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2.我は天の悪星アマツミカボシ

 妖狐の首が転がっていた。

 残った胴体からの出血が夥しい。


「もう少し粘ってもらわないと。せっかく母さんの仇を討っているのに」

 初めて雫が顔に表情を浮かべた。それは残念を表現する部類のものだった。


「おいおい、嬢ちゃん、ちったぁオイラの顔を立ててくれよな。せめて合体が完了するまで待ってくれるとかよぉ。お約束だろ?」

 モコ助が愚痴をこぼしている最中にも、モコガンガーの合体は続いていく。


「騒がしいのはおいといて……」

 タケミナカタが荷物を運ぶ仕草をする。


「私とモコ助が相手にしたのは二尾の狐だった。雫さんが相手にしていたのは四尾の狐。妖力は尻尾の数に比例する。それだけ強い相手だって事だが、よく無事だったな」


 雫は血に塗れた剣をウエスで拭い、鞘に収める。

「あたしが今あるのは命を賭してくれた母のおかげ。生き残るために強くなった。それだけだけど……まあ、母も喜んでくれていると思う」


 雫は、母の敵である大妖怪を見下した。切り落とした金狐はグズグズに崩れ、悪臭を振りまいている。


「母の仇はとれた。あとは、あたしが母の分までより良く生きればそれでいい。それが母の遺言であり望でもあるのだから……」


「誕生! アルティメット・モコガンガー!」


 余剰魔力がオーラとなって発散される。一切の空気を無視して、(くろがね)の巨人が現れた。

 体高3メートル。自重7.5トン。黒と金による直線デザインを基調とした厳ついボディ。赤いツインアイに二本の角、口を覆うマスクは牙を模したデザイン。翼竜に似た翼が背甲を兼ねる背より、バランサー用の太い多重関節尻尾が伸びている。ドラム缶のように太い両腕。ドリル装備の両足。


 そう、これこそがみんなのろぼっと。正義と真実のエージェント、アルティメット・モコガンガーである!

 

「……。さ、帰りましょうか。ミカどんはどこで油売ってるのかしら?」

 モコガンガーに背を向ける雫。


「いや、ちょっとまって。あやまるから、空気読めなかったオイラが悪いですから。でもよ、合体に時間がかかるんで、結果として空気読めなかった感になってるけど――」


「雫さん、急げばバスの時間に間に合う。ミカどんは放っておきましょう。あの人はサバイバル能力だけは無駄にあります。黒岩神社で落ち合いましょう」

 タケミナカタがスマホをスワイプしている。アプリでバスの時刻をチェックしているのだろう。


「嬢ちゃん、ちょっと待って、今合体解除するから。あれ? 魔道システムがフリーズして解除できねぇ?」

 焦るモコ助を残して、雫とタケミナカタは山を下りだした。


 下りだした二人の足が同時に止まる。


「おお嬢ちゃん、あんたはやっぱ優しい少女だ。オイラのこと愛してくれてんだな。オイラもだぜ」


 ゆっくりと振り返る雫。鋭い目は、涙声になっているモコ助の後ろに据えられていた

 タケミナカタもモコ助を見ていない。後ろの藪に目を固定し、そっと腰を落とし、鯉口を切った。


「なんだ? 四尾の妖狐とは比較にならねぇ程の妖気?」

 ようやくモコ助が気づいた。背後の藪の中。いや、藪の向こうから何かが恐るべき速度で近づいているのだ。


「なんだこの妖気の質は? 闘神クラスじゃねぇか!」

 モコ助ことモコガンガーが定点回頭する。雫が双剣を構える。タケミナカタが抜刀した。


『アウガー!』

 裂帛の咆吼。それは精神操作作用を含んでいた。


 雫の左手に持つ長剣が淡い光を放ち、特殊作用を中和したが、純然たる圧力で動きを止められた。


 神であるタケミナカタは、左の眉を上げただけで跳ね返せたものの、動作が遅れた。


 モコ助には通じないが、振り返っただけでターンエンド。


 第一撃はかわしたものの、第二撃の備えがとれなかった。

 その状態で接敵してしまった。


 藪を吹き飛ばし、ソレは顕れた。


 アフリカ象を……いやドラゴンクラスの巨体とそれに伴う重量が、怒りに燃えた真っ赤な、そして糸のように細い目で三人を見下ろしていた。


 特徴的なのは純白の毛並み。尖った口。後ろへ張り付いた三角の耳。


 それにもまして特徴的なのは――。


 ――九尾――。


「九尾の狐?」

 雫の小さな口から有名な固有名詞が漏れた。


「傾国の大妖怪か? 神に匹敵する妖怪がこんなところにいるなんて……」

 タケミナカタが歯を食いしばる。彼の癖なのだが、長い犬歯が擦りあって嫌な音を立てた。


「最初は二尾で、次が四尾。そして九尾か……、ハゲシイ既視感だな、嬢ちゃん」

 モコ助が、モコガンガーの巨体を雫の前に押し出した。


 九尾の狐は、最初のチャンスを捨てる代わりに、己の存在を誇示した。

 それは絶対的な自信を持つ者にだけ許される行為である。


 白くて長い顔に赤い筋が横に走った。

『我が子を殺したのは、その方共かや?』

 筋に見えたのは、口だった。口を開くという行為だった。あまりにも世離れした存在なので、口を開くという普遍的行為なのに、それが認識できないのである。


「おい、勝てるか? タケちゃん」

「タケちゃん言うな! どうだかな? 魔王ってのがいたらこんなヤツなのかな?」

 三人はジリジリと後ずさっている。


「オイラ、四人の魔王と一人の大魔王と大魔王直轄四天王に会ったから言うんだけどよ、もうちっとおとなしかった印象だったな。そうそう、破壊神がこんなプレッシャー放ってたっけな」


「確か破壊神って――」

 雫はモコ助から、そこら辺の詳しい話を聞いていたので、破壊神の実力は承知していた。


「ミカどんがカカセヲさんを使って戦うほどの相手だ。ちなみに結果は相打ちだった」


 三人は撤退を決意した。

 あとはどうやってこの場を去るかだが、それが何より難しい問題だった。


『そろそろ殺してよいかや?』


 赤い色が覗く口が歪む、愉悦に因るものであることは子供でも解る。九尾の狐は、我が子を殺されたことより、他の命を奪えることに喜びを感じている。


 それは歪んだ喜び。

 そしてそれを嗜む実力を持っているという事実。


 魂消る異音をその口から吐き出し、デザイン的にあり得ない大口を開けた。

 どのような高速で動いても、その口からは逃げられない。空間と物理法則を歪めた攻撃に会っている!


 ダメージ必須、絶体絶命。そう認識したときだった。


 九尾の狐が、雫達の頭上を通り越して、反対側に転げた。


「え?」

 三人共通して三つの口から同じ言葉が発せられた。


「うはははは! 天が呼んだか地が招いたか! 天の悪星、アマツミカボシ参上!」

 天という言葉が被さっていることに気づかぬまま、禍々しき人物が現れた。


 段違いに切った変な前髪。耳には銀の棒ピアス。変な柄のTシャツに、変な色の7分パンツが、何故かキャラクターにマッチしている。

 タケミナカタより高いその身長。蹴りをくれた状態で、片方の長い足が上がっている。


 この男、神に匹敵する太古の大妖怪、九尾の狐のケツに蹴りをくれたのだ。


「さあ、者共、我を崇めよ! そして賽銭をよこせ! ケラケラケラ!」

 中性的であるが、せっかくの整った顔つきが、下品な笑顔で台無しになって。


「ミカボシ!」

 雫が歓声を上げた。女子特有の嬌声である。


「おうよ!」

 男前の顔をして答えるミカボシ。


「ミカどん!」

 モコ助が叫ぶ!


「ミ・カ・ど・ん・言・う・な!」

 口をめいっぱい開け、力の限り修正を要求するミカボシ。


『動くな!』


 ぞっとする声が響いた。

 何事かと、声のした方を見る。


「ししししし、雫嬢ちゃん!」

 モコ助が狼狽える。


「おいコラ雫! ヒロインぶってさらわれてんじゃねぇよ!」

 ミカボシまで狼狽えている。棒ピアスをいじっていた。


 九尾の狐から、一房の白い毛が伸びている。それが雫に巻き付いているのだ。




我はシリーズの最終章です。


次話「ミカボシかく戦えり」

どーやって雫を取り返すのか?

それとも……取り返さないのか?

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