二 五月某日
ダメな大人の見本です。
二 五月某日
眼を醒ますと、なぜか隣に信哉がいた。
「え?」
頭がガンガンする。やばい。完全に二日酔いだ。
ブラインドの隙間から明るい光が射している。窓辺の時計を見ると、十一時を過ぎていた。
「……」
恐る恐る、布団を持ち上げる。裸だ。信哉も裸。床には二人分の服が散らばっていて、他にも、使用済みのアレやソレ。つまり、これは……。
非常事態宣言だ。
夏目は枕に突っ伏した。どうしよう。記憶がない。いったいなにがどうしてこんなことになったのだろう。
「おはよ、夏目」
とりあえず蹴った。
信哉は無様な恰好でセミダブルのベッドから転げ落ちた。
「げほっ。いってぇ……ひでぇなあ、もう。恋人になにすんの」
「人の名前を勝手に呼び捨てにするんじゃない」
「だって呼んでもいいって言ったし」
「憶えてない。一応訊くけど、恋人って誰のこと」
「俺」
最悪だ。
頭が痛い。脳みその中で銅鑼がわんわんと鳴っているようだ。
「シャワーを浴びてくる」
「じゃ、俺も一緒に」
冗談じゃない。
罵倒しようと口を開けたところ、キスされた。文字通り口を塞がれて、そればかりか、布団をはがされ、抱き上げられた。世間で言う、お姫様抱っこだ。
そしてバスルームへ連れ込まれ、水がお湯になるまでキス責め、お湯が出るようになったら泡責め。
「エロい。あのさ、がっついてもいい?」
「嫌」
「うん、ごめん、我慢できない」
なら訊くな!
頭では突っ撥ねるつもりでいた。理性も働いていた。だが、頭痛と倦怠感、加えて素直に認めるのは癪だが、久しぶりの他人の愛撫が気持ちよくて、なにも考えられなくなってしまった。
長時間のシャワーを終えるとぐったりした。バスローブのままソファに横になる。額にはアイスノン。傍にはバスタオルを腰に巻いて、うちわを手にした信哉。
「手加減できなくて、すみません……」
「いいからもう帰ってよ……」
声を出すのも億劫だ。
信哉は好き放題したことを反省しているらしく、身体を小さくして何度も何度も謝った。
「俺、嬉しくて……やっと夏目、さんを、俺のものにできたから」
「もの扱い、やめて」
「好きです」
手を握られた。優しく、労わるようにそっと。心臓が跳ねた。信哉にどんなに執拗に迫られても、こんなことは一度だってなかったのに。
「好きです。好きです、好き、すっげぇ好き……本当に好きだ……」
熱に浮かされたような切羽詰まった声に、ぼんやりと、昨日の記憶の断片が甦る。
今期で一番力を入れていたプレゼンが通った祝いに皆で飲んで、騒いで、酔い潰れて、送ってもらって、引き止めた……そのあとは思い出せないが、流れと勢いでベッドインしたのはほぼ間違いないだろう。
「なによりも、誰よりも、絶対、大切にするから……だから、お願いします。俺の恋人になってください」
畜生、かわいい。
夏目は胸の裡でそう毒づいた。夏目の好みは図体のデカイ、ムサイおっさんで、つきあったのもそんなのばかりだが、それはそれとして、ただの鑑賞用ならば信哉のルックスは悪くない。背も高いし、薄茶のサラサラ髪は掻き撫ぜたくなる。
上目遣いでじっと見られると、罪悪感がじわじわと込み上げてきた。
十中八九、襲われたのではない。自分が信哉を襲ったのだ。
「はあ……」
こんなことになったのも、自業自得だ。酒は飲んでも呑まれるな。社会人の常識だ。ハメを外した自分が悪い。
こんなに一途に慕われるなら、少しくらいなら付き合うのもありだろうか。
どうせ、長続きなどしないだろうし。
女子力ゼロで、オッサン観賞が趣味、家事はするけど、平日は仕事の鬼、休日はダラダラ寝て過ごすかパチンコ、ショッピング――こんな女を恋人にしたい男の気が知れない。
夏目は信哉から顔を背けて、気乗りしないまま訊いた。
「……私は好きじゃないけど、それでもいいの?」
「いまはそれでもいいです。いつか俺を好きになってくれれば」
「悪いけど、約束できない」
「好かれるよう、俺が努力します」
そこまで言ってもらえるほど上等な女じゃない。
だがなにを言ってもいまは無駄なのだろう。まあ、つきあって本性が知れれば、すぐに別れたがるだろう。夏目は匙を投げることにした。
「わかった。付き合う。但し、社内秘で」
「げっ」
「……エレベーターの中でキスとか、ベタなことも禁止」
思いの外ダメージが大きかったようで、信哉はくどくど不平を漏らしたが、「嫌なら付き合わない」と告げると慌ててこの条件を呑んだ。
「じゃあ、よろしく」
照れ臭そうに笑った信哉に、バードキスをされる。
人生初、年下の恋人ができた。
いま、この時期のための小話? です。
お酒の飲みすぎには気をつけて。
明日は最終話です。
安芸でした。