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嘘キス  作者: 安芸
第二話 口下手な同僚
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四 七月某日

 嘘キス 第二弾。


 オジさま大好き女子と不遇な片想い男子のお話。

    


      一・七月某日



「とうとう運命の人に会ったんです!」


 お昼休み。

 混雑する社食で、冷やしたぬきうどんを載せたトレイをテーブルに置きながら藤田陽菜ふじたひな)は言った。

 同席相手は同じ部署で三歳年上の加藤夏目(かとうなつめ)先輩。先月社内結婚したばかりで新婚ほやほやだ。

 名字がまだ呼び慣れず、何度か「森先輩」と呼んでしまい焦っていると、夏目でいいよと言ってくれた。以来、「夏目先輩」と呼んでいる。


「また?」


 夏目は箸を持ち、A定食のトンカツを豪快に食べながら呆れたような眼で陽菜を見た。


「またじゃありません。今度こそ、本当の本当に、絶対の絶対ですったら!」

「そんなこと言って、明日になったらまた別の運命の人を見つけるんじゃないの?」

「いーえ。今回はいつもと違うんです。ひとめ彼を見た瞬間に頭の中で教会の鐘が鳴ったんです!」

「ゴーンって?」

「お寺の鐘じゃなくて! 教会の鐘ですってば」

「どっちもたいして違わない」

「全然違いますよ!」


 むきになって陽菜が主張すると夏目はどうでもよさそうに肩を竦めた。

 しばらく食べることに専念する。

 ややあって、セルフサービスの麦茶を啜りながら夏目が訊いてきた。


「それでその運命の人とやらは、いい男?」

「はい!」


 陽菜は右手でグーをつくり力説する。


「ものすっごく和服の似合うオジさまです!」

「和服」


 夏目は眼の色を変えてテーブルの向こう側から身を乗り出す。


「もっと詳しく教えて」

「うちのビルのエントランスにいたんです。ソファに腰かけて、誰か人を待っていたらしくって。四十代後半くらいのオジさまで、紺色の作務衣姿に草履、縁なし眼鏡をかけて手に扇子。首からはタオルを下げていました」


 夏目の眼がキラッキラ輝く。


「いい」

「いいですよねっ」


 陽菜は思わず夏目とがしっと手をカップルつなぎにした。

 なにを隠そう、夏目とはオジさま観賞という趣味嗜好が一緒なのだ。


「くそう。私も見たかったー」

「タオルで汗を拭くしぐさとか、すっごく色っぽかったです」

「羨ましい。で?」

「はい?」

「はい? じゃなくて。そのうるわしの君はどこの誰よ。ひとめ惚れなんでしょ? もう告ったの?」


 びっくりした。

 陽菜はブンブンと首を横に振った。意味もなくおしぼりをいじる。


「まさかあ。だってそのとき陽菜プレゼンの用意で走りまわっていたんですよぉ。声かける暇なんて一秒もなかったんです」

「じゃあ次どうやって会うつもりよ」


 それを言われると、困る。

 陽菜は椅子の中で身体を小さくしながら上目遣いに夏目を見た。


「……運命の再会、とか?」

「ごちそうさま」


 話にならない、というふうに嘆息して夏目がトレイを両手に持ち、席を立つ。


「せんぱぁい」

「私に泣きすがったってどうしようもないでしょうが。あのね、はっきり言わせてもらうけど、それは運命の出会いでもなんでもない。ただちらっと見かけたってだけの行きずりの男よ。ほら、とっとと眼を醒ましてちゃんとあんただけの本命をみつけなさい」

「なんの話?」


 不意に横から口を挟んだのは夏目の部下で旦那、陽菜とは同期の加藤信哉(かとうしんや)だ。

 背が高く、薄茶の髪に爽やかな感じのイケメンで、自他共に認める愛妻家。

 彼もちょうど食事を終えたところらしく、夏目を見つけたので声をかけたようだ。さりげなく夏目の手からトレイを奪う。


「ん、陽菜がまた運命の人に会ったっていうから、話を聞いていたの」

「またかよ」


 と、げんなりした呻きをもらしたのは、信哉の横にいた沢木拓(さわきたく)。高校時代の同級生だ。

 長身でかなりゴツイ。高校、大学と七年間を野球一筋に捧げた結果、真っ黒に日焼けしている。ポジションはキャッチャー。

 ちなみに陽菜は高校三年間を野球部のマネージャーとして過ごした。拓と大学は別だったが入社式で再会し、配属も同じだったことから同期として結構親しい。

 陽菜はムッとして拓を睨んだ。


「またじゃないよ。今度こそ――」


 手で待ったをかけ、遮ったのは夏目だ。


「残念だけどね、あんたのそれ、今回は運命でもなんでもないから。諦めて次を探しなさい」

「えー。でも本当に頭の中で鐘が鳴ったんですよー。リンゴーン、って」

「幻聴だ」


 ばっさり切り捨てたのは拓だ。自分のトレイに陽菜のどんぶりや箸、コップ、トレイを重ねてさっさと片付ける。


「え、自分で運ぶからいいよ」

「ついでだ。それも貸せ」


 おしぼりも回収され、拓は食器を下げに行ってしまった。


「相変わらず面倒見がいいなあ」

「陽菜にだけね」


 夏目の揶揄に陽菜はむくれた。どうも拓の眼にはとろいと映るらしく、気がつけば世話を焼いてくれ、困っているときはどこからともなく現れて手を貸してくれる(一度などはコピー機の紙詰まりを直すのに三時間も残業させてしまった)。

 ひとがいいなあ、と感心する手前、彼女でもない女の世話を焼くなんてちょっと優しすぎるんじゃないかと心配にもなる。

 陽菜がそう言うと、拓はぶっきらぼうに「彼女なんていねぇよ」と答え、なぜか怒ったように睨んできた。

 午後の就業につきながら、陽菜はぼんやりと『作務衣の君』のことを考えた。


 本当に鐘が鳴ったんだけどな……。


 もう会えないのかと思うと残念でならない。

 だが相手のことをなにひとつ知らないのではどうにもできないし……。


「あーあ」


 溜め息が出る。

 なにもいい案が思い浮かばぬまま日が経って月も変わり、『作務衣の君』の面影が瞼の裏から薄れた頃――思わぬところで再会を果たすことになる。



 現代ものが書きたくなったので、つい。

 お時間のある方、おつきあいいただければうれしいです。

 引き続きよろしくお願いいたします。

 安芸でした。

 追記 やる気のない姫君が主人公の 拙作迷惑な溺愛者 もまだ未読の方がいらっしゃったら、ぜひ! 

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