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退魔士日記  作者: 晴彦
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鉄壁の街

 皆智銀也は表向きは介護系の専門学校に通っているごくふつうの男子だ。年は二十歳。ひょんなことから退魔士になったわけだが、そのいきさつは偶然的なものである。

 銀也は不良臭い。見た感じは不良だ。髪は長めの茶髪。本人的には銀色にしたいと思っている。ルックスは人それぞれだが悪くはない。挑戦的な目つきをしている彼だが根暗なだけだということは親しい人間だけが知っている。体格は普通で背は百七十を少し超える程度。ボクシングをやっている時期があったが喧嘩に強くなりたい一心だったようで、強くなったと思ったらあっさりと辞めた。元々長続きをするということをしなく、特に趣味もなかった。

新田春仁と出会ったのは同じ専門学校に通っている同級生で友人である阪井優斗が彼と親しかったらだ。そして春仁の友人である縁剛ともすぐに知り合いになった。

 彼らの住む西宮市牧原町は人口およそ八十二万人の人間が住んでいる。縦十二キロ、横八キロのほぼ完璧な長方形で、周囲には高さ十メートルの鉄壁があり、そして東西南北に門がある。特に南の門は正門とも呼ばれており一番広く、門の先は国道に続いているため外部からの出入りが一番激しい場所だ。門は二十になっており、外側が開けば内側が開き、外側が閉じれば内側が開く仕掛けになっている。他の門は夜の七時には全て閉じ、外部からは受け入れないのだが正門だけは緊急の際に受け入れを許可するときもある。

 市内の住居物やは全て割高で、住民全も格段に高い。しかしそのぶん安全である。このような街のことを要塞市街と呼ぶが、揶揄として貝の町と呼ばれることもある。ちなみにこの牧原町は県で唯一の要塞市街であり、また県でも一番賑わっている場所でもある。中央には繁華街があるので外部からもそこで買い物をする人間が多いからだ。東京二十三区内はそれ一つが大きな要塞都市である。

 皆智銀也はそんな、鉄壁に囲まれた町に住んでいた。彼の住む場所は南西にあり、そこは牧原の中でも裕福な家々が並んでいて、閑静な住宅街が多かった。石並公園という大きな公園がある。銀也の住まいはそのすぐ近くにあった。彼の通う専門学校は牧原町にはなかった。彼は牧原町の外の学校に通っているのだ。両親は反対したのだが、別にどうでもよかった。確かに町の中には大学もある。だが別に勉強はさほど興味がなかった。しかし看護にも興味があるわけではなかった。彼はただ、仕事が嫌だからもう少し遊んでいたかった。それだけだ。

 学校に通ってから自分の考えが甘いということに気付いた。専門学校はもっとゆるいものだと思っていたが、なかなかに授業はハードで特殊な事も色々やらされた。

 退学手続きを取り、学校を辞める。そして次なる目的を探すのだが、もう彼はそのまま工場へでも就職して生計を立てようと思った。親は反対するだろうが、別に構わなかった。家も出る気だった。というよりも出た。彼は三男で、上の二人は両親の期待通り立派な大学を出ていい会社に入った。だから三人目はどうでもいいという気持ちも強いのだ。

 どうしてこうまで違うのかと銀也は考えたこともあるが、見た目の普通な上の兄たちと同じようにはなりたくなかった。考え方も性質も違う。自分は捨て子か何かなのかと幼い頃考えていたことを、今も考え続けている。

 一人になると、楽しかった。満たされた気持ち。おんぼろアパートに、一人。こんなに気分がよくなるとは思わなかった。親元を離れて正解だと思った。

 専門学校で親しくしていた阪井優斗とはときたま一緒に食事をしたりする仲だった。一緒にラーメンを食べていたとき、もう就職するつもりだと優斗に告げるとそれを制して退魔士にならないかと誘われた。

「退魔士……?」

「そう。城塞町にいた銀也にはピンとこないかもしれないけど、世間は化け物の被害を毎日受けてる。だから俺達みたいな若い連中の力が必要だと思うんだよね」

 優斗は目を輝かせている。銀也は少し鬱陶しく思った。

「興味ない」

「君はそういうけど、実際退魔士になれれば待遇いいよ。工場で就職? それも悪くないけど、今みたいな不況じゃよっぽどの大企業にならないといい給料貰えないって。退魔士になれば、若い奴でも月給三十万はいくんじゃないかな。確か三十三歳の人が月に六十で、ボーナスは百六十とか言ってたよ。四十代で年収は一千万は超えるね」

 そんなことを聞いても特に銀也には魅力的には映らなかった。

「退魔士は誰でもなれるってわけじゃない。素質が必要とされるんだ。だけど俺は君なら退魔士になれるんじゃないかって思ってる」

 銀也は鼻で笑った。

「そんなの、わかるわけないだろ」

「退魔士になる人の特徴でね、毎日が退屈そうな人が素質がある場合が多いんだって。銀也ってそんな感じじゃん。ぴったりだよ」

 そんなふうに思われていたことに銀也は内心ショックだった。しかし当たっていた。銀也は毎日が退屈だった。

「退魔士か……」

 銀也は退魔士のことをよく知らない。化け物退治のスペシャリストという知識が漠然とあるだけだ。

 しかし優斗が強く言っても、銀也には退魔士になって化け物なんかと戦う気にはなれなかった。

「なんで化け物なんかと戦わないといけないんだよ。俺、人間を殴るほうが好きなんだけど」

 優斗は笑った。

「銀也は好戦的だろ。それも退魔士に向いているんだよ。俺から見れば、銀也は退魔士になるべく生まれたって言えるね。退魔士になろうよ」

 銀也は窓の外に見える景色をぼんやりと見ながら優斗の言っていることを吟味してみた。

 退屈という二文字からは脱出できるかもしれない。そんなことを思う。

「わかった。だけど、どうせ二人とも資格なしと判断されるのがオチだと思うけどな」

「二人共ってことはないよ。だって俺はもう退魔士の試験を受かって、来月から退魔士見習いなんだから」


 退魔士とは俗称であるが一般的に浸透している単語である。正式名称は特殊生物駆逐隊であるが、一般的には浸透していない。

 銀也は東京まで赴き退魔士の試験を受けた。退魔士の資格は特に一般教養さえあれば比較的簡単だ。しかし適性試験は一般人では入れないのだ。人間の第六感が強い者でないと資格がないとされる。

 しかし銀也は受かってしまった。そして銀也はなかなかに優秀で、感度の良いアンテナを持っていると退魔士の一人に言われた。採用されたのだった。

 地元に帰ると優斗にそのことを話し、二人で祝杯を挙げた。

「おめでとう。これで俺達は晴れて退魔士だ」

 優斗は言うが、銀也は少し臆していた。考えてみればあの、化け物と戦わなければならないのだ。まともなことではない。

 中学二年生で必ず行われる課外授業に、人々を脅かす特別生物の観察というものがある。バスで要塞市街を出てそれから数時間走り、とある施設に入る。そこは特別生物の研究を行っているのだが、一般人でも特別に怪物たちを見ることができる。見ることができるというのは安全にという意味だ。見るだけなら要塞市街以外ならどこでも見れるからだ。

 特別生物といっても複数いるが、その中でもポピュラーであり、最大の敵である鬼と呼ばれる生物を、他の生徒たちと一緒に檻の外で見た。鬼は人と同じくらいの大きさで、目は黄色く濁り、口には長い牙が生えている。太い手には五本の指。肌は赤く体毛がないので青い血管が露出していてる。 

 それが三匹。銀也は興味を抱いた。完全な二足歩行で人とは異なる存在というのは特殊生物の特徴なのだろうか。要塞都市で生きている銀也は初めてみる化け物と呼ばれる存在に好機の目を向けながらも、脅えた。夜の闇の中でこいつに襲撃され、殺される。そんな事件が日常茶飯事になっていったころ、巨額の資金を投入し、要塞都市は完成した。この鬼も他のあらゆる特殊生物が侵入できないような鉄の壁に護られて。

「まあ、色々あるけど頑張っていこうぜ」

 優斗との会話をしつつ銀也は怪物とどうやって戦うのだろうかと考えていた。


 退魔士見習いになり、春仁と剛という仲間ができ、そして四人はそれで一つのコンビとなった。彼らは退魔士になったわけだが、色々あって四人が一斉に辞めた。上司との衝突が主な原因だった。

 四人で退魔士じみたことをしようとしていた矢先、彼らのことをスカウトする者が現れた。それは霞賀市を自分達の力で守ることを目的とした組織の一人であり、トップの女性だった。彼らはその女性が気に入り、その組織に加入することにした。

 組織の名前は霞賀市ガーディアンズである。

「だっせえ名前」

 銀也は今でも組織名が頭によぎるたびにそう呟いたりする。

 銀也は殺しの聖棍に殺しの銃を手にしている。退魔士を辞めるときに、これだけは持って行きたいと切実に願ったもの。しかしガーディアンズに入ったときに、再び手に入れることができた。そして彼はそれで満足だった。今日も、彼は昼も夜も関係なくアマチュア退魔士としての職務を果たす。仲間であり親友である優斗と春仁、剛の三人と。

 

 銃弾が飛ぶ音。正午になったばかりの、長閑な住宅街で戦いは始まった。

 怪物は女もどきと名前のある化け物。人と似ているが二メートルほどありかなり横幅がある。人間の髪に似た頭髪を生やし、まるで女を模したかのようにも見える。勿論、赤茶色の皮膚を持つ彼らを一見して人だと認識することはありえないのだが。

 銃声を響かせるのは市民達だ。彼ら霞賀市市民も要塞市外の外側の人間なら拳銃所持と条件を満たした状況での発砲を許可している。

 だが化け物は手強い。銃では死ににくく、そして彼らは高い再生力を有していた。一度に数十発の銃を致命傷となりえる箇所に撃ち込まないと彼らを倒すのは難しい。

 退魔士である銀也は昼日中でも活動するのだが、今日は彼は一人だった。

 殺しの銃は銀の銃弾である。ただの銀ではない。清めの銀といって、聖水の中でもさらに特殊な水を使用して作られた対魔用の兵器だった。

 一発撃つ。そしてそれで十分だった。銀也は春仁たち四人の中では一番の銃の腕前だ。女もどきと言われるその怪物に襲われる前に、眉間に一発。それでおだぶつだ。

 倒れている人を見る。若い男が二人、捕まったようだ。女もどきはその馬鹿力で締め上げて人を殺す。

「運が悪かったな」

 銀也の台詞は冷たいようだったが、その目には哀れみの色があった。

 

 銀也はこれでいいと思う。なぜなら世界は絶対に救われないし、こういったことはいつまでも続くからだ。最小限に食い止める。

 全てが要塞化するのが先か、怪物を全て駆逐するのが先か。

 この街は腐っている。

 そんな言葉を銀也は思い出した。

 一時期、一緒に戦った仲間、薊優毅の言葉だった。四人が束になっても敵わなかった、二十五歳の男。鋭い眼光に抉れた頬の傷跡。彼に何があったのかはわからないが、また会いたいなと思った。あの男は色々なことを知っていたし、誰よりも孤独だったから。

 

 廃ビルに行くと折笠がきていた。折笠七美。銀也にとっては鬱陶しいだけの、クソ女だ。

「だから駄目だってば、春!」

 甘えるような声をだして何をやっているのかと思えば、またくだらない夫婦ごっこをしているようだった。

「いいじゃん。俺だってちょっとはさ、別の女に見とれることもあるんだって」

 どうやらファッション誌に出てくる女の画像で盛り上がっているようだ。優斗も剛も会話に参加している。

「あ、銀也君だ。おかえりぃ」

 ショートカットの黒髪に大きな目に丸めの鼻。大きな目。可愛いとは思うが、銀也は何故か彼女が嫌いだった。名前で呼ばれるのも嫌だった。

「よぅ銀也。見回りご苦労。収穫はあったかな?」春仁が気さくに挨拶をしてくる。

「まあ、女もどき一匹だ」

 あのとき、猿もどきを退治して以来銀也は戦いに積極的に参加するようになった。特殊生物駆逐隊は辞めたといっても対魔士はいつまでも続けていきたかった。

 もう一年か。飛躍的に成長したらしいが、確かにと自分でも思う。春仁や剛とは雲泥の差があったのだが、最近では彼らと対等に戦えているのだから。

「あたし、今日ガーディアンズのアジトに行こっかな。御剱さんに会いたいし」

「じゃあ俺もいくよ」

 二人のカップルは互いに体を密接させて会話を楽しんでいる。

 いい気なもんだと銀也は思う。僻みもあるのだが、単純に男女の会話が鬱陶しかった。せっかく仕事をしてきてゆっくりしたいのに、台無しだ。

 この廃ビルも久しぶりにきた。最近はアジトでゆっくりすることが多かったのだが、同い年の仲間と集まりたいときなどにはここを利用する。

 銀也にとってここはもう過去の遺物だった。所詮、ただの廃屋だ。

 彼はアジトに向かった。

 次なる任務のまえに色々準備したかった。


 燃えているな。優斗は去りゆく銀也の背中を見て思った。一番戦いに真剣な彼ならば、いずれ誰よりも優秀になっていくんだろう。

 優斗はしばらくはこの茶番を楽しむつもりだったので、その場に止まった。


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