5.ヴァズロック伯爵、かく戦えり
伯爵と呼ばれた少年は、フッと唇だけで笑ってみせる。
「え? ドラキュラ?」
腰を抜かした顔役がさらに腰を抜かした。
「ドラクリアではない」
伯爵が指を一本立て、キザったらしくチチチと振っている。
「我が輩は、ロード・ヴァズロック・ボクダン・チェルマーレ。由緒正しき伯爵である」
「そうよ! バズロック伯爵は吸血鬼じゃない」
穂乃花が伯爵説吸血鬼否定説を補強しようとする。
「ポテチで有名なルイジアナ州の「違うのだ!」」
ヴァズロックは穂乃花のセリフに自らのセリフを重ねた。
「ルーマニアの伯爵である。正確にはワラキア伯である」
「やっぱその姿、その肌の色、ルーマニアで伯爵と言えばドラキュラじゃないか!」
恐怖のあまり、顔役の顔色が真っ青になった。
穂乃香は否定しようと声を張り上げる。
「違う違う! 西海岸の「アメリカから離れるがよい!」」
再び、ヴァズロックが穂乃花のセリフに被せた。
『キサマ、いつまでフザケていれば気が済むのだ?』
酒呑童子が必死に怒りを抑え込んでいる。ずいぶんと我慢強い鬼だ。
「安心したまえ酒呑童子君。我が輩は、小娘との漫才で今日を終えるつもりはないのだ」
そしてカッと靴音をたて、酒呑童子に正対する。
「話の続きであったな。九尾の狐、崇神、そして酒呑童子。この三つをまとめて日本三悪妖怪と呼ぶらしいのだ」
左手で前髪をかき上げ、右手のワイングラスを目の高さに合わせて揺らす。……今の今まで、手にそんなものは無かったはず……。
「あーはいはい、酒呑童子くんね。知ってる知ってる。酒呑童さん家の次郎くんね」
穂乃香は空気を読まない少女だった。
「違うのだ」
「お酒が好きそうな名前だからお友達なの? バズロック?」
「バではない! 下唇を咬み気味にヴァ、なのだ!」
なぜか穂乃香を相手にすると苛立ち出すヴァズロック伯爵である。
「あのー、大丈夫なんでしょうね?」
世話役の眉毛の下がり方がハンパない。
「任せておくがよい。この様な小物、我が輩が出るまでもないが」
『ほざけ小僧。俺は酒呑童子。俺はお前らの考えているただの鬼ではないぞ!』
酒呑童子の体が倍に膨れあがった。あふれ出る妖気は倍できかない。
大気が震え、地が揺れる。
酒呑童子が本気を出した。
酒呑童子とは平安の昔、京の遙か北に位置する大江山に巣くう伝説の鬼。源頼光とその四天王が策を弄せねば倒せなかった相手。かの八岐大蛇の子供という説もある大妖怪である。
「知っているのだ」
ヴァズロックが左手を真っ直ぐ酒呑童子に向けた。
その手には銀の大型拳銃が握られていた。
細かいレリーフが施された銃は、まるで美術品。
『そんなオモチャで「バシュッ」――』
酒呑童子の胸から上が吹き飛んだ。
その拳銃は誰も知らないタイプ。なぜなら、人間界に無いモデルだから。
酒呑童子だったモノは黒き霞となり消えていった。
酒呑童子消滅。
「退治は完了した。なに礼はいらぬ。つまらぬ作業だ」
ヴァズロックは前髪をかき上げ、憂いでいた。
「身も蓋もない終わりかたね」
出会い頭の一瞬以外、終始冷静なままの穂乃香。無謀にも木の枝で黒い塊を突いている。
「あ、あのー、この方は?」
腰を抜かしたままの顔役が、おずおずと聞いてきた。ヴァズロックの美しい顔から目が離せないようだ。
にんまりと笑う穂乃花が、顔役達クライアントの前に立った。
「だから言ったでしょ? バズロック伯爵。妖怪にはめっちゃ強い特殊体質の持ち主なの。さあ、任務完了です。依頼料をいただきます。想定外の大物でしたので、追加料金が発生いたしますが、よろしいですね?」
そう言いながら穂乃花は、ヴァズロックの手に納まっている拳銃に顔役の視線を誘導する。
銃に彫り込まれた文様から、青白い炎がチロチロと垣間見える。
――まともな銃じゃねぇ。
払わないとは言えない顔役であった。
「予定通り朝一に終わったから、お昼の会合に間に合うわ。さー乗って乗って」
「穂乃香様。運転はわたしです。仕切らないでください」
「助手席は僕が「あんたとバズロックは後部シートね。あたし車酔い激しいから」
「バではないヴァだと何度言えばその鳥頭は理解するのだ?」
黄色いスイフトに四人が乗り込む。
危険な任務をこなした者への見送りに立つ村の衆達であるが、いまいち盛り上がらない。
巫女、神主、メイド、吸血鬼の四人であるが、端からはどー見ても統合性のないコスプレ集団である。
顔役は、こんな連中に大金を払ってよかったのだろうかと、いまだに頭を悩ましている。
「さて、会合場所、黒岩神社へレッツゴー!」
指を舐め舐め、札束を数え直す穂乃香の号令の元、妖しい連中はさらに怪しいそうなスポットへと向かうのであった。
次話「やってきた狗」
ミカどんとヴァズロック、両雄再会。降るのは血の雨か豪雷か!?
お楽しみに!