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天使は銀狐に囚われて  作者: Shellie May
29/40

第29話

「さっきは本当にビックリしたぞ!?しずかさん裏切って口説くのが、まさか男とはな…」

ゲラゲラと笑う松浪組長の(さかずき)に、俺は苦笑しながら(しゃく)をした。

「しかし…初めて見たが、噂通りのいい腕だな、聖?」

「恐れ入ります」

「いゃ、親父…あんなもんじゃありませんよ。コイツは…()ぶんです」

()ぶって…見た事があるのか?」

「あの時は、本当にそう思った…月光を浴びた銀狐(ぎんこ)が、薄笑いを浮かべて()びながら売人(ばいにん)を倒し、売人の持っていたヤクを()き散らす…野郎が(たたか)う姿を見て、美しいと初めて思いました。その頃から、俺はコイツが欲しくて(たま)らなくなった…」

(えら)く惚れ込まれたな、聖?」

「…初耳です。いつご覧になったのですか?」

「ん?10年以上昔になるか…お前の親父に聞いたら、自慢の息子だと言われた。ご所望(しょもう)なら差し上げるが、この生業(なりわい)を嫌っているので、ご自分で落として下さいとその時に言われてな」

驚いた…そんな昔から…。

「で、口説き落とされたってか、聖!?やっぱり、お前…組長の愛人だな!」

そう言って笑う松浪組長に、堂本組長と森田さん迄もが笑った。

ピリピリという着信音に、森田さんが廊下に出て行く。

何か進展があったのだろうか…。

桐生会長の電話に出た松島から、皇輝(こうき)と萌奈美は桐生会の2次団体の所有する、大黒埠頭(だいこくふとう)近くのマンションに居るとの情報を得た。

直ぐに警察に連絡し、堂本の人間も数人現場に向かったのだが…。

「組長、マンションは…(もぬけ)(から)だったそうです」

「ガセだってか?」

「いぇ…サツの鑑識(かんしき)が入り調べた所、その場に居たのは間違いない様です」

「チッ…移動したってか…」

堂本組長が悪態を吐いた時、(ふすま)の向こうから声が掛かった。

「失礼致します…聖さんに、会社からお電話なんですが…」

「何だ、お前…電源切りっぱなしだったのか?」

「申し訳ありません」

そう断って電話に出ると、いきなり棗に怒鳴られた。

「何してる、セイヤ!?」

「済まない…何かあったか?」

「何かあったかじゃねぇぞ!!お嬢ちゃんの発信機が、動き出した!」

「何だとっ!?」

「警備から連絡が入って俺が駆け付けた時には、警備の奴等(やつら)とサツと、それと弁護士の代理人だって言う…とんでもない人物が三つ巴で争ってて…」

「何があったんだ!?」

「何せ、不味いんだって…その人がサツを殴り付けて、今そっちに向かった!!不味いぞ、セイヤ…抗争(こうそう)になりかねねぇ!!」

「はぁ!?お前、何言って…」

俺が棗と電話口で言い争っていると、玄関の方からワァワァという騒ぎが聞こえ、一気に場が緊張した。

「組長っ!!大変です!!」

「何だ、騒がしい!」

出入(でい)りですっ!!」

「何だとっ!?」

「違うっつってんだろうがっ!!鬱陶(うっとう)しいっ!!」

いきなり現れた大柄な男性に、座敷の面々が一様に目を()いた。

「いょう…久し振りだな、堂本?」

(しば)っ!?テメェ、何しに来やがった!?」

ニヤニヤと笑いながら対峙(たいじ)する2人に、森田さんが廊下で物騒(ぶっそう)な物をちらつかせる奴等を制して下がらせた。

「仕事だ、仕事…」

「何でも屋のか?」

「調査会社と言ってくれ…今日は、弁護士の連城さんの代理で来たんだよ」

「仁のか!?佐久間(さくま)の弟が、仁とどういう関係がある!?」

驚く松浪組長に、森田さんが説明をする。

「連城さんは、(さかき)の事件の折りに、柴さんの奥方を助けられたのです。その後、仕事をご一緒される関係になったと伺っております」

そうかと納得する松浪組長に一礼すると、彼は俺に向き直りニヤリと笑った。

「久し振りだな、ナイト?」

「…ご無沙汰しております『ファング』」

「何だ?お前達も顔見知りか?」

「こいつがまだ中坊の頃からな…」

「ウチの警備会社にいらしたのは『ファング』でしたか」

「棗が血相変えてたぞ…それはそうと、仕事の話だ。お前の探してる娘の発信機から、信号が出だした。イヤリング型で、一対になってる代物(しろもの)らしいな?」

「はい。片方で3時間しかバッテリーが持たないそうです。昨日は3台発信機が起動してました。内2台はサツが回収してます。今又起動始めたという事は、萌奈美は無事だという事ですね!?」

「…起動を始めて、3時間…ここに来る直前に信号が途切れた。大黒埠頭から高速に乗って…新宿に戻ったらしいが…警察が信用しなくてな」

「どういう事です!?」

「大黒埠頭近くのマンションにガサ入れに行って、結局空振りで帰って来たしな…管轄外(かんかつがい)で、神奈川県警とかなり()めたらしい。信号を追った先が新宿だってんで、警察じゃ頭からフェイクだと思い込んで動かねぇんだ」

「…」

「刑事課も組対(そたい)も、課長と主任がキャリアのガチガチでな…失敗怖がって、動きやがらねぇ。お前の会社で、人質の安全優先で動きやがれって現場の同期をぶん殴って、先に見付けてやるって啖呵(たんか)切って出て来たんだ」

「オメェ…そんなんだからサツを辞める羽目(はめ)になったんだろうが!?」

(うる)せぇ!テメェに言われたくねぇんだよっ!!」

堂本組長に向かって()える柴さんが、俺に向き直って言った。

「信号が途切れたのは、ここから目と鼻の先だ…次に移動されたら、本当に行方(ゆくえ)がわからなくなっちまう。行くぞ、ナイト!!」

「はいっ!!」

「待て、聖!!お前は、動くなと言った筈だ!」

「しかしっ!?」

「動くな…お前は、ここで待機しろ!」

「…ッ…」

「何言ってんだ、堂本ぉ!?お前、もし…しずかが同じ立場だったら、何を置いても駆け付けるだろうがぁっ!?」

「そうだっ!!そして、拉致した奴等を切り刻む…絶対に許しちゃ置けねぇ!!」

「なら…」

「馬鹿か、テメェはっ!?だから聖を行かせられねぇんだろうがっ!!今、聖に皇輝(こうき)を会わせて見ろ…コイツは、確実に皇輝(こうき)を殺っちまう!!」

「…」

「聖は俺と似てる…だからわかる…。もしも俺が同じ立場だったら、森田が俺に殺されるのを覚悟で止めるだろうよ。だがな…聖の周りには若い奴等ばかりで、まだそうやって止める奴が育ってねぇ!!まだ時間が足りねぇんだよ!!コイツは、俺が惚れ込んで口説き落とした、ウチの隠し玉だ!サツなんかに持って行かれて(たま)るか!?だから俺が守る!!文句あるかっ!?」

胸が痛い程の想いが…熱い想いが…(あふ)れる…。

逃げ回っていた俺に…ヤクザの世界を嫌って、組を解散させようとしていた俺に…こんなにも熱い想いを寄せて育ててくれようとしている人がいる…。

俺は…初めて、この人の想いに応えたいと思った。

…そう、俺なりの方法で…。

堂本組長の前に進み出ると、俺は三つ指を付いて頭を下げた。

「有難うございます…そんなにも想って頂いていたとは…正直思いませんでした」

「…」

「しかし…やはり迎えに行ってやりたいと思います」

「…聖」

「私しか頼る者のいない娘です。私は、彼女の帰る場所すら奪ってしまった…何があっても、守ってやらなければなりません」

「…」

「コレは、堂本組長にお預け致します」

俺はポケットからバタフライナイフを取り出すと、堂本組長の前に置いた。

「申し訳ありません」

「…親が子供を守るのは道理だろう?俺達の家業では尚更(なおさら)にな…」

「有難うございます」

「同じ様に、お前も子供達を守らなくちゃならねぇ…今、お前がサツなんかに捕まれば、聖組は解散するしかねぇぞ…わかってるな?」

「承知致しております」

「ならいい…子狐を救い出して、俺の所に連れて来い」

「有難うございます」

俺は堂本組長に深々と頭を下げ、柴さんと共に屋敷を出た。



…気持ち悪い…胃がひっくり返る様な感覚に、私は胃液を吐いた。

耳元に聞こえるゴウゴウという音も、光が撹拌(かくはん)される様にチカチカと(またた)くのも、世界が(ゆが)んでしまった様にしか思えないこの視界も…全て麻薬によって引き起こされた現象だ!

ブンブンと振り回される様な感覚も、この頭痛も吐き気も、全身の毛穴が全て広がった様なゾワゾワとした感覚も、麻薬によって過敏(かびん)になった躰が反応しているだけだ!!

正気を保つ為に噛み締めている唇と口内は血塗(ちまみ)れになり、滝の様に流れる汗に、水分を欲して(のど)がヒリ付く…。

「詰まんねえ女だな…叫び声ひとつ上げやがらねぇ」

「…そりゃどうも」

(しか)もダウナーにしかならねぇって、どうよ?お前、不感症か?」

「…大きなお世話」

「それとも、まだ足りねぇのか?コレは『HDS』って言ってな…三上組が扱おうとしてた『ヘブンズ・ドア』を改良して経口タイプにした合成麻薬で、今じゃハマで人気のセックス・ドラッグだ」

そう言って、皇輝は私の口を()じ開け、5錠目の麻薬を私に飲ませた。

口の中の唾液でサッと溶ける麻薬に、又新たな吐き気を(もよお)す。

「…最低!」

「最高の間違いだろ?のぞみは、これがないと生きて行けない程()まってるぜ?多分、これがないと()けない程にな」

そう言って、馬鹿にした様に笑う。

「…やっぱり…最低よ、貴方…」

「俺よか、兄貴の方が余程最低だろうが?」

「何言ってんの?貴方みたいな人間と、比べんじゃないわよっ!」

「興奮すると、回りが早いぜ?お前、熱もあるみてぇだしな…」

スルリと首筋を()でられ、ゾワリとした感触に吐き気を(もよお)して、(から)えずく。

「…何だ、お前…知らねぇのか?」

「…何が?」

フフンと鼻を鳴らしすと、皇輝(こうき)は勝ち誇った様に笑う。

「俺なんか可愛いもんだ…ヤクを扱う位が、関の山だからな」

「…私の事…殺そうとしてる癖に!」

「俺は依頼しただけだ…木田は失敗したがな」

「…」

「今度は、お前自身に引導(いんどう)渡して貰う…詰まりは、自殺して貰うって事だ」

卑怯(ひきょう)な奴!」

「だがな…実際に手に懸けるよりはましだろう?兄貴みたいにな…」

「!?」

何言ってるの、この人…頭、可笑しいんじゃないの!?

「兄貴はな…お前の恋人は、卑怯(ひきょう)な人殺しだ」

「…嘘よ」

「本当の事だ…親父も真木も、棗だって知ってる。(しか)も殺したのは、テメェが一番信頼していた叔父だって言うのが笑えるじゃねぇか!?」

「…叔父って…大学教授してた…寺嶋って人?」

「なんだ、知ってるじゃねぇか!?兄貴は跡目を継ぐ時…その叔父貴(おじき)を殺した……本当は、父親かも知れねぇのにな!?」

どうだと言わんばかりに笑う皇輝を見て…私は…込み上げる笑いを押さえられなかった。

「何笑ってんだっ、このアマッ!?」

「だって…馬鹿馬鹿しい…」

「何だとっ!?」

「聖さんは貴方みたいな卑怯者(ひきょうもの)じゃないよ!自分が罪を犯してたら、キチンと自首するだろうし、どんなに秘密にしておかなければならない事でも、自分が犯した罪なら私に話す筈!()してや、寺嶋さんがお父さんって!?あり得ない!!」

「何故だっ!?」

不義(ふぎ)の子って事でしょ?なら聖組なんて絶対に継がないし、お母さんの事だって叔父さんの事だって(うら)む筈だもん。聖さんは、寺嶋組の人達もちゃんと引き受けて、社員として面倒見てるし…上納金(じょうのうきん)って言うの?それも払ってる筈だよ?それに自殺したお母さんの事も…昔から愛してるしねっ!!」

「…」

「貴方みたいな人の言う事、私が信じる筈ないのよ!!お生憎様(あいにくさま)っ!!」

「クソッ!!」

そう言うと皇輝(こうき)はナイフを投げ捨てて私にのし掛かり、着ている物を引き裂いた。

「何すんのっ!?」

「せめてもの嫌がらせだ…観念しなっ!!」

躰中を(まさぐ)る手に、吹き掛かる息に、悪寒(おかん)が走る。

「容姿も性格も悪いわ、不感症だわ…いい所1つもないけどな…それでも兄貴の女なんだ!お前にも、兄貴にも、最高の嫌がらせだろ!」

「止めてよっ!気持ち悪いっ!!近松さんだって居るのよっ!?」

「のぞみは平気さ…俺のする事に、文句なんて言わねぇ…残念だったな…最後に抱かれるのが兄貴じゃなくて…」

素肌を辿(たど)る掌の感触に、嫌な汗が吹き出る。

気持ち悪い…嫌だ…嫌……感覚を切れ…全ての感覚を切ってしまえ!!

視覚も、聴覚も、触覚も、嗅覚も、味覚も…全てを切って…何も感じなくすればいい…。

沸き上がろうとする子宮の(うず)きも、胸の痛みも、感情も、心臓さへも…全て…。

沈み行く意識の中、のし掛かる皇輝(こうき)の体重と振動、ヌルリとした感触に血の匂い。

そして、ポタリと落とされる熱い滴と、私の涙が溶け合った。

「…聖…さん…」

最後の声は、言葉になっただろうか?

出来るならもう一度…その腕に抱き締めて貰いたかった…。

耳元の皇輝(こうき)悪態(あくたい)と絹を()く様な悲鳴を聞きながら、私は…闇に飲み込まれた。




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