの手足だから、簡単には落ちない。
俺は壁から足を離し、ジャンプした。
「うぉぉぉぉぉッ!」
『な!? 我の上に乗ろうというのか!?』
無事着地し、俺は柔らかい拳をギュッと握る。
「これ以上、ヘリスは泣かせねーぞッ! この汚れドラゴンッ!」
『よ、汚れてなどおらぬわッ!』
「黙れェェェェェェッ!」
俺の視界に文字が表示された。
称号、一撃必殺を授かりしぬいぐるみ。
拳に光が灯る。雨雲から差し込む陽光のような光。
俺は緑色の竜背中に拳を叩き込んだ。
まるで鉄パイプを折ったかのような激しい金属破壊音が響く。
『ば、バカなッ!? わ、我が……こんな、小僧にッ!?』
『ボイズンドラゴンッ!』
砕いたガラスのように消えゆく緑色の竜。
俺は飛び降り、下から緑色の竜の最期を見上げた。
「俺が許せないものは二つ。二つだけだ。一つはエロ雑誌を捨てる人間。もう一つは、女の子を泣かせる存在だッ!」
「クマキチ……」
ヘリスが呆然と俺のことを眺めている。
赤い竜が瞳を真っ赤にして、俺のことを強く睨みつけた。
『許さんぞ! 我が妻をッ! お前だけは許さんッ!』
「こっちもお姉さんがいるんだ。負けるわけにはいかねーんだよ」
俺は再び、壁を駆け上がる。
そして、飛び降りて背中に乗ろうとした。
だが、赤い竜は俺に背中を乗せようとはしない。
振り下ろされた俺は着地し、赤い竜を睨む。
「……簡単には行かねーか」
『炎を受け止めようが、小僧。お前の全身を裂けば、話は違う。妻の仇はとらせてもらうぞ!』
炎を宿したかぎ爪。
瞬く間に俺に襲いかかる。
俺も拳を固める。再び穏やかな光が拳を包む。
「やれるもんなら、やってみろよッ!」
俺の柔らかい拳と、炎を纏った竜の爪が交差した。
周囲には衝撃が生まれ、ヘリスが吹き飛ばされる。
地面が浮かび上がり、俺は力を込めた。
『小僧! 貴様がどんな魔物であれ、百獣、いや千獣の帝王たる我に勝てると思うなよッ!』
口が大きく開き、赤い炎が見える。
「へっ! 炎なんかちゃっちい攻撃、俺様には効かねーんだよッ! 大人しく負けを認めろッ!」
『減らず口をッ! 今すぐ楽にしてやるッ!』
そのとき、赤い竜の口の中にある炎が消えた。
しかし、完全に消えてなどいない。
炎が小さな球体になったのだ。
やがて、その球体から糸の如く細い光が俺を貫いた。
「なっ!?」
俺は炎の光線に貫かれ、赤い竜との競り合いに負けた。
獲得称号
・無職のぬいぐるみ:効果不明
・ドS好きのドMぬいぐるみ:効果不明
・神に嫌われたぬいぐるみ:効果不明
・神をオカズに抜く男:効果不明
・絶対不死の男:発動した者に対し、物理・魔法問わず、ダメージを与えることができない。但し、神が少し設定をいじっているので、痛みは感じる。
・竜に挑みし者:効果不明
・神からの超運を恵まれし者:効果不明
・一撃必殺を授かりしぬいぐるみ:一撃で相手を殺せる力。但し、あまりにも大きい魔物などは、部位破壊として判定される。