12
酒場の扉を蹴り開け、俺は先に外に出た。
街の人々はお怒りの俺様を見て、足を止める。
続いて出てきたセレスティンに、女性は顔を赤く染めながら足を止めて、暖かい眼差しで彼を見つめた。
いけ好かねぇ。
外は茜色に染まり、時刻は夕方。
肌寒い風が吹き、俺とセレスティンは対峙する。
ヨイチとシンラ、それにヘリスも出てきて、俺とセレスティンとの戦いを見守る。
俺はシャドーボクシングをして、セレスティンを睨みつけた。
「おい、すけこましッ! テメェの逸物なんか使い物にならねーくらいボコボコにしてやんだかんなッ! クソ野郎がッ!」
セレスティンは腰の剣を抜く。
刀身は細く、レイピアのような突き専門の剣に見える。
その剣を握り、刃を顔の前に掲げた。
「僕の逸物? ああ、使うと女性を喜ばせられる魔法の肉棒か。安心して、これがなくなったら平和は崩れる。だから、絶対にそうはならない」
「あ? テメェが俺様に勝つと思ってんのか?」
「もちろん。僕には、そこの二人が勝利して祝福してるビジョンしかない」
「俺様に勝つのは当たり前だと思ってんのか」
「当たり前じゃないよ。勝率百パーセントだよッ!」
セレスティンが動き出す。
その動きに誰もが声を揃えて言った。
「速いッ!?」
チーターの如く、初速が凄い。
俺に向けて、真っ先に剣を突き刺そうとしている。
なるほど、ただのすけこましではないようだ。
俺は拳をセレスティンの剣に向けて走らせた。
「……なるほどッ!」
剣は俺の拳を突き刺さず、拳の前で進行を止めている。いや、正確には俺の拳と剣が衝突したのだ。
周囲には風が吹き荒れた。
「フンっ! テメェの速度なんか、遅過ぎて欠伸が出るぜッ!」
俺は日差しのように光った拳で、剣を押し返す。
揺らぎながら後退するセレスティン。
その隙に俺も動き出して、セレスティンに拳を走らせた。
だが、巧みなステップで俺の攻撃を次々と躱していく。
「キミの攻撃は遅過ぎて、退屈だ」
俺は一度下がることで距離を開いた。
「テメェのキメェ回避なんか、誰も見たかねーんだよ」
「そうか。早い解決を望むのか。ならば、さっさと僕の勝ちで終わらせるとしよう」
刃を再び顔の前で構え、セレスティンは叫んだ。
「これから、キミは僕の姿を捉えることができない」
「あ?」
「秘儀・瞬きの連星ッ!」
飛び跳ねたセレスティン。
やがて俺の真上にまで跳び、姿を消す。
「き、消えた!?」
ヨイチが叫んだ。
「クマキチッ! 後ろだ!」
「なに!?」
背後には剣を突き刺そうとするセレスティンが既に迫っていた。
顔は真剣そのもの。まるで、眠っていたチーターを起こしてしまったかのよう。
鳥肌が立った。
「消え去るんだッ!」
腕が動く。
その一つ一つの動作が、神がかり的な速さ。
だが、俺はそんなときこそ、落ち着きを取り戻す。
思い出すんだ。俺よりも速い相手と毎日戦っていた日々をッ!
そう、幼少期から極真空手を習っていた海音からの攻撃を避け続けたあの日々をッ!
セレスティンの剣が無数に見える。あまりの速さに分身しているように見えるのだろう。
だが、なんてことはないッ! 海音は完全にブチギレたとき、あいつは己さえも分身して俺を殺しに来たッ!
「な、あのクマ! セレスティン様の剣を見事に躱しているぞッ!?」
野次馬が叫んだ。
そして、セレスティンの顔にも焦りが生まれている。
「こ、この僕の秘儀を避けている……だとッ!?」
「言ったろ? 欠伸が出るッてなッ!」
俺様は拳を固めて、パンチを放った
一撃必殺のパンチがセレスティンに迫る。
だが、俺の拳はセレスティンの剣と衝突した。
「僕がッ! 負けるのは許されないッ!」
「知るかボケッ! 俺だってなぁッ! 負けられねーんだよッ!」
反対側の手で拳を作ると、日差しのように光る。
俺はセレスティンの顎に、アッパーを放つ。
「俺様はなぁッ! ハーレム王になるまで負けてなんかいらんねーんだよッ! クソすけこましッ!」
「ガハァッ!?」
アッパーが綺麗に決まり、セレスティンの身体が打ち上がる。
そのまま、高々と上がり、地面に叩きつけられたかのように落ちた。
まだ意識があったのか、少しだけ顔を上げて、俺を見上げる。
「は、ハーレム王……だとッ!?」
俺は言った。
「世界中のおっぱいを揉む為に、俺様はこんなところで負けるわけにはいかねーんだよ。わかったかッ! すけこましッ!」
「……がはっ」
セレスティンはやがて意識を失う。
野次馬の男は大声で大歓声をあげた。
反対に女性の野次馬は、セレスティンの元へと駆け寄る。
「く、クマキチ……って、本当にバカだなぁ……」
ヨイチが呆れ顔で近づく。
俺はニコリと微笑んで、ヨイチにガッツポーズをする。
「俺様はバカじゃない。が、ハーレム王になるためであれば、バカにだってなってみせよう」
「恐れ入るよ、クマキチの根性にはね」
苦笑いするヨイチ。
すけこましを倒したのは気持ちが良い。どうせなら、殺してもいいんだがな。称号の力はどうやら人やペットなどは殺せないものだから仕方のないことだ。
気がつくと、シンラとヘリスが走り寄ってきていた。
「クマ太郎さんッ! カッコよかったよ! さすが、アタシの婚約者ッ!」
「クマキチって本当にクールだよね! 私にはデレてもいいんだよ?」
「おいおい、俺様がクールでカッコいいのは、とっくに知ってんだろ?」
調子に乗った俺はヘリスとシンラに、笑顔を見せる。
すると、シンラとヘリスはニコニコしながら言ってきた。
「「じゃあ、私とキスしてくれるよね?」」
「はい?」
俺はなんで、助けてくれようとした、すけこましを倒してしまったのだろうかと、後悔した瞬間だった。
◇
一先ず、ヨイチが宥めることによってヘリスとシンラの喧嘩は一時休戦し、セレスティンが目覚めたので、俺らは酒場に戻った。
夜になり、先ほどまでいた客は帰って、他の客が入ってくる。
さっきとは違い、俺達はテーブル席に座った。
俺の隣はヘリスとシンラ。向かいはヨイチとセレスティンだ。どうしても座る席を譲らなかったので、こうなった。
「先ほどは申し訳ございませんでしたッ!」
セレスティンが机に額を叩きつけるかのような勢いで頭を下げる。
「あ? 俺との戦いのことか?」
「はいッ! まさか、あそこまでお強いとは……。さすがです。えーっと」
「俺はクマキチだ」
「師匠と呼ばせてくださいッ!」
俺の手をがっしりと握るセレスティン。悪意が感じられないどころか、完全に俺を崇拝しいる感じだ。
まぁさっきはイライラしたが、師匠と呼ばれるのも悪くない。
「ああ、好きに呼べよ」
「そうさせてもらいますッ! 師匠!」
「わかんねーことがあったら聞けよ? 俺ぁ弟子には優しーからよ」
「師匠カッコいいッス!」
俺とセレスティンのやり取りを見て、ヨイチが苦笑いしながら言った。
「……もう仲良くなってるし……。クマキチって何でも許されるんだね……」
もう、俺のことを神のようにセレスティンは見つめている。
俺は別に弟子なんか、いらねーんだけどよっ!
「そういえば、よく見たらあなた、どこかで見たような気が……」
ヘリスが首を傾げながら呟いた。
すると、笑顔でセレスティンは答える。
「あ、多分、王国新聞だと思います! 師匠の彼女さん!」
「ふふ。わかってるわね」
どうやらセレスティンは、人を操るのが上手らしい。今の一言のおかげでヘリスは一瞬で上機嫌になっていた。
反対にシンラはギロリとセレスティンを睨んでいるが。
「ちょっと、王国新聞になんであんたが写ってるのよッ!」
怒り気味の口調でシンラがセレスティンに問う。
するとセレスティンは、照れ笑いしながら言った。
「いやぁ、僕、これでも王国騎士団戦闘隊のエースなんですっ! これじゃあ、答えになってないですかね? 師匠の奥様!」
「……なってると思うよ。えへへ」
上手い、上手すぎるっ! セレスティン!
ヘリスが上機嫌で耳が聞こえないうちにシンラを上機嫌にするとは神業! 逆に俺様が、その対応力を身に付けたいくらいだよ。
「え? 王国騎士団のエースなの!? 凄いなぁ……」
「いえいえ、僕は全然っすよ! 師匠に比べたら、ゴミ屑っす!」
「それにしても凄いと思うよ。王国騎士団になるのには、まずコロンブス王から推薦を受けなきゃいけないし、それにその中でも本当にエースになるのには努力も人脈も必要な筈! 凄いねセレスティン君!」
「全然っすよ! 師匠に比べたら金魚の糞以下っすよ!」
どうも、セレスティンの立場になるのには努力やら色々と必要のようだ。確かに、あの素早さは常軌を逸している。かなり戦闘では強い方だろう。え、海音? ありゃバケモンだから。
セレスティンは一度コーヒーを飲み込むと、俺をまじまじと見つめて言った。
「師匠達は今、何をされているんですか? やはり、ハーレム王となると、中々難しいのでは?」
「弟子よ。俺はハーレム王となるべく、世界中を旅しているのだ。全ての女性のおっぱいを揉む為に、俺は今日も生き続けているだけだ」
「マジカッコいいっす! 師匠ならやり遂げられるっす!」
「おいおい、あんまり俺様を持ち上げるなよ」
「……もうクマキチが、お調子者にしか見えないよ……」
呆れるヨイチは溜息を吐き、シンラとヘリスはセレスティンの言葉により、脳内お花畑と化している。
そんな中、セレスティンが極めて真剣な顔をして言った。
「だったら気をつけてください」
「あ?」
「ここ最近、コロンブス領内で外来種が発見されてるんです。森大将とかホークグールとか」
「ああ、それなら、ヨイチがぶっ倒したぜ」
「マジっすか!?」
セレスティンが瞳を輝かせてヨイチを見つめる。ヨイチも照れ臭そうに笑う。
「ま、まぁね」
「さっすが師匠の相棒ッ! やっぱり師匠の相棒は師範みたいな感じっすね!」
「そ、そんなことないよ……へへっ」
なんだよヨイチ。さっきまで俺のこと呆れてたじゃん。
「でもっす。師匠、特にここ近辺は危ないですよ」
「なんでだ?」
「コロンブス領内にあるノウス魔洞に住み着く魔竜のヘルフレイム・ドラゴンとポイズン・ドラゴンが誰かに倒されてから、コロンブス領内の魔物の衝突が激しいんです。それで、最近おとなしくなったと思ったら、今度はもっと恐ろしいのが確認されたんです」
「は?」
魔竜ってあれか。夫婦でエーテルを独占してた奴のことか。あんときは確かヘリスが腰抜かして、ブチギレたっけ。
「今回確認されたのが、魔竜種の上をいく魔精霊種なんです」
「マセイレイシュ?」
「はい。簡単に言うと、魔物のランクが厳密に世界にはあって、魔という文字が頭につく魔物は強いです。その上が魔精霊という文字が加わった種でり、その上が天。さらに上が神の名前がつきます」
「へぇ」
つまり、全部竜で例えるのなら、神竜種があって、天竜種があって、魔精霊竜種があって、魔竜種なわけだ。それで今回確認されたのは魔竜種の次に強い奴ってわけだ。
「我々、王国騎士団も確認次第戦っていたり、偵察に行っているんですが、連絡や行方がわからなくなって……」
「なるほど、王国騎士団の手にも負えないわけか」
「はい。今、騎士団はいざという時の為に、ギルドで傭兵を雇っているんです」
「ギルド?」
「はい、日雇いで条件を満たせばお金が貰える、職安みたいな所です」
あ、そういえばスナイデルとタンガンが、そんなところに行くって言ってたな。
「金はいくら貰えるんだ?」
「そうですね。簡単に言うと、師匠が好きな女性が一緒にお酒を飲んでくれる所に百回は行けます!」
略すとキャバクラみたいなところか。そこに百回!? それは半端ない額というわけか!
なるほどなぁ。
「え!? それって、百金貨くらい!?」
ヨイチがかなり食い気味に反応した。
「百金貨ぁ?」
「そうだよ! 俺の店で一日売り上げても、数銀貨くらいにしかならないんだよ!」
「ってことは?」
「ついでに言うけど、セレスティン君が言ってた女性とお酒を飲む場所でも派手にしなければ一回一銀貨くらいで済むからね!?」
「へ、へぇ……」
簡単に説明すると、銅貨一枚につき、百円。十枚で千円。百枚で一万円。銅貨千枚=銀貨一枚となり十万円。銀貨十枚で百万円。銀貨百枚で一千万円。銀貨千枚=金貨一枚で一億円の価値になる。
つまり金貨百枚ということは、即ち百億円だ。
「すげーなッ!? で、仕事内容は?」
俺は飛び跳ねるような気持ちで聞いた。
セレスティンは極めて真剣な顔をして答える。
「その魔精霊種の討伐です。ですが、神出鬼没な為、中々現れないですし、現れたと確認された場所に向かった傭兵達は、皆……」
「全員死んだか」
「……はい」
それほどの強い相手ということか。いや、魔竜種も充分強かった。ただ俺様が強過ぎなだけで、弱くはなかった筈だ。そりゃぁ、魔竜種の一個上の階級を討伐するだけで、とんでもない金額が貰えるわけだから、一般人からしたら災厄以外の何者でもないだろう。
「討伐依頼は出しているのですが、市民や冒険者達に魔精霊種が強過ぎるという噂が広まって、最近ではもう討伐依頼を受ける者すらいません」
「そりゃあ大変だな」
受けてみたい気持ちはある。だが、俺は基本的にはキレた時以外は戦いなんてしたくない人間だ。もちろん、平和が一番派。
「俺はやめとくよ。それが自然の摂理なら、逆らっちゃダメだろうし」
「……ですよね。まぁ、師匠は旅で忙しい身ですからね! 僕達王国騎士団がなんとかしてみせますッ!」
自分の胸を叩いて、セレスティンは己を鼓舞させた。
ちょっとだけ寂しそうな顔をしていたが、俺達が参加して、またシンラやヘリスを悲しい目に遭わせるのはゴメンだし、ヨイチにだって怪我もされたくない。
だから断らざるを得ないのだ。
「悪りぃな」
「いえ、師匠も大変な身ですので。今日は僕が宿屋を手配しておいたので、そちらでお泊まりください」
こうして、俺達はセレスティンに用意してもらった宿屋に足を運び、ヨイチと俺。ヘリスとシンラで一泊することになった。
ヨイチ達は褒められたり、上機嫌にさせられたおかげで有頂天になりながら、その夜を過ごしていた。
だが、逆に俺には不安が募る。あれほど明るかったセレスティンの顔が、魔精霊種の話をした途端に、死地に赴くような兵士の顔をしたのだ。
俺は気のせいだろう。そう思って夜を過ごした。だが、その次の日。コロンブス城下町全体に王国騎士団隊長のセレスティンが行方不明になったと告げられた。
獲得称号
・無職のぬいぐるみ:効果不明
・ドS好きのドMぬいぐるみ:効果不明
・神に嫌われたぬいぐるみ:効果不明
・神をオカズに抜く男:効果不明
・絶対不死の男:発動した者に対し、物理・魔法問わず、ダメージを与えることができない。但し、神が少し設定をいじっているので、痛みは感じる。
・竜に挑みし者:効果不明
・竜殺しのぬいぐるみ:効果不明
・老人を気遣うぬいぐるみ:効果不明
・神からの超運を恵まれし者:稀に当たったかと思われる射撃や、魔法を躱す。ギャンブルなどでも、大金を稼ぎやすいなどの、屑には与えてはいけない称号
・一撃必殺を授かりしぬいぐるみ:一撃で相手を殺せる力。但し、あまりにも大きい魔物などは、部位破壊として判定される。
追記
人間や、そのペットでは気絶させる程度に弱まる。
・役立たずのクズ:効果不明
上級魔物討伐達成
>魔竜・ヘルフレイムドラゴン【討伐報酬】獄炎の魔剣
>魔竜・ポイズンドラゴン【討伐報酬】死毒の魔剣
>森大将【討伐報酬】




