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 目を覚ました。

 というか、意識が回復したというのか。

 まず初見。最初に見えたのは、木造の部屋。どういうわけか、辺りには木で作ったのか、木製の剣やら盾が飾ってある。

 カウンターがあることから、ここは何かのお店なのだろうか。

 周囲を見渡しても、見覚えのある物はない。

 二階にでもいるのだろうか、視界は物凄く高いし、広い。


「……おい。じぃさん、こんな物売れねーだろ? 他にも何か隠し持ってんなら、早く寄越せよ」


 どこからか、若い男の声が響いた。

 俺は少しだけ覗くと、カウンターにいるおじぃさんと、鎧や兜を着た男がイライラしながら話している。

 見た感じ、こんな男が俺の世界にいたら、まず間違いなく叩かれるだろう。


「勘弁しておくれ……。もう儂には他の武器を作る術がないんじゃ……」

「いつまで出し渋ってんだよッ! 俺ぁな、巷で有名な冒険者なんだぞッ! さっさと出せッ!」


 机を叩く音。

 おじいちゃんは肩をピクリと震わせた。

 なんだかイラつく奴だな。


「……すまんのぅ……」

「チッ、使えねー」


 捨て台詞のように吐き捨てると、男は乱暴に扉を開いて出て行った。何とも気に食わない男だ。

 俺はおじいちゃんに近づく為に、立ち上がった。


 …………。


 視界が変わらない。ということは俺は赤子なのか? よく異世界転生とかいうやつでは、赤子からスタートするって言うしな。

 いや、だけど俺、今立ったよね?

 もしかして容姿がそのままとか?

 よくわからないけど、俺身長小さかったしあり得るな。

 けど、ここまで視界が低くなかったような……。

 気がつくと、俺の前におじいちゃんの顔がドアップで写り込む。


「どわあああぁぁぁぁぁっ!」

「た、…………」


 俺の姿を見て、目が見開くじぃさん。そんなに俺の姿がカッコよかったのか?

 だが、じぃさんは驚きの声を出さず、飲み込んだ。

 やがて、年季の入った両手で俺の体をがっしりと掴んで、凝視してきた。


「い、今、しゃ、喋りおった……?」

「……俺が何に見えるんだ? このキューティクルアンドクールフェイスの俺様が見えないのか?」

「お、おお…………」


 じぃさんは急に涙を流す。

 急に泣き出すもんだから、俺はびっくりしてしまった。だが、なんでか。じぃさんの泣いている姿を見ていると、俺も悲しい気持ちになった。

 俺は白髪のじぃさんの頭を撫でる。


「人生辛いこともあるよな……。うんうん……うん?」

「そうじゃな……。だが、儂の願いが遂に叶って、儂は嬉しいぞ」


 あれ? 今見間違いかな? 俺様の鷹の爪のごとく美しいゴールデンフィンガーの手がさ、ドラえもんみたいに指がなかったんだけど。


「儂はな、嬉し泣きをしておるのじゃ。やっと、子供の頃からの願いが叶って嬉しいんじゃ」

「は? え、子供の頃の夢?」


 じぃさんは、俺の体をひょいっと軽々と浮かせて、抱きしめてきた。

 俺にそっちの趣味はないぜ。と普段なら言ってやるんだけど、いかんせん、手の件で俺様の頭はパニクってる。

 一度、俺のことを離して、じぃさんは涙を流しながら言った。


「儂の夢はな、ぬいぐるみのクマキチと生涯を共にすることだったんじゃよッ!」

「ぬふぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」


 俺は泣いた。

 泣くに泣いた。

 え? 俺の身体がぬいぐるみだって? 冗談じゃない! 俺様の身体が綿でできているだと?

 そ、それじゃあ、俺様は……。

 人間ですらないってこと?


「じぃさんよ。俺様は一体どんな姿をしている?」

「可愛いクマキチじゃよ?」

「ぬふぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」


 俺は己の中で誓った。

 死んだら、神の野郎のおっぱいを揉みまくって吸い尽くしてやると。

 そんなとき、俺の視界にピコーンと何やらリズミカルな音が響いた。

 そちらに視線を向けると、文字が浮かび上がっていた。


 称号・無職のぬいぐるみ


 おい、無職のぬいぐるみってぬいぐるみは無職だボケ。

 なんなんだよコレ。

 どうやら、じぃさんから文字は見えていないようだ。なんだかゲームをしているようだった。


「さ、クマキチ! 何か食べたい物はないか?」

「それどころじゃないっつの……」

「じゃあ、連れて行ってほしいところは?」

「どこでもい…………いや、ちょっと待てよ」


 いつまでも悲しみに暮れている場合じゃない。俺様の身体がぬいぐるみだろうが、夢だけは達成しないといけないのだ。これは、俺様だけの願いじゃない。友人達――――いや、これは男の願いなのだ。

 俺様は例えこんな身体になったとしても、意地でもやり遂げなければならない。

 深く息を吐き、俺は真剣な顔をして言った。


「じぃさんよ、今すぐに巨乳の人種と会わせてくれ」

「巨乳じゃと……?」


 じぃさんは深く考える。顎に手を置いて考えているようだ。

 俺様の心臓はドクンドクンと高鳴っている。百戦錬磨の俺だって緊張するものだ。なんせ、エルフたん達の巨乳が見れると思ったら、遠足前の少年のようにワクワクするもんだぜ。

 やがて一分ほど考え込むと、じぃさんは何かを閃いたようだ。


「知っておるぞ! じゃが、それだけでいいのか?」

「それだけとは、どういうことだ?」


 それだけじゃなくて上があるのか?

 どういう意味? この俺様のスカイツリーが武蔵を超えちゃうよ? 激しいのは目に毒だよ?


「えっと、なんと説明すればいいのかのぉ……」

「なるほど、すんごいプロポーションというわけか? それとも性格がキツイとか? 任せろ、全部俺の大好物だ」


 何かを言い渋るじぃさん。ウジウジしているところを見ると、なんだかイライラしてきた。こっちは初異世界で興奮しているのに、それを焦らされている感じだ。


「じぃさん! 俺様の肉棒は……」

「お、お客さんじゃ」


 扉が開き、カランカランと音が響く。


「ヨイチちゃーん! 今日も幸運を呼ぶクマキチちゃんを抱きにきたわよーん」

「お、丁度お主を呼びに行こうと思ったんじゃよ」


 入ってきたのはゴツイ四肢を持ち、さらには肌が黒い、男。ドレッドだろうか。金色の長い髪を見ると外国人を連想させる。

 しかし、気色悪いことに顔が俺のいた世界の女子のように化粧をしているのだ。

 つまり、おネェ系。俺様の背筋が極寒地にでもいるかのように凍った。


「お、おい……じぃさんよ。巨乳ってあれがか?」

「そうじゃ」


 じぃさんは目を輝かせて俺様を見つめる。

 いや、そりゃあガッチガッチの胸筋があって巨乳に見えるが、俺様はそっちの趣味はないぜ。


「あら、クマキチちゃん?」

「あ? 俺様に何か用か?」


 客は驚いたように目を見開いた。

 やがて、俺の身体をひょいと軽く持ち上げる。


「ヨイチちゃんの……夢が叶ったのね」

「そうなんじゃ……。ついにクマキチに生命が宿ったのじゃ!」


 嬉しそうに話すじぃさんと、涙ぐむ客。なぜ、そこまでぬいぐるみが命を宿すことに感動しているのかは不明だが、何故だか、凄く嫌な予感がした。


「あたしも、何年もヨイチちゃんのとこ通い詰めだけど、こんなに嬉しいことはないわッ!」


 俺の身体をギッシリと抱きしめる客。

 抱きしめられると、女の子のような甘い匂いはなく、男の汗臭さが漂ってくる。 ガッチリとした筋肉は鉄棒のごとく硬く、とてもじゃないが、気持ちいいとは言えない。

 ゆえに気持ち悪くなった。


「や、やめろぉ! おぇ〜っ! お、俺様はなぁ……」

「クマキチちゃん! 可愛いわ! 毎日こうして抱きしめてるけど、抵抗するクマキチちゃんも珍しくて、イジメたくなっちゃうわ!」

「や、やめろぉぉぉ……」

「クマキチ、そんなに嬉しいかぁ……。儂はクマキチが喜んでるのを見ると、ここまで嬉しいとは思わんかったよぉ」


 誰が喜んでるように見えるんだよ! 俺様は今まさに死にそうなんだよ!


「ヨイチちゃん、いつもの、やってもいいかな?」


 やっと俺様は抱擁から解放された。

 こんなゴツイおネェに抱かれるなんて二度とごめんだと思って吐きそうになっていると、何やらじぃさんと話し始める。


「構わんよ。クマキチも、それを望むじゃろうしな」

「は?」

「これも毎日の行事だしね」


 再びガッチリホールドされる俺の身体。

 何が起こるのかと思ったら、おネェがタラコ唇を俺に向けて迫ってくる。


「ちょ、ちょっと待てよ? お、俺様人形だぜ? 男だぜ? ちょっと考え直そーぜ? 俺様の権限とかもあるんじゃね? ね? ちょっと待とうよ! ねぇ! ちょっと待てやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」

「待てないわよ。これがないと一日過ごした気にならないのよ」

「ぬふぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」


 やがて、俺様のぬいぐるみとしての初のキッスが、おネェに奪われた。

 気持ち悪い。舌を巧みに使って、俺様のキュートな口を何度も舐めてきやがった。

 タコに吸われたかのような錯覚がある。

 地獄の接吻タイムは永遠のようにも思えたが、気がついたら終わっていた。


「お? 起きたかクマキチ」

「……じ、じぃさんよ……。お、俺様はまだ死にたくなかったよぉ……」

「もう帰ったから大丈夫じゃよ。ゴホッ」

「ん?」


 じぃさんは咳をして、ニッコリと微笑んだ。


「じぃさん風邪か?」

「心配してくれるなんて優しい奴じゃな。そういえば名乗ってなかったのぉ。儂はヨイチ。ヨイチ・アイシャじゃ」

「お、おぅ。そんなことより……」

「飯でも作るかのぉ」


 じぃさんは風邪のことを聞かれたくないのか、露骨に話題から逃げようとした。老人は長話が好きだと思っていたが、どうにもこのじぃさんはそんなことなさそうだ。

 そんな中、再び扉が開いた。


「ヨイチさん。ヨイチさんいらっしゃいますか?」


 そこには白衣を纏い、赤いシャツに黒いタイトスカートを履いた綺麗な巨乳エルフのお姉さんが立っていた。眼鏡をくいっと掛け直すと、エルフ特有の耳がぴょこぴょこと可愛く動き、鋭い視線が真っ直ぐにヨイチを捉える。

 ヨイチは気まずそうに顔を伏せた。


「……儂のことなんか、ほっといてくれんか?」

「そういうわけにもいかないんです。あなた、先々月の健康診断で出た結果を無視するつもりですか?」


 ヨイチは苦虫を噛んだかのような顔をしながら、逃げるように呟く。


「……儂の夢も叶ったんじゃ……。ほっといてくれ」


 すると、美女はハッキリと言った。


「余命一ヶ月の人を放置することなんて、私にはできません」

「え……?」


 ヨイチは何も言わずに奥へと入って行った。

獲得称号


・無職のぬいぐるみ:効果不明

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