1.ミカボシ、異世界へ入る
これより異世界編です。
「のがっ!」
「キャン!」
「おっと!」
順にミカボシ、コトシロ、真二郎のコメントである。
三人は折り重なる様にして落下したのであった。
「いい加減にしろよコノヤロウ!」
落下したダメージなど物ともせず、こめかみに青筋を立てたミカボシ。コボルトの胸ぐらをつかんで宙に浮かせた。
無敗の戦神。日本神話で魔神に相当する悪神。しかも変なのを吸収している風。
それが殺意丸出しで目を剥いている。
しゃー。
恐怖のあまり、コボルトは失禁してしまった。
それには委細かまわず、ミカボシは怒鳴り散らした。
「てめっ! ココどこだよ? 見渡す限り荒野じゃねぇか! 荒野の平野じゃねぇか!」
「まあまあ、ミカどん。落ち着きましょう」
真二郎がミカボシの腕を押さえた。いつもの様に柔和な表情だ。
一番上に落ちたので、ダメージが少なかったせいだろう。
「ちょっと、親父さん、話はあとで。おいコト助! 雫はどうなった? てめぇ巻き込んじゃいけねぇ筆頭を巻き込んだろ? 何かあったら魂レベルで分解してやんぞコラァ!」
「ああーっ! そういえば雫ーっ! ミカどんーっ! 神だろうが犬だろうが関係ない。そいつ殺せー!」
「いや落ちついて、親父さん、落ち着いて!」
一人娘の危機を思い出し、この世の終わりみたく取り乱す真二郎。ミカボシはその姿を見て、逆に冷静になったのだ。
「安心するが良い真二郎とやら。そなたの娘は強力な力に守られておる」
コトシロは、宙ぶらりんのまま、遠いどこかを見ていた。
「見えます! 見えますぞ! 犬の経立と我が弟の建御名方が守護しておる。怪我一つ無くピンピンしておりますぞ! ついでにスゲー速度で移動しておりますぞ」
「モコ助君といっしょか? そうか、なら安心。ミカどん、そのお方は仮にも神様であるぞ。コトシロヌシ様から手を離したまえ。キリリ」
真二郎氏、男前である。作務衣姿に雪駄履きだが。
「いや、俺も神さんだけどね」
ちょっとばかり心が傷ついた様子のミカボシである。
「コホン。話し戻すぞコト助。まずは説明してもらおうか?」
咳払いを一つ入れ、コトシロへの尋問を再開した。
「出来れば地上に降ろしてくれたら助かるんだけど……あ、いやこのままで良い」
ミカボシが、普通の人間だったら死んでしまう一睨みをくれたところ、コトシロヌシは大人しくなった。
「説明しよう!」
コトシロは、トミー・ヤマ並のフレーズをかました。
「ここは私が開発した世界。いわば芦原の中津国Ⅱ(つー)。博愛主義者である私は、全ての生き物を分け隔てなく慈しみ進化を見守った。しかし、どこをどう間違えたのか、イレギュラーな力を持った生物が台頭しだした。それが魔族と呼ばれる者達。……そ、そろそろ下ろしてくれないかな?」
「ちびんじゃねぇぞ!」
もう一度粗相をされても困るだけなので、地に下ろす事にした。
「ちなみに、人間に相当する生物はいねぇのか?」
「いるとも! 私は人間、魔族とも分け隔てなく――」
「よしよし、だいたいわかった。魔族に手を噛まれたんだな? 荒事担当の神様はどうした? お前の事だ、律儀に部門別の神を作ったんだろ? おい、目をそらすな!」
コトシロは目をつぶったまま、肺腑の中の空気を全て吐き出す様にして唸った。
「四人の魔王に四柱の戦神で当たったのですが……一人目の魔王城にて全員玉砕!」
「ここも四人いるのか? 流行りか? そうだ! 勇者は作らなかったのか?」
「最後の手段、後付け超チート能力を豪華絢爛に盛りつけた勇者も倒される始末。くっ!」
「まあ、コト助自体がインドア派だったからな。勇者システムを思いついただけで御の字か」
コトシロは悔し涙を流しながら経過を話しだす。
「協力者とともに作り上げた全神八十八柱の残り、八四柱の神々と私を合わせた八五柱で、魔王城に突撃を敢行致しました!」
「協力者ってだれだよ? クエビコかよ? つーか、八十八柱も作ったのか。それで?」
ミカボシはコトシロの姿、つまりコボルトの姿をじろじろ見ながら先を促した。
「全員、立派な最期でした」
「負けたんかい!」
「私一人が魂だけで脱出に成功。私の力量に見合う体に憑依いたしました。こう見えてもこの世界の最高神ですからね。素材の選別に時間が掛かりました!」
「……それでゴブリンより弱っちいコボルトに? 最高神が?」
見つめ合う瞳と瞳。
一方は瞳孔が開きまくった暗い瞳で。もう一方は、全てを燃やし尽くす地獄の業火を灯した瞳で。
「わ、私、インドア派ですから。白鳥健太郎タイプですから」
「だれがバロム1の話をしろと言った!」
ぶしゃー。
しばらくお待ちください。
「遅まきながら累計八十八の神々による総力戦を挑んだが……知恵の神、火の神、水の神、石の神、台所の神にまで至る八十二の神々が帰らぬ人に……もとい、帰らぬ神に。くっ!」
落ち着きを取り戻したミカボシと、尊厳を取り戻したコトシロの話が再開した。
「台所の神様なんか出してやるなよ。えーと、八十八引く四引く八十二は……、……、……」
ミカボシの頭脳がフルポテンシャルで計算を始めた。
「ミカどん、残り二柱ですよ」
なかなか答えが出てこないので、真二郎が横から答えを差し出した。
「え? 九十じゃ……もとい、残り二柱はどうした?」
神は残っていた。引き算をどのようにいじくれば答えが増えるのか、疑問も残った。
「一柱はもうすぐ……ああ、ちょうどやってきました」
「どれどれ?」
ミカボシがコトシロの指し示す方向へ目をやる。
ぶかぶかの服を着たちっこい少女と、剣を背負ったちっこい少年の二人が、こちらに向かって走っていた。
その背後から――。
「待ちやがれー! ぶっ殺すぞー!」
百匹は下らない数のゴブリンっぽい魔族が手に手に武器を持ち、血に飢えた目をぎらつかせながら二人を追いかけていた。
「あ、あれは悪名高きゴブリン友愛団!」
「おいおい、さっそくのピンチか? 世話焼かせるんじゃねぇぞコラ!」
青筋をこめかみに浮かべながら、ミカボシは目に神性の金色を映しだした。
マイナス一秒の歩行術。彼我の距離を埋めたミカボシが、少年の剣を鞘ごと抜き取った。
「――!」
声を出すまでもない気合い。
ゴブリンの集団の中を一筋の「線」が通過し終わった。
横の運動が縦の運動へ、質量が速度へかわる。
「はい!」
無気力な気合いと共に、ミカボシがいつの間にか抜いていた剣を鞘へ収めた。
ゴブリンがいた空間は、固体と液体の中間物質が支配していた。ピンク色の……病人向けの流動食みたいな?
「さ、さすが天津甕星。おえっぷ。神々が総掛かりでも倒せなかったゴブリン友愛団を! 天の悪星は伊達じゃない」
「きさまらっ! こんな雑魚相手に神々が敗退したのか!」
ミカボシのメーターは上がりっぱなしである! 経験豊かな真二郎は、傍観者を決め込んでいる!
「此度は危ない所を……有り難うございます」
ピンチを切り抜けた少女タイプの神が、深々と頭を下げた。
「も、もしやあなた様が? 最高神の仰っていた異世界の二つの荒御霊――」
「おうよ!」
ミカボシの機嫌が一発で直った。単純な者は幸せである。
「建御名方様!」
「天津甕星の方だ!」
ミカボシの雄叫びが木霊したのであった。
勇ましく異世界へ突入したミカボシであるが、
この世界のポンコツ……もとい、窮状ぶりにテンションが上がる!
次話「ミカボシ、壊れる」
お楽しみに!