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4.ロード・ヴァズロック

「大丈夫……なんでしょうね?」

 顔役の老人が眉毛をハの字にしている。


 顔には「こんな小娘にこの大役が務まるだろうか? 紹介してもらったけど、軽すぎんじゃね? 心配だ」 と簡潔に書かれていた。


 顔役の老人以外にも、役場の中年職員と地元神社の若い神主がいるのだが、皆おなじような落書きが顔に書いてある。


「大丈夫です! あたしが来た以上、全てノープレブレムにナッシング。日室神社四天王がもうすぐ揃います!」

 答えた者は……巫女装束の少女。


 彼女の名は騎旗(キハタ)穂乃香(ホノカ)。高校三年、花も恥ぢらう18歳である。


 黒目勝ちな目は気の強さを表し、年相応以上に発達した胸を所持する。尻尾の長いポニーテールがよく似合う。

 一言で言えば、そろそろ成熟期に入ってきた美人予備軍だ。


 で、そんな美少女が寂れた山村のはずれでポッカリと口を開けた洞穴の前で仁王立ちしている。


 洞窟にはシダやツタが蔓延り、かなり妖しげな雰囲気を醸し出している。封印のためだろうか、黄色く変色したしめ縄が飾られていた。


「ねねねね、姉ちゃん、ヤバイよ、何かいるよ的な? 依頼はキャンセルすりゃいいじゃん! 帰ろうよ!」

 穂乃香の後ろでガタガタ震えているのは、弟の(ヒカル)。一個下の17歳。同じく狩衣を身に着けている。なかなか様になっているが、単に着慣れているからだ。


 その情けない姿を見て、村の顔役の眉がさらに下がる。職員と神主が顔を見合わせてブツブツ言っている。

「しつこいようですけど、大丈夫なんでしょうね?」


 その言葉に反応した穂乃香の手が伸びた。

 輝の狩衣をきつくつかみ取る。そして怒りを輝にぶつける。営業トークが潰された怒りを込めて。


「何寝ぼけたこと言ってるの! あたしたち日室神社始まって以来のビジネス……もとい、退魔の業なのよ! 困った人たちを見捨てられないわ! たとえチョロイ……古い言い伝えといえど、クライアント様の御不安を取り除いてさしあげるのが、霊能力者としての使命よ! 選ばれた者の義務よ!」


 輝の胸ぐらを掴み、グラングランと揺すりまくる穂乃香である。


「ね、姉ちゃん、は、霊能力的なの、持って、ないじゃん」


「あなたが持ってるでしょ! ヴァズロックが持ってるでしょ! あたし達は家族でしょ! 家族の財産は家族の物でしょ! 家族の者はあたしの物。だったらあたしが持ってると言っても過言ではないでしょ!」

 かなり無理がある。


「さー! とっとお払いして、金……もとい、お心づくしもらって……もとい、不安案件を解消して引き上げるわよ!」

 恐れを知らない穂乃香は、腐りかけた注連縄を引きちぎり、洞窟の中へ入ろうとする。


「で、でもほら、あそこ、洞窟の奥、見えないのは暗いだけじゃないよ! なんか凄いのいるよ!」

 輝は袖を引っ張り穂乃香の前進を食い止めている。


「ほ、ほら、僕の痣が動いている!」


 輝の二の腕に、西洋の竜によく似た黒い痣がある。いわゆるドラゴンである。決して若気のいたりによる入れ墨ではない。

 これにまつわる因縁は大変深いもので――。


「え? ほんとだ。じゃここは本物?」

 穂乃香が痣に目を落とす。たしかに、ドラゴンの翼が動いている。


「そう言うことで」

 穂乃香は、輝を前に押しだし、自らの盾にした。

 

「え、ちょ、ちょ姉ちゃん! 僕は受け身だけで戦闘能力的なのはからっきしなんだからね!」


 あわてふためく輝の前に、黒い影が現れた。

 それは輝の盾になるような位置につく。


「輝様、御身の安全は私にお任せください」


 メイド服に身を包んだ美少女が、玉を転がすような美声と魂を蕩けさすような笑顔で、実にあざとく輝に媚びを売っている。


 黒い色は、オールドファッションの黒メイド服だった。

 ミデェアムレイヤーの鮮やかな金髪。日本人ではない肌の白さ。赤みの入ったブラウンの瞳も、彼女が大陸の反対側の出自であることを物語っている。


 とても生物とは思えない美少女。そして微乳。

 そして……頭頂に茶色い色の獣耳。スカートのお尻部分から獣尻尾がニョルンと。


「ロゼ!」

 輝は大喜びだ。


 ロゼと呼ばれた少女は、穂乃香を冷たい目で、は虫類のような目で見下した。

「穂乃香様、輝様を盾にするのはおやめください」

 輝に対とは正反対の態度。声もどこかに殺意が籠もっていた。


 村の顔役は元もと丸かった目をさらに丸くする。

「え、こんどはメイドさん? これってコスプレていうんでしょ? 君ら遊んでない? ほんとに大丈夫?」


「大丈夫です!」


 何とかその場を取り繕おうとする穂乃香。腕を組んで両足を踏ん張っているが、額に浮かぶ汗までは抑えられない。


 それを誤魔化すように、穂乃香は洞穴の奥に体を向ける。

「中に何かいますね!」

 言葉尻だけを捉えれば緊張感があるが、その実、まったく緊張感が伝わってこない。いわゆる上の空である。


「でも大丈夫、日室神社正当巫女であるあたしの呪法で一発KOして、 うわぁーっ!」

 穂乃香が尻餅をついた。


 ロゼが素早く彼女の襟を掴んで、後ろへ引きずる。


 そう。


 何かが洞穴から出てきたのだ。

 

 黒い何か?


 それを表現しようとすると、十人中八人が、黒いガスか羽虫の集合体と答えるだろう。

 穂乃香もそう答えるだろう。


 でも残りの二人は……、特に輝とロゼは、怨念の塊が実体を持とうとする前期段階と答えるだろう。


 そう、それは日の光を浴びても大丈夫なように、人に似たモノの形をとった。


 身の丈、三メートルは超えようとする鬼の姿。デザイン的に不釣り合いなほど大きな頭部に取りつけられたバスケットボールのような二つの目が、人間達を見下ろしていた。

 見下ろされた人間の方としては、どうひいき目に見ても、殺人を友とする無慈悲な怪物にしか見えなかったのが困ったところだろう。


 鬼が大木のような太い足を踏み出した。鳴り響く足音。そこら中に木霊する。

 それは、落ち葉を舞上げ、人間共の足の裏に振動を伝えた。


「ひぃえぇーグッ!」

 声を上げたのは厳つい顔の神主。その口を塞いだのは、穂乃香の華奢な手。


 穂乃香が驚いたのは一瞬の事。その踏んだ修羅場数故に、その状況で取れる最良の手段をすぐに選択した。


 ロゼは恐れることなく、腰を落として身構える。獣耳が後方へ倒れ、尻尾がパンパンに膨らんでいる。

 戦う気満々だ。


 鬼は、その大きな口で息を吸い込んだ。


「やかましいぞ、キサマら!」

 ゴウと黄土色の息を吹き出した。


 たちまち、緑の下草が茶色く枯れていく。茶色い絨毯が、鬼を要として扇状に広がっていく。


「危ない!」

 輝が右腕を突き出した。


 植物を枯らした瘴気が、輝の右手甲にあるドラゴンの痣へ吸い込まれていく。

 二の腕にあったドラゴンが、手の甲にまで移動していた。


 輝は足をもつれさせて倒れ込む。

「輝様!」

 すんでの所で、ロゼが輝を薄い胸……暖かい胸で抱きかかえる。


 輝は、……彼の目は熱を帯びていた。


「シュテンドウジ」

 ずいぶんと大人びていて落ち着いた声が輝の口から出る。

 別人のような声だった。


「輝様!」

「あ、ああ大丈夫だよ」

 元の輝に戻っていた。


 ロゼは射殺す様な目で鬼を睨み付ける。しかし、尻尾は扇風機のようにブンブカ回転している。


「シュテンドウジ? どちらのシュテンドウジ様ですか?」

 ロゼは、まるでアポ無しで来訪した客人に対するかのような態度をとった。ブラウンの目に闇が降りる。



「酒を呑む(わら)しと書いて酒呑童子と読むのだ。憶えておくがよい」


 涼やかでいて、どこか傲慢な声が頭の上から降ってきた。


 空から、ロゼよりも暗き闇が舞い降りた。

 襟の高い黒マントを蝙蝠の羽のように広げ、音もなく優雅に着地してみせる。

  

 すっくと背を伸ばすと、漆黒のマントが華奢な体のラインにそって収束する。

 見た目、十六才かそこいら。艶やかな黒髪と血色を感じさせない青白い肌。常軌を逸した美少年。


 肩にまとわりつくマントを片手で跳ね上げる仕草はキザそのもの。


 夜会服に黒の蝶ネクタイ。身に纏う物全てが、今さっきアイロンを掛けたばかりのように折り目正しく整えられていた。

 漆黒の少年が、眠たそうな目を鬼に向けている。


「伯爵!」

 輝は希望に満ちた声を上げたのだった。

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