第27話
実際に萌奈美の捜索に当たったのは、刑事課だった…が、暴力団が絡んでの事件という事で、別動隊として組織犯罪対策課が聖本家や新宿の事務所、北新宿の事務所、近松不動産等を捜索した。
聖登紀子は、息子の行方を知らぬ存ぜぬと言い通し、近松家の面々もそれに習った。
萌奈美が行方を眩ましてから丸1日…3方向に散った発信機の行方を探っていた警察は、比較的大きく信号を出し続けていた2台の発信機が放置されているのを発見していた。
しかし、一番小さな発信機の電波は途絶え、萌奈美の行方もわからない。
警察は、聖家の所有する不動産や賃貸物件、関連性のある場所をしらみ潰しに探している。
自分達は関係ないと言い張っていた筑波組長や桐生会長も、太一が堂本組長の屋敷に逃げ込み、筑波組の坂下という構成員に拉致された事を警察に報告し、『St.Valentine』で皇輝と同席していた事実を突き付けられ、家宅捜索と事情聴取を受けた様だ。
今は、俺自身が捜索に加わる事を堂本組長に封じられ、こっそり動いている棗や社員達の報告を事務所で待っている状態だ。
見つかっていない3つ目の超小型の発信機は、多分バッテリーが切れてしまったのだろうと警備会社から報告があったが、まだ萌奈美が身に着けている可能性を信じ、社員達が電波が途切れた場所を中心に捜索してる。
社長室でまんじりともしないで夜を明かした俺の元に、ノックと共に1人の男が姿を現した。
「…若」
「真木!?お前、何で…」
「堂本組長の命令で、若の手助けをしろと…」
「…そうか」
「先程、私の知りうる限りの情報を、棗に連絡して置きました。それと…」
「何だ?」
「堂本組長が、お呼びです…こちらには、私が詰めます。何か情報が入りましたら、直ぐにご連絡致しますので…」
「わかった」
席を立つ俺の背に、真木が気遣う様に声を掛ける。
「若…お嬢さんは、きっと元気でお戻りになります」
「…」
何も言わずに頷くと、俺は百人町に向かった。
堂本組長宅で通された座敷には、数人の先客が膳を前に緊張した面持ちで座っていたが、入室した俺の姿に堂本組長と森田さん、そして相談役の松浪組長を除いた2名が顔色を変えた。
「遅いじゃねぇか、聖…一番の若輩者が、お歴々を待たせんじゃねぇよ!」
「…申し訳ありません」
「罰として、皆に酌して回れ…本来なら綺麗なベベ着させて、女の形して酌をさせたい所だがなぁ」
控え目な笑いがまばらに起こる。
「…失礼致します…堂本組長、どうぞ…」
堂本組長の前に置かれた銚子を手に酌をしようとすると、ニヤリと笑いながら盃を持つ反対の手で俺の頬をスルリと撫で、からかう様な声で瞠目する俺に言った。
「ホントに男にしとくにゃ惜しい美貌だな…」
「…組長…」
首の後ろに手を回されグイと引き寄せると、堂本組長は皆に聞こえる様に俺を誘う。
「どうだ、聖…俺の女にならねぇか?」
「!?」
驚く俺のポケットで、携帯のバイブが揺れた。
「無粋な奴だな…切っとけよ…」
「…申し訳ありません」
「切る前に、出てもいいぜ?」
堂本組長に半分抱かれる様な体勢でフリップを開けると、森田さんからのメール…。
『堪えて、芝居に合わせろ』
芝居に!?
どういう事だ…?
携帯の電源を落として堂本組長を見上げると、ニヤリと笑って顎を引き上げられる。
「…どうだ、聖?」
「……ご随意に」
「可愛い事言うじゃねぇか……お前ぇ、今晩付き合え…」
ニッコリと微笑む俺と堂本組長の会話を、素知らぬ顔で俯く森田さん以外の面々がポカンと見詰めていた。
ようやく離された腕にもう一度微笑み、松浪組長に酌をして回る。
「…おい、聖…お前ぇ…ソッチの気があったのか!?」
「いぇ…ですが、堂本組長の命令は絶対ですので…」
「…」
微妙な顔をする松浪組長と、素知らぬ顔をする森田さんに酌をして、筑波組長、桐生会長の引き攣りながらも寄せる好奇な眼差しに、ニッコリと微笑んで堪えた。
「いい心構えだと思わねぇか…なぁ、森田!?」
「…御意」
「さて、今日集まって貰った理由はわかってるだろうな!?」
「…いぇ」
「何かありましたか…ウチのシマでは何も…」
そう言い訳する筑波組と桐生会の代表に、森田さんがぞっとする程冷たい声を掛けた。
「…サツに家宅捜索に入られたそうだな…然も、探されたのはヤクと、堅気の娘だそうだが?」
「それは…」
「…何か出て押収されたり、引っ張られた人間が居るのではないだろうな!?」
「…」
「こちらへの報告では、筑波組の坂下という男、桐生会では木田という男の行方を捜索してるらしいが?」
「それは…奴等が勝手に…」
「ホゥ…子供の責任は、親にあるんじゃねぇのか?」
「…」
「オッと、忘れねぇ内に…明日他の組には送るんだが…お前達には、今渡して置く…森田」
「…はい」
森田さんがそれぞれの組長の前に、堂本組の代紋の入った紙を配った。
『破門状』と銘を打った紙の中央には、赤字で皇輝の名前が書かれてあり、『右の者、今後一切の交際を禁じる』との添え書きと、堂本組長の名前と花押が入っている。
「組長、これはっ!?」
声を上げたのは、俺ではなく筑波組長だ。
「破門状だ」
「そんな…赤文字なんてっ!?」
ヤクザの破門や義理事を各組に通知する回状には種類があり、破門状もそのひとつだ。
掟に背き破門されると出される破門状には2種類あり、黒字で名前を書かれる『黒字破門』は、時間が経てば組に復帰出来る可能性がある。
しかし赤文字で書かれた『赤字破門』は、2度と復帰出来る事はない…文字通り、ヤクザの世界からの永久追放を意味する。
「皇輝の奴…聖の会社の乗っ取りや、ヤクにも手を出してるっていう噂もあったが…素人の堅気の娘を呼び出して監禁する騒ぎ起こしちゃなぁ…それに、度々その娘の命迄狙ってたそうじゃねぇか」
「堅気に手ぇ出してたのかっ!?そりゃキチンと仕置きが必要だ!!」
松浪組長が、腕を組んで俺を睨み付ける。
「そう言う事だ、聖…反論あるか?」
「いぇ…愚弟の不始末、如何ともし難く…如何様なご処分も覚悟の上です」
「…お前ぇには、その躰で払って貰う」
「承知致しました」
俺の平伏した姿に、残る2人が震え上がる。
「所で筑波…お前ん所の娘と皇輝、婚約したんだってなぁ?」
「あ…いぇ…」
「違うのか?お前の自宅に、聖本家の立派な結納の品があったそうだぜ?」
「…それは」
「目出てぇ話じゃねぇか…お前の所は1人娘だしなぁ…立派な跡取りだ。それに聖に皇輝の女押し付けて、聖のシマも手に入れる算段だったんだってなぁ?」
「その様な事は、一切…」
「可笑しいな…お前ぇの組の者から聞いた話だぜ?ガセだってか?」
スパンと下手の障子が開き、庭先に血達磨になった男が倒れていた。
「お喋りな手下を持つと苦労するなぁ、筑波ょ…いゃ、苦労させられるのは手下の方か?」
「…」
「コイツなぁ…ヤク迄所持しててなぁ…然も自分用じゃなく、売人に捌くヤクを持ってやがった」
「…クッ」
「何と驚く事に、三上組の松島から請け負ったって言うじゃねぇか…」
松島の名前が出た途端に、桐生会長の顔が引き攣って歪んだ。
「ウチは、何も存じません!!」
「見苦しいぞ、桐生!!」
縋る様な声を出す桐生会長に、森田さんが一喝する。
「松島は、お前の所で預かっているそうだな!?」
「ま…松島がっ、勝手に居座っているだけで!」
「そんな言い訳が、通用すると思っているのかっ!?それに…お前の所の木田だが…射撃の名手で、元オリンピックの強化選手だったそうだな…」
森田さんの言葉に、桐生会長の顔色が変わった。
「っつ…ち…畜生っっ!!」
逆上した桐生会長が、懐からドスを取り出しながら、堂本組長に向かって突進して来る。
森田さんは堂本組長の前に立ちはだかり、松浪組長は床の間に置かれてある長ドスを掴むと、スラリと抜いて構えた。
俺はポケットのバタフライナイフを操りながら、桐生会長の腕を蹴り上げてドスを落とし、そのまま背後に回り腕を締めながら、バタフライナイフを桐生会長の喉元に押し当てた。
「殺るんじゃねぇぞ、聖…」
「……しかしっ!?」
「木田と松島はどこに居る、桐生?」
「知らんっ!!」
俺はナイフの刃を立てながら、背後から桐生会長に問い質した。
「萌奈美はっ!?どこに監禁しているっ!?」
「…それは…自分の弟に聞くがいぃ…儂は知らん!!」
「クソッ!!」
森田さんが、桐生会長のポケットから携帯電話を取り出して開いた。
「桐生…木田に電話を掛けて、聖の弟の居場所を聞き出せ」
「…」
「そうすれば、お前の所の娘には手を出さずにいてやろう…確か、まだ小学生だった筈だが?」
表情ひとつ変えずに言い放つ森田さんに、桐生会長の顔から血の気が引いた。
車に乗り込んだ途端にクロロホルムを嗅がされ、意識を失ってしまった私が目覚めたのは、何の変哲もないマンションの一室だった。
荷物も何も置いてない殺風景な部屋…唯一ある窓を開けると、すぐ目の前には隣のビルの壁が迫っていた。
とても躰が入る様な隙間ではない。
分厚いコンクリートの外壁は、叩いた所で中の人物には聞こえないだろう。
周囲は…全く見えないが、微かに吹く風に磯の香りがした。
コートもバッグも取り上げられた様だ…装飾品は…!?
私は耳に着けたイヤリングを触り、少し安心した。
部屋のドアには鍵が掛けられ、ノブを回してもビクともしない。
「誰か!誰か居ないの!?」
ドアを叩くと、微かに向こう側に人の気配がする。
「開けて!お願い!!」
「煩いぞ!!」
「トイレに行きたいのよ!」
「…」
「ここでしてもいいけど…掃除するのはご免よっ!!」
「…」
「貴方達がしてくれるならいいけど…カーペットだから、大変だと思うけどっ!?」
ガチャガチャと音がして、私を拉致した男が顔を出した。
「…早くしろ」
そう言ってトイレに連れて行かれると、ドアを開いて仁王立ちされる。
「閉めてよ!」
「駄目だ」
「何?そんな趣味な訳!?」
そう言うと、男は微妙な顔をしてバタンとドアを閉めた。
部屋の中には、もう1人中年の男が座っていたが…あの人は聖さんの弟じゃないな…年齢が合わない。
リビングの窓の外は明るかった…拉致されて車に乗った時には、もう陽が傾き掛けていた筈だ。
という事は、翌日の昼近くという事だろうか…ならば、発信機の電源はとうに切れている。
イヤリングに取り付けた超小型の発信機は高性能だが、バッテリーの時間が3時間と短いのが難点だと、警備会社の人が言っていた。
バッテリーは長時間持つが、比較的大きな発信機を2台…バッグとコートに取り付けた。
そして超小型の発信機をイヤリングに…右のイヤリングの発信機は、もう使い物にならない…私は左耳のイヤリングにそっと触れた。
「何グズグズしてる!」
ドアの外で苛立つ男が声を掛けるので、慌てて水を流してトイレを出た。
洗面所にも、何も荷物が置いて居ない…このマンションって、使われていないって事?
「タオルは?」
「ねぇよ」
「ふぅん」
リビングに戻り、放り投げてある自分のバッグからハンカチを出して手を拭きながら尋ねた。
「貴方が、聖さんの弟?」
「いや…」
「じゃあ誰よ?」
「…」
「貴方は?」
中年のニヤニヤと笑う男に質問する。
「噂通り、気の強いお嬢さんだ」
「…卑怯よ…私の事は知ってる癖にっ!」
「私は、三上組の松島…ソッチの男は、桐生会の木田だ」
「…聖さんの弟は?」
「お前が発信機等着けていると知って、用心してコッチには来ていない」
「ふぅん…大きい事言う割に、ヘタレなんだ…」
「…発信機は、2台共処分させて貰ったぞ」
「だと思った…ねぇ、何か飲む物と…食べ物ないの?お腹空いたんだけど」
木田と言われた男が、リビングに置かれたコンビニの袋から、飲み物とおにぎりを出してくれた。
私はズカズカとストーブの前に陣取り、対して空腹も感じていなかったが、おにぎりにかぶり付いた。
「で、私をどうする気?」
「さぁな…俺達は、ただの見張り役だ」
「ねぇ…携帯返してよ。電池抜いて構わないからさ」
松島は裏蓋を開けて電池を抜くと、私に携帯を投げた。
「こんな物なくても、直に警察が来ると思うからさ」
ストラップを撫でながら、私は男達を挑発した。




