第33話
堂本組長と初めて会ったのは、アメリカで仕事をしていた俺に、親父が脳梗塞で倒れたと連絡があり、急遽帰国した時だった。
病気で気弱になったのか、親父が聖組の跡目を俺に継がせたい等と言い出したからだ。
家業を嫌い渡米して堅気の仕事をしている俺に、何で今更…第一、継がせるなら妾腹の俺ではなく、本妻の血筋の皇輝が居るではないか…馬鹿馬鹿しい。
そう思って、最初の内は無視を決め込んでいた。
やがてその話に触発されたかの様に、それ迄ブラブラしていた皇輝が正式に聖組に入り、いきなり若頭補佐なんて役職に着いたと棗から連絡を貰った時も、これで俺に継がせたい等と言う話も消えたと思っていたのだ。
ところが、それ以降も親父と堂本組長のラブコールはずっと続いた…そして何度も電話して来ていた堂本組長が、とうとうアメリカ迄やって来て『皇輝が跡を継いだら、新宿の街はヤクに染まる。新宿を守る為には、お前が跡を継ぐしか道はない』そう言って、俺を口説き落とした。
覚悟を決めて帰国した俺に、当然の様に登紀子と皇輝親子は反発し、味方だと思っていた叔父で本部長の寺嶋忠迄が苦い顔をした。
「叔父貴は、賛成なのかと思った」
「そんな訳ないだろう…折角堅気の道を歩いているのに、態々こちら側に戻って来なくても…仕事、順調だったんだろう?」
「まぁね…それなりに、やり甲斐もあったし…だけど…堂本組長に、ヤクの話を持ち出された。新宿をヤクから守れって…散々言われたんだ…。それに俺が継がないと、組を解散させるみたいな事もチラ付かせてたしな」
「今年の始めに、新宿で大きな事件があった…聞いてるか?」
そう言って、叔父は事件のあらましを話してくれた。
堂本の本部長と製薬会社の社長が結託し、上海やロシアルートのヤクを扱おうとしていた…そして密かに作った合成麻薬を、独自ルートで捌こうとしていた事。
殺人や放火、誘拐事件迄起こした、大きな事件へと発展したらしい。
新しく今の組長になってから、ヤクから足を洗う方向に向かっていた堂本組は、この事件を機に一気にヤクの取り扱いを廃絶する方向へ傾いた。
しかし、シノギの大きなヤクから手を引くと言う事は、収入源が一気に減ってしまうという事…シノギが減ったからと言って、上納金が減る訳ではないのだ…当然、反発する組も出て来る。
堂本組の傘下に下ってはいるが、聖組は堂本組よりも歴史はずっと古く、江戸時代には既に四谷宿界隈を治めていた任侠の家柄だ。
時代の流れで嶋祢会に入り、昭和に入って急成長した堂本組と盃を交わし傘下に下った後も、先代組長、現組長共に信頼は厚く、堂本組の中でも絶大な発言力を持っていた。
そんな中で、親父はヤクに関して中立の立場を貫き通したのだ。
「自分達も扱った事があるからだろ?何も誉められた事じゃない!」
「違うぞ、夜…発言力のある兄貴が、堂本の中でどちらかに荷担すれば、組の内部分裂が必至だったからだ。堂本組内も、新宿界隈も…微妙なバランスで成り立っている。それを潰す訳には行かないんだ…それこそ、あちこちで抗争が始まってしまう」
「俺が継いで、廃絶派に荷担しても同じだろう?」
「トップがお前じゃ、他の組長達は然程騒ぎはしない…ただ、注目はされる…歴史ある聖組がどういう立場に立つのか…とな」
「又それか…」
うんざりしながら、俺は下らないと吐いた。
「指針は決まったのか?」
「あぁ」
「それじゃ、行こうか」
俺は叔父と一緒に組長室に向かった。
部屋の中には、組長である親父、若頭の真木、若頭補佐の皇輝、本部長補佐の棗が揃っていた。
「決心したんだな、夜?」
「あぁ…組の跡目は、俺が継ぐ」
「ちょっと待て、兄貴っ!?今更何言ってる!!」
「黙れ、皇輝…決まった事だ」
「何故だ!?兄貴は素人だ!この家業を嫌って出て行った兄貴なんかに、組の内部の事なんかわかりゃしねぇだろう!?」
「それは、お前も同じだろう?半年前に入った奴なんぞに、一体何がわかる!?」
「俺には、生まれながらに聖の血が流れてる!!」
お定まりの皇輝の血筋自慢に愛想が尽きていた俺は、冷たく言ってやった。
「…それが何だってんだ、皇輝?親父だって、聖の血なんて1滴も流れていない」
「…だから、俺が継がないといけないんだっ!!」
「はぁ?」
「俺が継いで…正統な血筋である俺が、組長になる必要があるんだ!!」
「ならば何故…学校を出て直ぐに組に入って修行して来なかった!?お前が組に入ったのは、跡目に指名された俺に組長の座が奪われると知った後だろうがっ!?」
「…」
「お前がきちんと修行して、変な奴等にそそのかされて、又ぞろヤクを扱うなんて言い出さなきゃ、スンナリお前の手に入ってたんだよ!上が廃絶させようって動いてんのに、何で反対派なんかと結託してるんだ!?こっちこそ、いい迷惑だっ!!」
「兄貴は、何もわかっちゃいねぇ…ヤクがどんだけの上がり持ってくんのか知らねぇだろ!?」
「それだけ、人の命を…新宿を汚してるのがわからないのか!?」
「兄貴はやっぱりわかっちゃいねぇ…俺は…俺は、聖組の為を思って!!」
俺達の言い争いに、親父が一喝した。
「ヤメロ、2人共!!皇輝…ヤクから手を引いて、三上の残党とも手を切るんだ」
「親父はいつもそうだ…俺達と然程変わらない堂本の親分に、そうやっていつまで尻尾振ってんだ?」
「…」
「歴史だって格だって、堂本なんかより聖の方がずっと上だ!聖が名乗りを上げれば、付いて来る組は幾らだって居るんだぜ?」
「皇輝…お前、堂本組と一戦交える積もりかっ!?」
居並ぶ全員の顔が引き攣り、頬を染め高揚し立ち上がった皇輝を見上げた。
「その為には、金がいる…ヤクを捌けば、手っ取り早く回収出来る…他に賛同してくれる組もあるんだ!今こそ堂本をぶっ潰して、聖組が頂点に立つ時なんだっ!!」
「馬鹿か、お前…」
呆れて俺がそう吐くと、皇輝は真っ赤になって吼えた。
「何だとっ!?」
「親父が何故お前を指名せず、堅気の仕事をしている俺を呼び戻したか…よぉくわかった」
「…」
「お前は、東京に血の雨を降らすつもりなのか?馬鹿馬鹿しい…例え堂本組を潰した所で、バックには嶋祢会が居るんだぞ?お前は、東日本の極道全部を相手にするつもりか?」
「堂本を殺れば、嶋祢会だって俺達を…」
「信用するとでも?お前だったら、上に牙を剥いた組を信用なんてするか?」
「…」
「そんな事、堅気で素人の俺でもわかる…お前達は皆、簀巻きにされて東京湾に浮かび、組は解散だな。だが…もしかしたら解散するのは聖組だけ、東京湾に浮かぶのは…お前だけかもな?」
「…どういう事だ?」
「お前は、お仲間に踊らされているだけかも知れないと言う事だ。それこそ、ご自慢の聖の歴史と格を利用して、お前を旗頭に祭り上げ…何かあった時には、旗の根元からポッキリと折って捨ててしまえっていうな…」
「…」
しんと静まる室内に、叔父が言葉を発した。
「夜…お前が組長になったら、どう運営していくか…指針を説明しなさい」
「俺は……聖組を、フロント企業にするつもりだ」
「!?」
「何だとっ!?」
一様に驚く面々を見渡し、俺は腹を括って説明を続ける。
「素人の俺に、今迄通りの組の運営は無理だ。だから、企業化して細分化する。店の経営、シマの管理、経理…後々は、色んな業種も会社に取り入れて経営して行く。その方が俺としても管理しやすいし、どんぶり勘定だった経費も削減出来る」
「お前の考えそうな事だな…」
「親父は、そうなる事を予想してたろ?俺に組長を継がせると決めた時から…」
「そうなのですか、組長!?」
「反対か、真木?」
「いえ…しかし…」
「忠は?」
「私は、反対しませんよ…」
「だろうな…棗は?」
「私個人としては、賛成です…が、組の連中に、会社務めってのが出来ますかね?」
「直ぐに完璧な体制は無理だろうな…だから、まず会社名にして…新しく専門職の人間を入れ、徐々に変えて行こうと思っている。本人達の適正もあるからな」
「なるほど…で、ヤクに関しては?」
「俺は廃絶派だ…だから、組からもヤクは一掃する。扱うのは勿論、使用も一切認めない。これは、決定事項だ!」
「同意しない者については、どうします?」
「跡目を継ぐに当たって、組員全員に通達する。会社組織にする事も、ヤクに関する事も…序に言うと、拳銃や違法賭博なんかも、一掃する。それに付いて来れないと言うなら…出て行って貰うしかない…」
「兄貴は、聖組を潰す気かっ!?」
「いや…俺の考えに賛同してくれる仲間じゃなければ、一緒にやって行けないって事だ。勿論、途中で退職するのも認める…本来、会社とはそういう物だ。だが、残った者は少数でも精鋭部隊になる。人数は、それから増やしていけばいい。当然だが、シマでそんな行為をする輩に関しても許さない」
「…なるほど…少数精鋭ね…いいんじゃないですか?」
棗がニヤリと笑いながら俺を見詰める。
「真木、お前には夜の教育を任せたい。幾ら企業化したからといって、堂本組傘下の極道には違いないからな。企業経営以外の面倒を見てやってくれ」
「承知致しました」
「忠には、企業経営のアドバイスを頼むといい」
「夜なら、問題ないと思いますよ」
「棗は…」
そう親父が言った時、横で皇輝が吼えた。
「冗談じゃねぇぞ!?ヤクも拳銃も違法賭博も禁止だぁ!?そんな夢物語が通用する程、この世界は甘くはねぇぞ!?大体、上納金はどうする?金になる物は全て廃止して、どうやって集めんだよっ!?」
「お前に心配して貰わなくても、その辺りは抜かりない…」
「だから、どうやって…」
「大丈夫なんだ、皇輝…金はちゃんと稼ぎ出す。ヤクなんかに手を染めなくても、金は稼げる…俺には、それが出来るんだ」
「…」
「勿論、何れは会社の経営で上納金を含め全ての経費が賄える様にして行く必要があるが…当座は、俺が何とか稼ぎ出す」
「…株か?」
「1日で何十億という金を動かして来たんだ…この組の上納金位は、軽く稼ぎ出すよ」
「という事だ…皇輝。夜、堂本組に挨拶に行く…支度しろ。他の者は解散だ」
ソファーから立ち上がったった時、背後で皇輝が叫ぶ。
「俺は認めねぇ!!何が会社だ!!伝統ある聖組を、舐めてんのかっ!?」
そう言って、皇輝はポケットからナイフを取り出した。
「止めて下さい、皇輝さん!」
「煩い、真木!!…兄貴は、聖組を愚弄してるんだぞ!?聖の血を一滴も継いでいない、汚れた毛唐の血を受け継いだ兄貴には、聖組への愛情なんか欠片もねぇんだ!!大体兄貴は、ヤク中の女と叔父貴の間に出来た息子じゃねぇか?そんな奴が組長だなんて、笑わせるぜ!!」
「何だとっ!?」
俺はポケットからバタフライナイフを出すと、手の内で操って構えた。
その途端、叔父が俺と皇輝の間に割って入り、俺の構えたナイフの刃を左手で握り締め、右手で俺を抱き締めたのだ。
「止めろ、夜…皇輝の挑発に乗るんじゃない!」
「…叔父貴」
俺の目は、ナイフの刃を握り締めた叔父の左手に釘付けになった…赤い鮮血が、ナイフの柄を伝い、俺の手と床を濡らす…。
「お前がここで皇輝を傷付ける訳には行かないんだ!!わかるだ……ろ…」
話していた叔父の言葉が途切れ、躰毎体重を俺に預ける…耳元で吐かれる息…叔父の躰を通して伝わる震動…。
「叔父貴ッ!?」
「皇輝っ!!」
棗が皇輝を後ろから羽交い締めにした時には、叔父の躰は完全に俺の腕に倒れ込んでいた。
「皇輝っ…テッメェッ!!」
怒罵する俺に、皇輝はせせら笑い言い放つ。
「目の前の人間1人守れねぇ男に、一体何が出来るんだ、兄貴!?所詮、兄貴は守られてるだけの甘ちゃんだって事だ!!」
「何だとっ!?」
立ち上がろうとする俺の袖を、叔父が必死に掴む。
「…堪えろ…夜……怒りに…流されるな……経営と同じ…冷静に…見極め…」
「叔父貴!?」
「…新宿を…組を…頼む…」
「叔父貴ッ!!」
腕の中で絶命した叔父の躰を抱き締め、俺は声を押し殺して怒りを鎮め、組長としての命令を発した。
「棗!皇輝を縛り上げて見張って置け!!皇輝…お前には、組を抜けて貰う」
「何だと!?」
「お前の沙汰は、堂本組長に決めて貰う…大人しく待っているがいい!!」




