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 奥に入って行ってしまったヨイチ。

 入り口で立ち尽くす美女は、口を硬くして家を出ようとした。


「ちょっと待てよ。アンタ、医者なのか?」

「え?」


 くるりと振り返る。

 俺の姿を見て驚いているようだ。そりゃクマキチとかいう見た目だしな。

 だが、それよりも俺はヨイチについて知りたいことがあった。


「君……喋るのか?」

「そんなことはどうでもいい。じぃさんが余命一ヶ月ってどういうことなんだよ」


 俺は真剣な顔をして聞いた。


「……彼は、魔力欠落症といってね。魔力が徐々に失われていく病気なの」

「魔力欠落症?」

「ええ。人に宿る魔力って絶対数があってね。大体の人は使えば回復するんだけど、身体が衰退することにやって元々持ってる魔力が回復はせずに減っていって、死んでしまうの」

「魔力? が減る?」


 後で詳しく聞いたが、この世界には魔法というものがあるらしく、それを扱うのに必要なのが魔力らしい。その魔力がなくなると人間というのは死んでしまうようだ。

 だが、本来は日々回復する魔力が、ヨイチの場合徐々に減っているようなのだ。それで余命が一ヶ月と宣告されているようだ。


「じゃあ、治せばいいじゃん!」

「それが……治せないのよ。けど、魔力回復薬を使うことによって、延命措置をすることはできるわ」

「なら、さっさとくれよ!」


 だが、お姉さんは口を閉ざしてしまった。何か事情があるのか。


「……君に話すことじゃないかもしれないけど、その魔力回復薬ってね。ほとんどは冒険者達に売られていて、一般人からしたら凄く高い物なの」

「そんなのいくらでも安くできるんじゃねーのかよ!」

「できないわ。魔力回復薬、エーテルは基本的には王国が集めきってるせいで、一般人が買うのには金額が高過ぎるの……」


 暗い顔をしたお姉さん。


「じゃあ、なんでアンタはここに来たんだよッ! 延命措置なんてできるわけないじゃないか!」

「で、でも……」

「延命措置できる薬があるって話すのか? それとも、それが凄く高いから庶民のじぃさんには買えないって言えんのかよ! なんのために来たんだよ!」

「…………」


 俺は知ってる。希望を持たされて、絶望に叩きのめされることは、最初から絶望に叩き潰された方が幸せだということを。

 子供の頃、大好きだったじぃちゃんが、運動会の真っ最中のときに、死んだことがあった。当初、俺はまだまだ平気だって看護婦さんに言われた。けど、その数時間後に亡くなった。

 どんなことにしても、希望を見せるだけ見せて、実はもう手遅れなんです、では人を傷つけるだけだ。

 ヨイチにしてもそうだ。まだ生きられます。でも薬は高いです。買えませんでは話にならない。


「俺はな、お前みたいな人の気持ちがわからない奴が大っ嫌いなんだよ。少しはじぃさんの気持ちを考えたことがあんのかよッ!」

「だ、だけど……」

「だけどじゃねーよッ!」

「そこまでにせんか。クマキチ」


 俺の叫び声が響いたのか、ヨイチが奥から出てきていた。


「ヘリスさんだって、伝えたくないんじゃ。けどのぉ、これは仕事なんじゃ。儂はわかっておる。わかっておるから、もうそんな話は聞きたくないんじゃ。もう充分生きたし、悔いはない。クマキチ、お主がいたから、儂は嫁も子供も所帯も持たずにやってこれたんじゃ」

「じぃさん……」


 ヨイチは俺の手を握ると、ヘリスというお姉さんに優しく言った。


「悪いが、儂の余命は全てクマキチと過ごす。ほっといてくれんか?」

「……わかりました」


 ヘリスはお辞儀をして出て行く。

 俺も少しは言い過ぎたかなって思ったが、それよりもじぃさんの言葉が気になった。

 じぃさんは見た限り、武器屋さんを一人で経営している。さらに所帯がないということは、妻となる人もいないし、子供も孫もいない。

 ずっと、一人で生きてきたんだ。

 そう思うと、辛くなった。


「……じぃさん、何が楽しくて生きてたんだよ……」

「儂か? 儂はな、昔は冒険者や勇者となって世界各地を歩く夢を見た頃もあった。じゃがな、子供の頃、父親にお主をプレゼントされてずっとお主と生きていこうと決めたのじゃ。やがて、儂は家の仕事を継いで、鍛冶屋を始めた。お主がいつか、生命を持つときを待ってな」


 嬉しそうに話すじぃさん。そこまでクマキチのことを大切にしていたのか。確かに、じぃさんが子供の頃にプレゼントされたわりには、俺の身体は新品のように綺麗だ。

 ヨイチは台所でご飯を作り始めた。その後ろ姿が、俺の亡くなったじいちゃんと重なった。


『儂はな、全世界の巨乳という巨乳を揉むために産まれてきたんじゃ。進次郎。お主にもわかるときがくる。おっぱいは世界を救うのじゃ』


 俺の中の名言にもなった、おっぱいは世界を救う。今でも信条は変わらないが、俺の中ではあの頃、死に目に会えなかった後悔が蘇ってくる。

 ヨイチは人生の楽しみを味わわずに、ずっと一人で生きてきたんだ。なんとかしてあげたい。その気持ちが強くなった。


「クマキチ、できたぞ」

「ありがとう」


 野菜だろうか、それが煮込まれたポトフのようなものがでてきた。

 味はコンソメ風味で、野菜がトロトロで美味しかった。


 ◇


 あれからヨイチに色々と話を聞いた。

 両親のこと、鍛冶屋のこと、彼女が一度もできたことがないこと。

 ヨイチは実に真面目な性格で、ずっと仕事一本でやってきたのだ。最近は魔力が少なくなってるとかで、強い武器を作れなくなったようで、さっき怒られたのだという。

 色々話し込んだあと、ヨイチは一人で店の商品を作ると言って、工房に入っていた。

 何かできないかと思い、俺はヨイチの家を抜け出すことにした。

 扉を開くと、真夜中だからか。空が真っ暗だった。

 町並みは村というのが正しいのか。ところどころに木造の家があった。中にはテントとかもある。ここは冒険者とかいう輩の休憩地なのかもしれない。

 俺は診療所らしき場所を探して歩いた。

 やがて、白の十字架が飾られた建物に辿り着いた。

 扉をノックしても返事がなかったので、勝手に入る。中は静かで、ライトをつけながら勉強をするヘリスの姿を発見した。


「君は……さっきの」

「……悪いな。さっきは怒鳴っちまってよ」


 俺は頭の後ろをかきながら入る。

 ヘリスは微笑みながら身体を俺に向けて、子供用の椅子を俺の方に渡した。

 座ると、ブーブークッションのように鳴る。


「……これ、どうにかできないのか?」

「それは勘弁してもらいたい。大人用の椅子では登れないだろ?」

「ま、まぁな……」


 なんというか、おちょくってるわけじゃないのは確かなんだが、天然でそういうことを言われると困るものだ。


「私に何か用なのだろう?」

「ああ、実はそのエーテルってやつが取れるところに案内してもらいたいんだ」


 少し驚いた顔をしたが、ヘリスは机の引き出しから一枚の紙を取り出して見せた。


「ここから近くだと、ノウス魔洞にあると言われてる」

「ノウス魔洞?」

「ああ、魔物も出るし、危険なところだ。それでも行くのか?」

「もちろんだ。じぃさんを、長生きさせてやりてーんだ。なんの楽しみもなく、我慢してやってきたんだ。最後くらい楽しませてやりたいんだ」

「そうか」


 ヘリスは微笑むと、席から立ち上がった。


「なら私も行こう」

「夜道は危ないぜ?」

「いや、君の言うことは最もだったからな。エーテルがないのにエーテルがあれば延命できるというのも気が引ける。手伝わせてもらおう」

「助かるぜ」


 準備してから来るというので、俺は村の入り口で待った。

 やがて、黒い鎧に身を包んだヘリスが現れる。


「魔物が出るとか言ってたのに、武器はないのか?」

「そういう君こそ、何もないようだが……」

「俺はこの小ささだ。なんとか逃げ切れるだろうと思ってのことだ」

「まぁ、そうだな」


 苦笑いするヘリス。


「で、武器は?」

「あるぞ」


 ニコリと微笑み、ヘリスは腰に装備していたであろう鞭を振り回し始めた。

 地面を叩き、空を切る鞭。それを自由自在に操るとヘリスは再び微笑んだ。


「これでも私はフィールド調査も行う身でな。これくらいはないと魔物とも戦えないからな」

「お、おぅ……」


 メガネ、巨乳、プロポーション、鞭ッ!

 この女、中々ドSの血が流れてるんじゃないか? そんな娘のおっぱいを揉みまくったら、どんな可愛い声を出すものか……。ごくり。

 い、今はそんな場合じゃない。


「では行こうか」

「歩きか?」

「当然だ」


 俺は溜息を吐きながら、歩くことにした。

 視界に新たな文字が浮かんだ。


 称号・ドS好きのドMぬいぐるみ


 ◇


 洞窟に到着すると、嫌な雰囲気が漂っていた。冷気とか言うの? 寒さが直に伝わる。村の外は平気だったのに、ここではかなり寒い。

 しばらく入り口で止まっていると、何者かの笑い声が響く。

 これは正直、かなり怖い。

 隣にいるヘリスも汗を垂らして、生唾を飲み込んだ。


「……不気味だな」

「……行くぞ。ヨイチさんの為に」

「うぃす」


 ノウス魔洞は、歩いている途中に聞いたが、回復薬となる液体の湧き水がそこら辺にあるようで、昼間は王国の人間が独占しようとやってきているらしい。

 だが、夜は逆に王国の兵士はこない。

 噂では、ここら近辺の魔物を統率する魔竜種と言われる、強力な魔物がいるだとか。

 ドキドキする反面、怖さがある。けど、こっちには鬼のドSヘリス先生がいるから安心だ。

 ゆっくりと歩いて行くと、洞窟内の灯が見えてくる。昼間活動するためにランプを壁に着けたようだ。

 水溜りを踏む音が響く。


「……君は戦いには自信があるのか?」

「俺か? 自信なんてあるわけないだろうが。逃げる自信ならあるがな」


 俺の中の記憶が蘇る。

 幼馴染の海音から逃げまくる日々。何度逃げても、風紀委員となった海音が俺の素行が危険だとか言って、追いかけてくる。

 捕まることもあったが、今となっては安心しておっぱいを揉める行為に走れるというわけだ。

 ふふ。ふふふはーはっは!

 ただ惜しいのが、奴も巨乳だということかな。


「目つきがやらしいぞ……」

「いや、なんでもない」


 奴がいないのであれば、俺は好き勝手し放題というわけだ。

 まぁヨイチを救ってからの話だけどな。


「……っと、早速おでましだ。えーっと……」

「クマキチでいい。魔物か?」

「そのようだ」


 ヘリスの肩が強張る。

 洞窟の奥から覗く赤い光。

 どうやら魔物が出たようだ。

 俺も構えた。


「さぁ来いッ!」

「クマキチよ、私の後ろにいながら挑発しないでくれないか?」

「俺様が戦ったりなんかしたら、綿毛がなくなっちまう。頼んだぜ! ヘリスさん!」

「ば、バカッ! あまり大声を出すと……」


 そのとき、ガウッと熊の叫び声のようなものが響く。

 ヘリスの両足が震えていた。


「え? ちょ、心の準備が……」

「任せたぜ! 俺は癒し役だからな!」

「回復魔法か? それは心強いッ! って私も基本は回復魔法しか使えないんだからなッ!?」

「回復魔法? なにそれ、美味いの?」

「使えない奴だなぁッ!」


 魔物のシルエットが明らかになった。

 大型犬のような狼。口から垂れる涎を見ると、俺達を食う気満々にも感じられる。


「キャアアアアアアアッ!」

「ガウガウッ!」


 ヘリスは腰にあった鞭を構え、そのまま狼に振るう。

 先ほどの鞭捌きが嘘のようだ。

 自信満々だったヘリスさんはどこへ?


「ヘリスさん頼みますよ。俺、ぬいぐるみなんで! てへ」

「ここまでムカつくぬいぐるみは初めてだよッ!」


 ヘリスさんは引け腰ながらも、狼に向かって走った。

獲得称号


・無職のぬいぐるみ:効果不明


・ドS好きのドMぬいぐるみ:効果不明

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