第39話
宴会の最中に、来客だとサキさんに呼び出され、私は表玄関に向かった。
「桜井萌奈美さんですか?」
「はい…どちら様ですか?」
黒いスーツの厳つい男性が、無表情で私を見下ろす。
「森田組長より、お届け物です」
「森田さんから?」
そう尋ね返すと、後ろに控えた男達が大きな箱や紙袋をガサガサと土間に置いた。
「あの…何を…」
「後程お電話を頂きたいと、伝言を言付かっております」
「承知致しました。ありがとうございます」
「それでは、失礼致します」
サキさんと荷物を部屋に運び入れ、開けてみて驚いた。
「凄いですね、お嬢様…総絞りのお着物に総刺繍の帯ですよ!?それに小物から草履、バッグ迄一式…」
「何だか…」
「はい?」
「いぇ…お礼の電話をして来ます」
私は自分の勉強部屋に入り鍵を掛けると、携帯で森田さんに電話した。
「…あけましておめでとうございます…桜井萌奈美です」
「久し振りだな。届いたか?」
「立派なお着物一式、ありがとうございます」
「明日は、それを着て聖と共に百人町の屋敷に来るといい」
私は、心に引っ掛かる事を尋ねた。
「明日…何かあるのでしょうか?」
「……何故だ?」
「…私の事を気遣って頂くには…余りに凄い贈り物ですので…」
電話の向こうで、フッという含み笑いが聞こえる。
「…感がいいな」
「畏れ入ります」
「明日…堂本組長は、多分お前を煽って挑発して来る」
「は?」
「それに乗って欲しい」
「…売られた喧嘩を、買え…という事ですか?」
「そうだ」
「宜しいのですか?凄く偉い方だと、お聞きしています」
「構わない…私が身を呈して止める迄、やり合っていい。勿論、お前の身の安全は、私が責任を持って保証する」
「…何の為です?」
「それは、お前には関係のない事だ」
「……喧嘩の最中の出来事についての…責任の有無は?」
「…」
「身の安全を保証して頂けるのは、私だけですか?」
「…」
「拒否権は?」
「無い」
「…承知致しました」
「それから、この件は他言無用だ」
「聖さんにも?」
「言うに及ばず」
「畏まりました。それでは、明日お伺い致します」
森田さんは…堂本組長は、一体私に何を仕掛け様というのか…?
私は直ぐに棗さんにメールして、宴会を抜け出して貰った。
「どういう事だ、お嬢ちゃん!?」
「わかんない…私、話しに乗ってもいいのかな?」
「森田組長の事だ…何か考えがあるんだろうが…狙いは何だってんだ…」
「私の身の安全は保証するって。何かあったら、聖さん連れて逃げてね!?」
「大丈夫だ。お嬢ちゃんも担いで逃げてやる」
棗さんはそう言って、私の頭を撫でてくれた。
毘沙門亀甲文と瑞雲を配した朱色の総絞りの着物に、プラチナの亀甲地紋に飛鶴と瑞雲をデザインした丸文を総刺繍で仕上げた袋帯。
全体にクラシカルな装いを、飾り襟や帯揚げ、帯締めを全てグリーンで統一してキリッと引き締めてある。
対してバッグは甘い雰囲気のビーズをふんだんに使った可愛らしい物を…。
一度会わせただけで、これだけ萌奈美に似合う物を揃えてポンと贈る森田さんのセンスに、俺は正直舌を巻いた。
「聖さん、格好いい!!」
棗に写真を撮って貰っていた萌奈美が、俺の紋付き袴の和装に目を見張る。
「そう?萌奈美も、とても良く似合う」
ヘニャリと笑う彼女が俺の腕を取り、一緒に写真に収まろうとねだって甘えた。
「聖さん、いつも持ってるナイフは?」
百人町に向かう車の中で、萌奈美がそう尋ねる。
「あるけど?」
「今日、貸してくれない?」
「どうして?」
「何かさぁ…緊張してきちゃって…」
「大丈夫だよ」
「お守りの懐剣代わりに…聖さんに守って貰いたくて…借りちゃ駄目?」
俺が贈った銀狐の襟巻きをして上目遣いに見上げる仕草に、つい甘い気持ちになる。
「仕方ないな…」
俺はそう言って、ナイフを萌奈美の帯に挟んだ。
「絶対出しちゃ駄目だからね?」
「出さないし、出せないって!」
萌奈美はそう言って笑い、屋敷に着いた途端にポンと帯を叩いた。
「子狸みてぇだな?」
そうからかう棗に、彼女は酷いと睨んで笑う…この2人は、いつの間にか兄妹の様な関係を築き上げていた。
例年ならば、各組長は夕刻にこの屋敷を訪れ、年賀の会が催される。
棗の様に、新たに組の若頭になった者も顔繋ぎの為に呼ばれるが、家族が呼ばれる事はない…況してや萌奈美は、まだ婚約者だ。
まさか年賀の会に出席させる事はないだろうが…この日の午前中に呼び出す意図は何だろうかと、俺はずっと考えていた。
「やっと来たな、子狐!?」
座敷に入ると、堂本組長と森田さんが待ち構え、棗は入口の障子の前に、俺と萌奈美は堂本組長の前に座った。
「俺が、堂本清和だ」
「桜井萌奈美と申します」
「成る程…やっぱり子狐だな、聖?」
「…畏れ入ります」
俺の隣で、萌奈美がピクリと反応した。
「しかし意外だな、聖…お前、こんなタイプが好みだったか?」
…何だろうか…今日の堂本組長は、やけに好戦的な…。
「お前だったら、女は選り取りミドリだろうが?何も、こんなガキみてぇな女…」
「いぇ…萌奈美は、私には過ぎた女性です。それに…彼女とは先日正式に婚約致しました」
「聞いてねぇぜ?なぁ、森田?」
「はい…一向に」
「いぇ…その様な事は…」
やはりおかしい…萌奈美との婚約は、先日森田さんに報告済みだ。
「指輪も、してねぇじゃねぇか」
「指輪ではなく、腕輪を贈りました」
「腕輪より…首輪の方が良かったんじゃねぇか?その方が、子狐にピッタリだ!」
ゲラゲラと笑う堂本組長に、とうとう萌奈美が噛み付いた。
「…黙って聞いてりゃ…ちょっと、あんまりなんじゃない!?堂本さん!!」
「おっ!?何だ?子狐が噛み付くのか?」
「噛み付くわよ!!初対面の人間掴まえて、子狐子狐って…どんだけ偉い組長さんだか何だか知らないけど、失礼にも程があるわ!」
「何だと?」
「そうでしょうよ!?挙げ句、人の婚約にケチ付けて…腕輪のどこが悪いの?首輪の方がピッタリって、どういう意味よ!?」
「…聖、お前の所の子狐…躾がなってねぇみてぇだな?」
「…申し訳ありません…しかし…」
「まだ言うの!?この人はっ!!私の名前は、桜井萌奈美よっ!!アンタなんかに、子狐呼ばわりされる謂れはないわっ!!」
ニヤリと堂本組長が笑い、床の間からスラリと長ドスを抜く。
「俺が躾代わりに、手打ちにしてくれる!」
俺は萌奈美の前に立ち塞がり、刃から彼女を庇った。
「申し訳ありません、組長!礼儀を弁えない子供の言う事です!どうぞ、ご勘弁を!!」
「下がれ、聖!!」
頼みの綱の森田さんの怒号が飛び、俺は泡を食った。
「棗!聖を下がらせろ!!」
再び森田さんが叫び、棗は無言で俺を掴んで、下座迄引き摺った。
「さて、邪魔者は居なくなった…謝るなら今の内だぜ?」
「謝って!萌奈美!!」
「何で?私、間違った事は何一つ言ってないわ!!」
「謝らねぇってか?」
鼻先に突き付けていた長ドスを、今度は刃を横にして首筋に当てて、堂本組長が笑う。
「謝るのは、堂本さんの方だわ!」
「…怖くねぇのか…お前…」
「怖いわよ、充分…でも、それ以上に腹が立って呆れてるのっ!!」
「何が?」
「幾ら偉い組長だからって、ヤクザはやっぱりヤクザなんだと思って…」
「…」
「こんな小娘相手に、そんな物持ち出して…恥ずかしくないの?」
「…」
「所詮、暴力でしか屈服させれないなんて…堂本さんも、大した事ないんだね?」
「脅しじゃねぇぞ!?」
「傷付けてご覧なさいよっ!傷害罪で訴えてやる!!」
「!?」
「序でに、銃刀法違反で引っ張られるがいいわっ!」
「…気の強えぇ女だな…気に入った!お前ぇ、俺の女になれ!!」
まさか…これが目的だったんじゃ…!?
躰から嫌な汗を吹き出させながら、俺は下座から叫んだ。
「組長!?そればかりはっ!!」
「聖…お前の仕置き…まだ済んでなかったよなぁ?」
「俺の躰で払うと…そうお約束した筈です!」
「残念ながら、男に興味はねぇぞ?俺が好きなのは、女と金だ」
「金なら…」
「お前の所、今厳しい筈だよなぁ?」
萌奈美の躰を挟んで、堂本組長と俺は睨み合った。
飛び出そうとする俺を、棗はガッチリと絞め技を決めて離さない。
「離せっ!棗っ!!」
「堪えて下さい、社長っ!?」
「クソッ!!」
堂本組長が、悠然と萌奈美に向き合う。
「どうだ、子狐?俺の所に来れば、聖の所よりも贅沢な暮らしが出来るぞ?」
「お断りよ!アンタみたいな卑怯で不遜で下劣な男、願い下げだわ!」
「じゃあ、聖の仕置きは…組の解散って事でいいか?」
「卑劣な人ね…」
「何なら、一発でも構わねぇぜ?」
「…」
「どうするよ、子狐?」
「…止めろ、萌奈美…」
「…条件があるわ」
「ほぅ?」
ニヤニヤと笑って、俺に勝ち誇った顔を向ける堂本組長に、射殺す様な眼差しを投げつける。
「この屋敷に居る全員を、ここに集めて下さい」
萌奈美の冷静な声が響いた。
「で、どうするよ?」
「一番前に、堂本さんの奥さんと、お子さんに座って頂きます」
「それで?」
「その前で、私を犯すがいいわ!!」
「…何だと?」
「結婚されるのに10年も費やされた、恋女房なんですってね?その奥さんの目の前で、抱いて貰おうじゃないの!」
「…」
「お子さんは幾つ?小さくて、何もわからないかもしれない年齢?言って置くけど、強姦されるんだから、大人しくなんて抱かせてやらないわよ!?大暴れして、叫びまくってやるわ!!」
「…お前」
「今はわからなくても、大きくなったら気付くわ…あの時、自分の父親は…女を強姦してたんだってねっ!?」
「このアマッ!!」
「萌奈美ッ!?」
長ドスを振り上げた堂本組長を睨み付ける萌奈美は、帯の上から俺のナイフを押さえていた。
「そこ迄です、組長…」
いつの間にか、萌奈美と堂本組長の間に割って入った森田さんが、組長を見上げる。
「…クソッ!!」
「貴方の負けです」
森田さんの落ち着いた声が響き、場の空気が一瞬にして変わる。
「畜生…そんな手で来るとは……アーッ!!久々に、スッゲー悔しい!!」
長ドスを鞘に納めて床の間に戻すと、堂本組長は棗に声を掛けた。
「棗…聖を離してやれ。茶番は終いだ」
「どういう事です!?」
訳がわからず萌奈美の横に座る俺に、森田さんが口を添えた。
「彼女の事件の片が付いた後、聖を咎め立てる声が一部で起きた…三上組、筑波組、桐生会の様にヤクを扱いたいと思う連中、聖を潰して置きたい連中が、まだまだいるという事だ」
「では…又、萌奈美が狙われる可能性があると!?」
「俺の女になりゃ、襲われねぇって言ったんだがな…」
「…ご遠慮します」
小さな声で、萌奈美が言った。
「森田が、勝負に勝ったらもう1つの案をって言って来た」
「勝負…ですか?」
「子狐と…桜井萌奈美と喧嘩して、俺が本気になったら、森田の案を飲むって勝負だ」
「…どの様な…案ですか?」
「おい、子狐」
堂本組長が、萌奈美の前に胡座をかくと、俯く彼女の顎を掴んで上を向かせた。
「お前…俺の娘になる気はねぇか?」
「…」
「おい?」
「…」
「何だ…どうした?視線が定まってねぇぞ?」
堂本組長の怪訝な表情にハッとして、俺は朦朧としている萌奈美を抱き締めた。
「萌奈美!萌奈美!?大丈夫か!?」
「おぃ…何だ…さっきの勢いはどうした!?」
「申し訳ありません、組長…あれは、萌奈美の精一杯の虚勢です」
「へっ?」
「彼女は今迄、そうやって身を守って来たのです。だが…本当は、ただの臆病な娘に過ぎません。余りに負荷が掛かると…躰に支障を来して、又声を出せなくなるかもしれません」
「少し休ませろ。奥に、床を…」
「いぇ…こうやって抱いてやった方が、落ち着くと思います…彼女とも相談して決めたいと思います。お時間を頂きたいのですが…」
森田さんが静かに言った。
「年賀の会で、皆に発表するのが一番いい。それ迄に、説得出来るか?」
「本人さへ納得すれば、決断は早いと思います」
「わかった…彼女が覚醒したら呼ぶがいい、私からも話してみよう」
「宜しくお願い致します」
「兎に角、奥の部屋に運んでやれ」
俺は萌奈美を抱き上げると、棗と共に奥の部屋に運んだ。




