3.ミカボシかく戦えり
雫の意識がない。
いつの間に絡め取られたのだろう。大妖狐の面目躍如である。
『クククク、そこにいるのは天津神の方々をきりきり舞いさせた悪神にして星神、天津甕星殿ではあらせらまいか?』
天孫降臨のおり、天津神が誇る二柱の戦神が、唯一下せなかった地上の神。それが天津甕星。
少女と小犬と悪神と闘神。どういった縁でここに集ったかは別の話として……。
『さて甕星殿、それではそこな犬の操るオモチャと戦っていただこうかえ。勝った者に、褒美としてこの小娘を下げ渡して進ぜよう』
嫌らしく、じつに神経に障る口の歪め方。これを笑いの部類に入れてよいものだろうか?
ミカボシとモコ助が、互いの顔を見つめ合う。
「馬鹿な! ミカどんとモコ助は幾度もの窮地をくぐり抜けてきた、いわば戦友。互いに争うはず無かろう?」
闘神タケミナカタは、大妖狐の言葉に対し、唾棄をもって答えた。
「なあ、ミカど……」
振り返ったタケミナカタは、言葉を継げなかった。
当の二人が、殺意と悪意のみなぎる視線をぶつけ合っていたのだ。
「ちょうどいいや、メコ助。いつかは叩きつぶそうと思ってたんだ」
ポキポキと指を鳴らしながらストレッチしているミカボシ。
「モコ助な。そりゃ偶然だな。実はオイラも、てめぇを亡き者にしようと隙をうかがう毎日を過ごしてたところだ。これは天啓。ぶっ潰してやんよ、かかってこいやミカどん!」
ミカボシの身長を凌駕する体高と質量を持つモコガンガー。メインエンジンである魔道次元超弦跳躍機関が、無の空間よりエネルギーを汲み上げ始めた。
「ミカどん言うな!」
ゴウと音を立て、ミカボシの瞳が金色に輝いた。神性の表れである。いわゆる本気モード。
耳で揺れる銀の棒ピアスを引き抜いた!
「出ろぃ! アマノカカセヲっ!」
空を割り、周囲一面に迷惑な振動を振りまきながら、棒ピアスが長大な武器に変化した。
日本デザインの和製ランスと言えば良いのだろうか。白銀に輝く円錐状の穂が異常に太く長く、ミカボシの背丈ほどある。
幾重にも絹糸を巻いた柄は、五握りほどで異様に長い。
白銀色に輝く長大な武器。重量感にあふれた長軸円錐形。鍔やカウンターウエイト等といった、使用者に優しい部品は付いて無い。
『いや、ちょっと、お前ら待て。私は味方同士が争わなければならない状態に苦悶する姿を眺めて楽しみたいだけで……』
「うるせぇ!」
ミカボシが一言の元に九尾の狐のセリフを切り捨てた。
こうなるとモコ助も黙っちゃいない。
「これはキツネが仕掛けた戦いだぜ。望み通りになったんだからよう、責任持てよな! むしろキツネが見届け人だぜ? どちらかが死ぬまで戦えって話なんだろ? 上等だコノヤロウ! ここで長年の腐れ縁を断ち切って、ついでに嬢ちゃんを魔の手からオイラが救い出してやらぁね!」
『おい! 建御名方! あなたが何とかしなさい!』
九尾の狐がタケミナカタに向かって怒鳴るが……。
「いや、ああなってしなうと、私がどうこうできるレベルではない。この際だ。オーバースキル同士の戦いというものを見学すると良い」
タケミナカタは修行僧モードに入っていた。
「覚悟しろメコ助!」
カカセヲの切っ先が、黒い炎を吹き出しながら、静かに発光し始めた。
「モコ助な」
モコガンガーの右腕が、青白い電光を放ちながら、静かに回転し出す。
固唾を飲み込む大妖狐。
そして動きは突然訪れた。
「ストリートでならしたこの俺の実践的な突きっ!」
カカセヲを先頭に突っ込むミカボシ。
「天星滅却! ライジング・トリガー!」
モコガンガーの右腕が、破裂音と共に射出される!
「「おオおオおオおオ!!」」
中間点で、巨大な二つの力がぶつかった。紛れもなく正面衝突。力と力による押し合いつぶし合いだ!
ゴツッ!
音はそれだけ。
光が膨れあがって音を消し、土煙が巻き起こって光を封じた。
思わず顔を背ける九尾の狐。
全てを滅ぼす激突のエネルギーが、九尾の狐の顔面直前にまで迫る。
その、暴力的なエネルギーの中から、ニューと腕が伸びて出た。
妖狐に対応できる余裕と時間はない。腕は、雫をかっ攫って消えた。
『ハッ!?』
唐突にエネルギー体が消えた。激突地点には土埃が舞っているだけ。
妖狐が気づくも時すでに遅し。雫は、いやらしく舌を出したミカボシの腕の中にいた
。
『騙したな!』
「騙された方が被害者だ」
ミカボシが訳の解らないことをほざいた。
『滅びの火よ!』
九尾の狐が深紅の口蓋を開く。同時に青白い火球が飛び出した。
「覇道爆縮、ブリッツァー・テンペスト!」
左手を突き出したモコガンガーが、土煙を割って飛び出した。
妖狐が吐き出した青い鬼火が赤く光った。
鬼火の周囲360度を包囲して、大爆発が起こった光だ。
全てのエネルギーが、同時に内側へ向かって雪崩れ込む。鬼火は一瞬で純エネルギーと化し、消滅した。
「妖怪、退散!」
雫が右に持つ剣を振りかざし、九尾の狐の眉間に突き刺した。
……よく見ると、背後にミカボシがくっついている。雫は今だ意識を失ったままだ。首がガクガクしている。
いわゆる二人羽織殺法!
それを見たタケミナカタが、驚いて叫ぶ!
「あれは天津神流奥義、二人羽織殺法!」
今それ地の文で言った!
『グギャーッ!』
剣で受けた傷口を中心に、白い渦が巻いていく。中心は黒い点。
黒い点に向かって、白い毛並みと悲鳴が吸収されていく。
ぐるぐると回ってボトリと落ちる。
子供の頭ほどの大きさの普遍的な石が転がっていた。
「大妖怪も石になっちゃお終めぇだな」
合体を解除し、元のトイプードルに戻ったモコ助が、くりくりの目で石を見つめている。
雫が意識を取り戻した。
「え? ミカどん? 九尾の狐は? あの石は?」
「コイツは殺生石だ。迂闊に触らない方が良い」
タケミナカタが、なにやら呪法を唱えだした。石は水に沈む様にして地の中へ消えていった。
「ケラケラケラ! オレ様にかかりゃ九尾のケツネなんざ、トイプードルの首を捻る様なものだ」
雫の細腰に腕を回したまま、ミカボシが下品に笑う。
「しかし、大事なくて良かった」
石を封じたタケミナカタが立ち上がりざま、額に浮かんだ汗を甲で拭き取った。
「一時はお二人が本気でぶつかったと思いました。アレが演技だったとは。ナイスコンビネーションです」
「え? オレ、本気だったけど」
「オイラは今度こそ殺ったと思ったんだけどなぁ」
「え?」
「やんのか? メコ助コラ!」
「上等だコラ。モコ助な、コラァ!」
「え?」
タケミナカタの困惑をよそに始まった第二ラウンドは、雫の武力介入により血を流す痛み分けという結果に終わるのであった。
次話「ロード・ヴァズロック」
伯爵登場!