第28話
「どういう事だ!?」
顔色を変えて詰め寄る木田に、私は事もなげに言い放った。
「ヤクザに呼び出されて、私が何もせずにノコノコやって来ると思うの?発信機も見付けたんでしょ?」
「…」
「ホテルを出る時にも、警察に連絡して貰う様にお願いしたし…今頃血眼で私の事探してると思うよ?防犯カメラだってあるだろうしね」
木田の顔が歪むのを見てニヤリと笑うと、私は年配の松島に向かって言った。
「私を誘拐して、貴方達に何かメリットあるの?」
「…」
「私は、聖さんの弟の皇輝さんの名前しか警察に話してないけど?」
「取引きしようと言うのか?」
「って言うか…警察が筑波組も捜索してると思うよ?」
「何だと!?」
「貴方達に捕まってた吉村太一君が、暗号メールで私に知らせてくれたの…筑波組と皇輝さんが手を結んでるって」
「…」
「太一君が解放されたって連絡貰った時、直ぐに堂本組長さんのお宅に行く様に言ったから…今頃聖さんにも森田さんにも、全部話しちゃってると思うよ?」
「…どうしますか、松島さん!?確かにこの娘、吉村に電話で堂本って家に行く様に言って…」
「馬鹿野郎!!何故直ぐに言わなかった!?」
「済みませんっ…まさか、こんな小娘が…上の人間と知り合いだとは思わなくて…」
「堂本組長さんとは面識無いよ…森田さんとは会った事あるけどね」
「…皇輝さんに連絡しろ!!」
「へぃ!!」
木田があたふたと電話を掛けるのを横目に、私は悠然とした風を装った。
「で、助けてくれる気はない?」
「何だと?」
「だって…警察からも、ヤクザの人達からも追われる事になった訳でしょ?」
「何故俺達が、組から追われなきゃならない?」
「…私を誘拐した理由って…麻薬絡みで、Saint興業を乗っ取ろうとしたからなんじゃないの?それで、私が邪魔だったんでしょ?」
「…何故知っている?」
「あのさぁ…私、半年近くヤクザの人達と一緒に生活して来たんだよ?色々話だって聞くし、それに近松のぞみさんだって乗り込んで来たしねぇ」
「…」
「堂本組の組長さんが、自分の傘下の組から麻薬廃絶させようとしてるんでしょ?三上組って、それで潰れた組だよね?」
苦虫を噛み潰した様な松島が何かを言おうとした時、電話を終えた木田が焦った様な声を上げた。
「松島さんっ!その小娘の言う通り、聖の本家や近松不動産にもサツの手が入ったそうです!多分、筑波組や桐生会にも…」
「落ち着け、木田っ!!」
「しかしっ!?」
「いい事、教えて上げよっか?」
「…何だ?」
「2人共さぁ、警察に自首すればいいんじゃない?」
「何だとっ!?」
「だってさ…主犯は、皇輝さんって人なんでしょ?2人共皇輝さんの命令を聞いただけ…私、別に手荒な事もされてないし…眠らされただけで、食べ物も与えて貰ってるしね」
「だが、俺はお前を拉致して…」
少し不安気な様子を見せる木田という人物に、私は笑顔で言った。
「だって、無理やりじゃなかったでしょ?私は皇輝さんに脅されて、納得して貴方に同行したんだよ?それはホテルの人も見てるし、防犯カメラにも映ってるしね」
「…そうか…そうだよな…」
「木田っ!?ビビるんじゃない!!」
「だけど、松島さん…」
「第一、お前は…」
「…」
気まずそうに黙り込む2人に、私は尚も畳み込む。
「動いてるのって、警察だけじゃないと思うよ…きっと、聖さんも森田さんも…堂本組って所の人も動いてるんじゃないの?」
「…」
「松島さん、三上組だったなら…殺されちゃうかもよ?2度目はない…とか言われてさ」
「…」
「よくわかんないけど…ヤクザって、掟やぶり許して貰えないって、聖さんの会社の人達言ってたし。事務所に貼り紙されるんでしょ?」
「…回状の事か?」
「一杯貼ってあったもん…掟やぶったら、アレが回って来るんだってね?堂本組長さんって気が短くて、物凄く怖い人だって聞いた…殺されちゃう事も…あるんじゃないの?」
「そんな事を話してたのか、聖の身内は…」
「言わないよ、何も…でも、何も言わないからわかるんだよ。やっぱりヤクザなんだなって思ったけどね」
「…」
「警察に逃げ込めばいいんだよ…そうしたら、殺されずに済むんじゃない?」
「そんな事…」
「私が無事に助かったら、警察に証言して上げるよ」
「…松島さん」
「何だ!?」
「その…皇輝さんが…小娘を連れて来いと…」
「……わかった」
「遠くに行くの?」
「…何でだ?」
「私、車って酔うからさ…あんまり好きじゃないんだよね…」
「…1時間位、我慢しろ!」
その後、もう一度トイレに行かせて貰い、私は左耳のイヤリングの発信機を起動させた。
1時間で到着する場所なら、新しい監禁場所で2時間は信号を出し続ける筈だ…きっと、警備会社の人達が気付いてくれる…。
車に押し込まれ、手荒な事をしない相手に少し安心しながら、車に酔った振りをして大人しく車窓を見ていた。
監禁されていた場所は、海に近いマンションだった。
高速に乗る辺りの標識に大黒埠頭の名前があった時には、思わず笑いが込み上げて、何だと松島に睨まれた。
…やっぱり太一君と同じ場所に監禁されてたのか…じゃあ、何で警察が来ないの?
さっきの電話では、警察が動いてる口振りだったけど…ちゃんと、太一君が大黒埠頭辺りに監禁されてるって教えてやったのに…本当に警察って、当てにならない!!
運転している木田の携帯が鳴り、松島が受け取って電話に出る。
しばらく声を潜めて話していたが、会話の中に『大黒埠頭のマンション』という言葉が聞こえた。
「おぃ、小娘を皇輝さんに渡したら、俺達はずらかるぞ!」
「何かありましたか!?」
「会長が堂本にバレて堕ちた…皇輝さんに…赤文字が出たそうだ。下手すりゃ本当に消されるぞ!!」
「マジですか!?」
「…赤文字って、何?」
聞いた事のない言葉に思わず尋ねると、チラリと私を睨んで松島は言った。
「赤文字って言うのはな…破門状だ。然も復帰の出来ない、永久破門だ」
「…ふぅん…で、どうするの?逃げ切れるの?」
「…」
「警察に行くなら、一緒に連れて行ってよ」
「…駄目だ」
「何で?行くんでしょ、警察…」
「だとしても、お前を連れては行けない。俺達は皇輝さんに、お前を連れて行くと約束したからな」
「…」
「俺達の世界では、一度交わした約定は絶対なんだ…覚えとくんだな」
「それで、嘘付いたって言うの?」
「あん?」
「さっき電話で、『大黒埠頭のマンション』って言ってたでしょ?」
「…時間稼ぎだ」
「成程ね…約束は絶対だけど、嘘付くのはいいんだ…」
「…殴られたいのか?」
「遠慮するわ」
「…」
大黒埠頭から東京方面に高速を走っていた車は、新宿出入口で高速を降りた…目の前に都庁舎ビルが高々とそびえ立つ。
…又、何と間抜けな奴等なんだろう!?
警察にも堂本組にもバレていると承知しているのに、何故新宿に戻るという発想が出来るのか…?
「皇輝さんって…堂本組に破門されたって…知ってるの?」
「多分知らんだろうな…俺達も知らせる気はない。もし知れたら…お前、確実に消されるぞ」
「…ふぅん」
「命が惜しかったら、黙っとけ」
「じゃあさ…警察に行ったら、今から行く場所の情報、ちゃんと話してよ!」
「…」
「行くんでしょ?」
「…気が向いたらな」
「堂本組長さんに殺される前に、行った方がいいと思うよ」
「…」
「…宜しくね」
高層ビル群を通り抜け、グルグルと細かい道を走り着いた場所は、錆びた門扉のある高架下の小さな作業所だった。
「降りろ」
肩を掴まれて作業所に入る…ガランと人気のない半分倉庫の様な場所に、ひっきりなしに通る電車の音が煩い。
「ようやく、お出ましだな」
そう言って迎えた男女を、私は睨み付けた。
「はじめまして…だな、桜井萌奈美」
「呼び捨ては止めてって言ったわ!!」
「相変わらず、敵意剥き出しだな。おい、コレでそこの柱に繋げ」
木田は眉を寄せたが、松島が頷くのを見て渋々皇輝から手錠を受け取り、私を後ろ手に柱に繋いだ。
「…皇輝さん、俺達会長に呼び出し食らってますんで…これで失礼します」
「…そうか。又、連絡する」
「へぃ…それじゃ…」
松島は悠然と、木田は少し媚びる様な笑みを浮かべて作業所を後にした。
「改めて自己紹介と行こうか…俺が聖皇輝だ」
「…本当に、聖さんの弟なの?」
ピクリと皇輝のこめかみが引き攣り、片眉が上がる。
思わず尋ねてしまったが、不味かったかな…だがそう尋ねてしまう程、聖さんと皇輝の容姿は違い過ぎていた。
細身だが均整の取れた躰に、ハーフの割に日本人的な顔立ちで、色白のイケメンの聖さんに比べ、ずんぐりとして野暮ったい容姿に、派手なイタリアンスーツにビックリする様なストライプのシャツを着て、アスコット・スカーフを巻き、真っ白なストールに葉巻って…笑ってしまう様なコテコテのスタイルだ。
後ろの日本人形の様な近松さんと、凡そ釣り合わない…近松さんは、何故こんな男が好きなんだろうと思ってしまう。
「…何が言いたい?」
「…別に…余り似てないと思って」
「…」
口の端を引き攣る様な笑みを浮かべると、皇輝はフンと鼻を鳴らした。
「兄貴には、正統な聖の血は一滴も流れてねぇからな」
「それって、そんなに大切な事?」
「当たり前だろう!!」
「そう?でも貴方のお兄さん、立派に社長さん務めてるじゃない」
「あんなもん…極道の風上にも置けねぇ!」
「じゃあ貴方は、さぞやご立派な社長になられるんでしょうね?」
「当たり前だ!」
「ばっかじゃないのっ!?」
「何だと!?」
「本気でそんな事思ってるんじゃないでしょうね!?貴方なんかが会社継いだら、直ぐに潰れちゃうわよ!!」
「お前なんぞに、何がわかる!?」
吼え合う私達に、近松さんは目を丸くして立ち尽くした。
「わかるわよ!少なくとも、貴方なんかよりはわかってると思うわ!貴方…自分が正統な血を継いでるからって、それだけで会社の経営出来るとでも思ってんの!?」
「会社じゃねぇ!!聖組だっ!!」
「組だって同じ事よ!先代の…お父さんが、何で貴方に跡を継がさなかったか…考えた事ある!?若頭補佐っての迄なってたのにっ!?」
「煩い!!」
「堂本組長さんが、麻薬廃絶しようとしてるのに反対したのもあるのかもしれないけど…貴方自身に原因があったって…組長の器じゃなかったって思わない訳!?」
「煩いっ!!」
そう言うと、しこたま殴る蹴るの暴力を振るわれ…私は胃の中の物を残らず吐いた。
「思い知ったか!」
「…やっぱり…馬鹿よ、貴方…」
「…」
「小娘1人黙らせるのに…暴力しか使えない奴に、組長なんて務まる訳ない!!」
「…」
「そんなんで、命懸けて付いて来てくれる仲間なんていない!!」
「…」
「太一君が言ってた…組長と子分は、血の絆より深い物で繋がれているんだって!!自分は、いつでも社長や棗さんの為に死ねるって!でも2人共、絶対にそんな事を望んでないって!…俺達は、みんな家族なんだって言ったわ!!」
「それがどうした?」
「貴方に、そんな風に言ってくれる人…居る?」
「組長になったら…」
「どこまでもお目出度い人ね!?組長になりさえすれば、人が付いて来てくれるとでも、本気で思ってんの!?」
「…」
「逆よ…付いて行きたいと思える人が…上に立つんでしょうよ!」
「利いた風な口を叩く…」
「…女1人幸せに出来ない貴方に、言われたかないわ!!」
「…」
「自分を強姦した男を本気で思ってくれる人なんて、そうはいない!!そんな相手を…自分の野心の為に利用しようとしたのよ!?しかも自分の子供を宿してるのよ!?男として、恥ずかしくないの!?」
「…のぞみも、納得している事だ」
「やっぱり馬鹿よ!!本気で納得なんてする訳ないでしょうが!?」
「…煩い」
「貴方みたいな人をね、男の風上にも置けないって言うのよっ!!」
「本当に煩い奴だな」
皇輝はそう言うと、私にナイフを突き付けると、口を無理やり抉じ開けると、白い錠剤を押し込んだ。
「何っ!?」
「これで、少し大人しくなるか…いゃ…かえって煩くなるかもな?だが、ここじゃ泣き叫んでも誰も来ねぇ。よぉく味わいな」
悪魔の様な皇輝の笑顔を見上げた私の心臓が、ドクンと波打った。




