「嫌ってください」
「僕」には女の子と付き合った記憶が無い。
いや、この言い方には少し語弊があるね。
ある時を境に、覚えられなくなったんだ。
医者には、心因的なものだと言われたんだ。
でも怖いのは今、こうして話している君のことも頭からはどんどん抜け落ちていくこと。
関わる出来事や、物事すら。
そして、君への恋慕すら。
少しずつ、周りには「僕」と関わりのある人が増えていって。
でも、「僕」は君らを知らないのさ。
君らは「僕」を好きだと言ってくれて。
精一杯、精一杯応えたいのに、頭の端にすら残らない。
さぁ、ここで訊ねよう。
――何故、君は「僕」を好きになったの?
ある人は、優しいからと答えた。
ある人は、安心するからと答えた。
ある人は、救ってくれたからと答えた。
ある人は、壊してくれたからと答えた。
ある人は、好きに理由はいらないと答えた。
ある人は――笑って答えてくれなかった。
ここに綴った事は「僕」のノートに記された紙でしかない。
それは今の「僕」にとって何の意味も持たない。
明日になればもう忘れているだろう。
悲しいよね、虚しいよね。
何で君たちは「僕」なんかを好きになってしまったの。
どうせ、どうせなら――嫌ってくれれば良かったのに。
嫌ってください。
「僕」を嫌悪してください。
恋人の名すら忘れてしまう「僕」を恨んでください。
あなたの恋心が憎しみに変わるまで。
でもそれは「僕」にとって最上級の喜びです。
だって、そうでしょう?
「僕」が罪悪感に苛まされない方法は、誰とも関わらない事が一番なのですから。
「僕」に触れないでください。
満たされない器に愛情を注がないでください。
「僕」は優しいあなたに何もすることができません。
「僕」ができることといえばただ一つ。
あなたを傷つけることだけです。
罵倒だろうと何だろうと受けましょう。
自身に甘い「僕」は壊れないように必死なのです。
「僕」を嫌って救ってください。