一 四月某日
三夜連続投稿予定。
短編小話。
一 四月某日
「好きです。俺と付き合ってください」
「嫌です。他の人をあたってください」
金曜の夜、会社の『新入社員歓迎会』という名の無礼講な飲み会と続く二次会のあと、三次会は断わって帰宅しようとしたところ、嫌な奴に捉まってしまった。
部署が同じでデスクも隣、勤続二年目、三歳年下の加藤信哉、二十四。
大通りに出るまでの間と、タクシー待ちの間、当たり障りのない会話に終始するつもりだったのに、いきなり直角にお辞儀をされて交際を申し込まれた。
これが信哉でなければビビって慌てふためいたかもしれない。
だが、さいわいにも何度も免疫のある相手だ。「悪いけど」と、けんもほろろに断ると、信哉は途端に不機嫌になった。
きちんと締めていた渋いジョルダンのネクタイを指でゆるめ、着崩すと、今度は開き直って居丈高に言う。
「ひでぇ」
「どっちが」
夜中の一時を回っているとはいえ、まだ人通りのある往来で堂々と告白する神経が信じられない。
「先輩だよ。フリーなのに、いたいけな後輩を何回も振るって人としてどうなの」
「誰がいたいけな後輩よ、え、誰が」
「俺です」
「笑わせるわ」
鼻で「フン」と笑ってやると、信哉は大げさに肩を落として嘆息した。
「いいかげん観念して、森夏目から加藤夏目になってくださいってば」
「はあ? ばかじゃないの。言っておくけど、あんたを旦那になんてしないから」
はっきり断ると、信哉は辛そうに眉根を寄せて俯いた。ぼそりと呟く。
「でも俺、本気です」
「あのねぇ、そっちこそいいかげんに諦めてくれない? 私、何度も言ってるよね? 年下君は趣味じゃないの。絶対にお断り。私は」
「わかってますって。オッサン趣味だってことは。何度も聞いてるから耳タコだよ。けどさ、俺だって好きで先輩よりあとに生まれたわけじゃないし。どうせ断るなら、性格の不一致とか食べ物の嗜好の違いとか趣味が合わないとか、ちゃんとした理由にしてくれません? 年齢を盾にするのは卑怯だと思うな」
「卑怯で結構。さよなら」
「待った。送ります」
「いらない」
ようやくタクシーが来た。
一人で乗り込もうとすると、信哉がドアを掴み、笑顔で言った。
「後輩の親切を素直に受けないのはどうかと思いますけど、先輩?」
「先輩は親切の裏に下心がなければ送ってもらいますけど、後輩?」
冷たい腹の探り合い。
信哉とはいつもこんな調子だ。
ふと衝動書きしたものなので、酸いも甘いも、不足分はご愛嬌。
お時間のある方のみおつきあいください。
三話完結です。
安芸でした。