第37話
公園の前に停めた車で待っていた棗さんは、何も言わずに私の頭を拳骨でグリグリとすると、私達を残しタクシーで帰って行った。
聖さんは私を車の助手席に乗せ、膝掛けを掛けシートベルトを留めてくれながら尋ねて来る。
「萌奈美は…婚約指輪、どこのブランドの物が欲しいとかって…決めてる?」
「別に…何にも考えてないよ?」
「指輪じゃなきゃ、嫌?」
「そんな事ないけど?」
「…わかった」
ニヤリとこれから悪戯をする悪ガキの様な顔を覗かせ、楽しそうに車を発進させる聖さんに私は苦笑した。
「どこ行くの?」
「…ナイショ」
「隠し事なしって…前に言ってなかったっけ?」
クスクスと幸せそうに笑いながら運転する彼を見て、私も暖かい気持ちになる。
こんなの久し振り…そう思っていると、車を伊勢丹の駐車場に入れ、彼は私の手をしっかり握ってエレベーターに乗り込んだ。
「……恥ずかしいよ…聖さん…」
「駄目…今日は、何でも叶えてくれるって言ったよね?」
「…そうだけど…」
「こうやって、2人でちゃんとデートするの…初めてだって、わかってる?」
「…うん」
「こんな事で恥ずかしいなんて言ってたら…今日は、心臓爆発するかもしれないけど?」
「何で?」
「本日のデートは、フルコースだから…」
いゃ…だからって…その笑いは止めて欲しい。
大体この人…普通の格好をしていても凄く目立つのだ。
ビシッとしたスーツを着込んだとんでもないイケメンが、子供の様な女と指を絡めて手を繋いで歩くなんて…嫌でも周囲の注目を浴びてしまう。
「やっぱりさぁ…今度から、眼鏡とカチューシャ付けようよ…」
「嫌だよ…何で今更変装する必要があるの?」
そう言いながら3階に降りて入ろうとした店の前で、私は思わず尻込みした。
「…何?」
「いゃ…あの…」
「いいから…」
そうエスコートされて入った『カルティエ』で、彼が私に選んだのは…煌めくダイヤが10個も付いたラブブレスレット!
「ピンクゴールドとホワイトゴールド…どっちがいい?それとも、イエローゴールドが好き?」
「……」
「肌に馴染むのはピンクゴールドだけど…他のアクセサリーと合わせたり、マリッジリングと合わせる事を考えたら、ホワイトゴールドの方がいいのかもしれないな」
「……」
「気に入らない?」
「…そうじゃなくて…私だって、雑誌なんかで見て知ってるもん。コレ…凄く…」
「縛り付けたいって、言ったよね?」
「…うん」
「ダイヤの指輪贈っても、普段付けてくれないだろ?」
「…まぁ…ね」
「ずっと付けていて欲しいんだ。肌身離さず付けてくれる物を贈りたい……駄目?」
「いゃ…駄目とかじゃなくてさぁ」
「萌奈美が嫌なら、諦めるけど…」
「……嫌じゃない…ょ」
「なら、問題ない!ホワイトゴールドでいい?」
「…うん」
満面の笑みに押し切られ、私は目の前で微笑みながら私達のやり取りを聞いている店員に、苦笑して返す。
「聖さんも、するの?」
「残念ながら…俺は出来そうにない。萌奈美を危険に曝す可能性があるからね…こっちを付け様と思うんだ」
そう言って、ダイヤの付いた小さな筒状のペンダントトップを指差した。
「何?」
「これでね…萌奈美を縛るんだよ」
そう言ってペンダントトップのスクリューを捻ると、中から小さなドライバーが出て来た。
「専用のドライバーも付いてるけど…俺が身に付けるドライバーで、縛り付けたいんだ。左手…出して…」
ビスを外すと2分割されるラブブレスレットを私の手首に装着し、小さなペンダントトップのドライバーで、器用にビスを留めて行く。
「…どう?」
「…綺麗…素敵」
「良かった」
満足気な笑みにありがとうと礼を言うと、あり得ない程破顔された。
「さぁ…次に行くよ」
そう言うと、婦人服売り場でワンピースから下着迄一式と、自分用にYシャツと下着を購入して、再び車を飛ばす。
「今度は、どこ行くの?」
「…ナイショ」
「もぅ!」
見慣れた高層ビル群の間を潜り抜け、見覚えのあるビルの駐車場に入る。
「聖さん、ここ…」
「今日は、ここに泊まるんだ」
「無理だよ!今日、クリスマスだよ!?」
「大丈夫…棗からの誕生日プレゼントなんだ」
「そうなの!?」
「最も、予約だけだけどね…」
聖さんはそう笑いながら、私を41階にエスコートしてくれた。
先日…まだ、陽の高い内に訪れた時とは、雰囲気が明らかに違う……クリスマスという事もあるが、夜の帳の降りたピークラウンジには蝋燭の炎が揺らめき、人々が楽しげに食事を楽しみグラスを傾けていた。
「後で、ここで食事するからね…棗が、8時に予約してくれている」
何だか夢見心地で、聖さんと一緒にライブラリーを通り抜け、フロントに入る。
前に来た時には、緊張と不安で…ホテルの雰囲気を楽しむ余裕なんて全くなかった…。
当然か…誘拐犯に拉致される為に訪れたのだから…。
チェックインの手続きをする聖さんが見える位置のソファーに腰掛ける私の横に、スッと人影が近付いた。
「いらっしゃいませ、桜井様」
「ぁ…貴方は…」
あの誘拐事件の折り、警察に連絡をお願いしたホテルマンが、にこやかな笑みを浮かべて立っていた。
「その節は、本当にお世話になりました」
「いえ…ご無事なお姿を拝見して、安心致しました」
「萌奈美?」
怪訝そうな顔をする聖さんが、私の横から声を掛ける。
「いらっしゃいませ」
「聖さん、この方…あの事件の時に、警察に連絡をお願いした方…凄くお世話になったの!」
「そうでしたか…萌奈美がお世話になり、本当にありがとうございました」
「いえ、ご無事で何よりでした」
「今日は、彼の誕生日なんで…友人が、こちらのホテルに予約を入れてくれたんです」
「左様でございましたか。それは、おめでとうございます」
「それに…先程、私達…婚約したんです」
「それは…重ね重ね、お喜び申し上げます」
「ありがとうございます」
「とても、お幸せそうで…良うございました」
ホテルマンの笑顔に見送られ、私達は部屋に荷物を置き食事に出た。
蝋燭の炎と美しい夜景、色鮮やかなカクテルと美味しい料理…。
「気になる?」
会話を楽しみながら、左手首のブレスレットを触る私に、聖さんはニヤニヤと尋ねる。
「だって…こんな高価な物…ギンちゃんもそうだけど、身に付けた事ないし…何かドキドキしっぱなし!」
「いいよ…もっとドキドキさせて上げる…」
「…」
「所で…最初から気付いてたの?」
「何が?」
「俺と『王子様』が、同一人物だって…」
「『王子様』って言ってるのは、友達で…本当は『騎士様』なんだよ?」
「そうなんだ」
「最初は…わかんなかったの。正直、顔も余り覚えてなかったんだもん」
「…いつ、わかったの?」
「……近松さんが、来た時…」
「のぞみが?」
「…聖さんの…名前がわかった時」
「……」
「あの時、互いのファーストネームを教えたの、覚えてる?」
「…いや」
「名前をね…私勘違いしたの。『Night(夜)』をね『Knight(騎士)』だって、ずっと思い込んでたの」
「だから『騎士様』?」
「そう…格好いい大人の男の人っていう…そんな印象だったから」
「学生だったんだがな…今の萌奈美と、同じ年だよ?」
「もっと、ずっと年上だと思ってた」
そう笑うと、聖さんは少しだけ真面目な顔をして、私を覗き込んだ。
「正直、どっちが好きなの?」
「え?」
「昔の俺と、今の俺と…どっちが好き?」
「…自分に焼き餅妬いて、どうするの!?」
「…」
「気になる?」
「…なるよ…萌奈美に関しては、嫉妬深いって言っただろ?」
「全く…」
「で、どっち?」
「どっちも…って答えじゃ、納得しないんだよね?」
「そうだね」
「…今の…優しい聖さんが好き」
「…」
前のめりに躰をずらすと、彼は私の唇を啄んだ。
「…こんな所で」
そう言って睨むと、今度は自分の躰を目隠しにして舌を絡めて来る。
「……ダ…メ…」
そう言った途端腕を掴まれ、熱い吐息と共に耳元で囁かれた。
「……部屋に…戻ろう」
少し強引に手を引かれ、部屋に戻ってドアを閉めると、噛み付く様にキスされた。
…正直、その後の記憶は曖昧だ。
どうやって服を脱ぎ、風呂に入ったのか…常に絡み付く聖さんの四肢に、指に、唇に翻弄された。
「…聖さん、実は私…子供の頃…」
怯えて逃げ出しそうになるのを絡み取られ、震えながら告白しようとすると、透かさずキスで唇を塞がれ掠れた様な声で囁かれる。
「…今…目の前にいるのは、誰?」
「…聖さん」
「萌奈美を…抱いているのは?」
「……聖さん」
「…萌奈美は、俺が怖い?」
「うぅん…怖くない…」
「忘れないで…ここに居るのは俺だよ……萌奈美に触れる手も…唇も…俺の物だ…」
ゾクゾクッとする感覚に怯える私は、彼に必死に縋り付き、その度に甘いキスと言葉で蕩けさせられる…。
ただ、いつもと違うのは…決して許しては、逃がしては貰えないという事…優しさの中に、そんな獰猛さが見え隠れする。
突然沸き上がった引き攣る様な痛みに、私は己が口を手で塞いだ。
その手をシーツに縫い付けると、彼はゆっくりと私に覆い被さって来る。
「…力を抜いて…萌奈美…」
「…いやっ…無理っ!」
「いい子だから…口で息をして……そう…ゆっくりするから…」
あり得ない程の圧迫感と、身を裂かれる様な痛み…何より、自分でも知らない場所を他人に侵食される苦痛と恥ずかしさに、私は怯え切った。
いつの間にかしゃくり上げる私の顔に、優しいキスの雨が降る。
「もう少し耐えてね……その痛みも苦痛も…萌奈美がvirginだって証だから…」
「…え?」
「やっぱり信じてなかったのか…お馬鹿さん」
「…ふぇぇ」
「いい子だ…俺は嬉しいよ……萌奈美の心も躰も…全て俺の物だ!!」
可愛い、愛してる、俺の天使…そう繰り返し、キスと愛撫を与えながら、聖さんは根気強く私の躰が変化するのを待った。
やがて揺さぶられながら、その痛みがむず痒い様な感覚に変わる。
抑え様のない程に沸き上がるその感覚に声を殺し切れなくなった時…その淫らな声にそれが快感だと理解して、私の頭は沸騰し…訳がわからなくなった。
躰が…思考が…突き上げられ、落とされ、溶ける……何度もそうやって翻弄され、嫌だとただを捏ねる私に聖さんが囁く。
「…angel……俺の所迄…堕ちておいで…」
喘がされ、口を塞ぐ事も拒まれ、訳がわからなくなりながら灼熱の焔が揺らめく彼の瞳に見詰められ、色々な事を言わされた気がする…。
やがて、尾を引く嬌声と共に力尽き意識が途切れる刹那、背後から優しい腕に抱き締められ、甘く蕩ける様な声が私を包んだ。
「……もう逃がさない……My angel…」
俺は悪魔だ……汚れを知らない天使を、拉致して拘束し、危険な目に合わせ…遂には、手枷を付けて凌辱したのだ……だが、後悔はない…それ程俺は、この天使の全てが欲しくて堪らなかった。
「理性をなくす程の愛がある…マリアと出会った時、私は彼女を殺してでも手に入れたい衝動に駆られた」
母が自殺した時…何故辛い立場に立たせる様な事をしたのだとなじった俺に、親父はそう言って涙を流した。
その時は、親父のエゴでしかないと思ったのだが…。
俺の腕の中で、天使が少女になり、大人の女へと変わって行く様に…その途轍もない征服感に俺は陶酔した。
左腕に煌めく手枷に口付けをして、必死に快楽に抗おうとする天使を、まるでいたぶる様に煽る…堪え切れずに吐く吐息と甘い声に酔いしれ、呂律の回らないその言葉と艶かしく震え仰け反るその姿態に理性をなくした。
力尽きて、俺の腕の中で穏やかな寝息を立てる天使のうなじに、そっと口付けを落とし、首筋を辿り耳介に軽く歯を立てる。
「……My angel…」
微睡む天使が、腕の中で寝返りを打つ。
柔らかな唇を奪い歯列を辿り、舌を絡めて吸い上げると、息苦しさに生理的な涙を流して微睡みから醒める。
敏感になったその肌を辿ると、喉の奥からヒュッと息が漏れた。
「…駄目?」
クスリと天使が笑い、俺の首筋に鼻を擦り付ける。
「……angel…」
天使は俺の首に腕を回すと、動く喉仏にキスをした。
俺は再び、俺だけの天使の奏でる歌声に酔いしれた。




