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天使は銀狐に囚われて  作者: Shellie May
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第26話

座敷に入って来た男の存在感と圧倒的なオーラに、俺は息を呑んだ。

連城仁(れんじょう じん)…歳は堂本組長より少し上だろうか…男の俺でも見上げる様な長身に、ブリティッシュスタイルのスーツをスマートに着こなし、整った容姿に男の色気とカミソリの様な威圧感を(あわ)せ持つ男。

ヤメ検でネゴシエイターで青年実業家…幾つもの顔を持ち、堂本組長を前に全く動じる事の無い肝の太さを見せる男。

地位も名誉も、金も力も、男の欲しいと思う物は全て掴み取って来た男の姿に…(かつ)ての自分が、男としてこうありたいと憧れた姿に…俺は強烈な憧憬(どうけい)を抱いた。

「ご無沙汰致しております、連城さん。本日は急にお呼び立てして、申し訳ありません」

「森田さん…お宅の組長に、私を顧問弁護士扱いするのは止めろと伝えて頂けますか?」

「申し訳ありません」

「水臭せぇな、Panther(パンサー)…俺とお前の仲じゃねぇか?」

「一体、どんな仲だと言うのだ?で、そちらは?」

「ご紹介致します…私共の身内で、聖と申します」

Saint(セイント)興業の代表をしております、(ひじり)(ないと)と申します」

そう言って名刺を差し出すと、彼は名前だけを印刷した名刺を渡しながら言った。

「連城仁です。Saint(セイント)興業というと、(さかき)の土地に出来たショッピングモールの…森田さんの共同経営者だと記憶していますが?」

「そいつは若いが中々の遣り手でな…見掛けは優男(やさおとこ)で、俺やしずかと共に堂本の三大美女なんて言われてるが、昔は『Silver(シルバー) Fox(フォックス)』と呼ばれて、新宿でヤンチャしていたクチだ」

「堂本の金庫番をしていた聖組長の長男で、2年前アメリカから呼び返し跡目を継がせました」

「そうですか。オープニングセレモニーには、乃良(なお)と一緒に家内が世話になりました」

「は?」

「お前は会っていなかったか…当日、連城さんの奥方と、佐久間組長の義理の娘になる柴乃良(しば なお)さんがいらっしゃったのだ」

「そうでしたか…それは、失礼致しました」

「柴の野郎…女房だけ寄越して自分は雲隠(くもがく)れしやがった!まぁ、女房の顔を見られて、しずかと比べられるのが嫌だったんだろうが…しかし、あの女房は意外だったな。柴が、あんな趣味だとは知らなかった」

そう言って笑う堂本組長に、連城氏と森田さんが苦笑を漏らす。

「組長…聖も同じです。柴さんの奥方と桜井萌奈美は…似通っておりますので」

「え?」

「そうなのか、聖!?」

「…そうかと言われましても…私はその奥方を存じ上げません」

「ちっこくてな…ピョンピョン跳び跳ねる様な…」

「…はぁ…まぁ…」

「森田さん、その女性が電話で話していた…」

「そうです。桜井萌奈美、19歳…堅気(かたぎ)の学生です」

眉を寄せた連城氏が、堂本組長を睨み付けた。

「一般人を巻き込んで、何をしている!?」

「…そう怒るなよ、Panther(パンサー)。この件の大元には、お前やヴィオレッタも絡んでる」

「何だと!?」

森田さんが後を引き継ぎ、俺が跡目を継いだ経緯(けいい)皇輝(こうき)との関係、皇輝と筑波組と三上組、桐生会との関係、俺に皇輝の子を(はら)んだのぞみを押し付けて来た件、そして萌奈美の命を狙って太一を誘拐し、萌奈美が呼び出された件を話した。

「聖さん、その桜井萌奈美という女性と貴方は、どの様な関係なのですか?」

「最初は私の片恋から始まりましたが…今は、将来を誓い合った仲です」

「では、何故助けに行かないのです?」

「それは…」

「俺が止めた…と言うより、先に子狐が森田に依頼して来た。サツに介入させるから、聖を足止めしろとな」

「…成る程…で、貴方は指をくわえて見ているだけですか…」

「…」

(あお)るなよ、Panther(パンサー)…そいつは案外激情型なんだ。お前を呼ぶ事で、ここに留め置いてんだよ」

「…堂本組長…やはり私は…」

「止めておけ、聖…彼女の想いを無駄にするな!」

「しかしっ!?」

俺を制する森田さんが、諭す様な口調で語り掛ける。

「実際問題…月々の上納金(じょうのうきん)も、お前の所は寺嶋組の分を上乗せして納めている。その上に、ビルの建設費に土地の賃貸料、設備費等で会社の内情は火の車の筈だ…これ以上の出費は首を締める事になる。お前、彼女と会社を天秤に掛けれるのか!?」

「…」

「聖…お前ぇ、跡目を継ぐ時の想いを…寺嶋の遺志(いし)を無駄にする気じゃねぇだろうな?」

「…」

「上に立つ者の務め…(おろそ)かにするんじゃねぇぞ!?下の者を路頭(ろとう)に迷わす気かっ!!」

「……申し訳…ありません」

俺は…歯を食い縛り頭を下げた。

「…取り敢えず、私に何をお望みなのです?」

静かに連城氏が尋ねて来る。

「彼女は発信機を着け、サツに連絡を入れると言っていました。だが私共が調べた限り、サツの動いている様子はありません。ガセだと思われたか、それとも組関係のお家騒動と(あなど)られた可能性があります」

「…成る程」

「旧三上組同様、筑波組も桐生会も、そして聖の弟もヤクの推進派でした。最近、横浜で『ヘブンズ・ドア』に似通った経口タイプのヤクが出回っているという噂があるのです」

「何だとっ!?」

「ウチが掴んでる情報だ…間違いはねぇ。だが、ウチの身内が絡んでいるかどうか…確信がねぇ…。なぁ、Panther(パンサー)…お前が関わったヤマだ…協力しちゃくれねぇか?」

「冗談じゃないぞ、堂本!!お前達の尻拭いを、何故俺がしなければならない!?誤解のない様に言って置くが、2年前の事件でお前に協力したのは、椿の件があったからだ!!お前達の組に内紛があろうが、ドラッグが市場に出回ろうが、俺には何の関わりもない!!俺に責任があるような言い方は止めて貰おう!!」

ビリシと堂本組長に言い切ると、連城氏は俺に向き直った。

「桜井萌奈美という女性の救出に、警察が動く様に勧告する事は出来ます。今から新宿署に向かいますが、同行されますか?」

「宜しくお願い致します!!」

森田さんが頷くのを確認し、俺は連城氏と共に彼の車に乗り込んだ。

憮然(ぶぜん)と黙り込む連城氏に、俺はポツリと吐いた。

「…不甲斐無(ふがいな)い男と…お思いでしょうね…」

「は?」

「私は…将来を誓い合った恋人すら、自分で助けに行く事が出来ない…」

「…極道の世界も、しがらみが多い事は存じ上げてますよ…あそこも検察同様、伏魔殿(ふくまでん)だ」

「…」

「2年前に跡目を継いだという事でしたが、以前はアメリカに?」

「…はい」

「ご遊学ですか?」

「えぇ…あちらのビジネス・スクールを出て、証券会社で働いていました」

「それは又…勿体ない…」

「彼女にも、そう言われました」

「…その桜井さんの件ですが…」

「何でしょう!?」

「私の妻も、2年前の事件に巻き込まれた時に…『ヘブンズ・ドア』の犠牲になったのです」

「えっ!?」

「幸いドラッグの後遺症はなかったのですが…精神的にかなり追い込まれました。あのドラッグの情報は、警察が全て押収した筈です。漏洩(ろうえい)したとは思えない」

「…当時の噂は聞いています。製薬会社の方から漏れたという事は?」

「社長が逮捕され、新社長就任後は体制が一新されて、ドラッグの情報一切合切(いっさいがっさい)を警察に提出しています」

「…では、個人レベルでの漏洩(ろうえい)という事でしょうか?」

「信じたくはありませんが…(ある)いは…」

「…」

「どの程度の物が出回っているかわかりませんが…使用されない事を祈るしかありませんね」

「萌奈美にですかっ!?」

「…」

沈痛な面持ちで黙り込む連城氏に、俺は言い様のない不安を覚えた。

幾ら萌奈美でも、ヤクを盛られる等という想定はしていないだろう…もし、使用されでもすれば…!?

「…とても賢い女性の様ですね?」

「…えぇ…賢く、行動力もある…我々の様な職業の人間にも、臆する事なく行動を起こす…」

「それは頼もしい」

「…虚勢なのです…幼い頃に親を亡くし、その後虐待を受けていた様で…強くならなければいけないと、ある人物に教え込まれたのです。本来の彼女は、優しく面倒見が良く、人を上辺で判断しない…寂しがり屋で甘えたで、泣き虫で好奇心が強く…怖がりでとても頑固で…自分が納得しないと前に進めない、不器用な普通の娘です…」

「…」

「早く助けないと…弟を相手に、無茶な事をしないといいのですが…」

俺の独り言を聞いて連城氏は携帯を取り出し、どこかに電話を入れあれこれと指示を出していた。

新宿署に到着すると、連城氏は受付で名刺を渡しながら署長に面会したいと申し出た。

「アポイントメントもなしに、会って貰えるでしょうか?」

「…どうでしょうね?」

連城氏が低く笑うと、受付にあたふたと署員がやって来た。

「弁護士の連城さんですね?署長がお待ちです」

そう言って、俺達を署長室に案内する。

「ご無沙汰致しております、連城さん」

「こちらこそ、無理を言って申し訳ありません」

「今日は又、どの様なご用件で…」

探る様に俺達を交互に見比べる署長に、連城氏は俺を自分の依頼主だと紹介した。

「実は本日、彼の婚約者がこちらに保護を依頼する内容の電話を入れた筈なんですが…」

「保護?どういう事です?」

「彼女の友人を監禁し、犯人から脅され呼び出されたのです。彼女は自ら警備会社に相談し、発信機を(たずさ)えて人質を救出する為に犯人の元に(おもむ)いた。その際、こちらに自分を保護する依頼をしている筈なのですが…状況はどうなっているかと思い、伺った次第です」

「…」

「犯人は暴力団に関係する人間…こちらの婚約者の方の弟です。彼は彼女の命を狙っている…多分彼女は、その事もお話している筈なのですが」

「……名前は?」

「犯人は聖皇輝、27歳…元聖組の若頭補佐(わかがしらほさ)です。監禁されているのは吉村太一さん、19歳の会社員。保護を求めた女性は桜井萌奈美さん、19歳の学生です」

「……少々、お待ち下さい」

署長はデスクの電話を取ると、署内に電話を入れ、小声で何か言い合っていた。

「…どうやら、動いていなかったのは本当の様ですね」

「…」

電話を終えた署長が、汗を拭きながら言い訳を始める。

「連絡は確かに受けた様で…こちらに来て説明をして頂きたいと申し入れたそうですが、受け入れて頂けなかった様です」

「犯人に呼び出されていたのですから、当然でしょう…見張られている可能性がありますからね?それで…進捗状況(しんちょくじょうきょう)は?」

「…それが…」

「まさか…全く動いていないなんて事はありませんよね?」

俺の隣で低くそう言い放つと、連城氏は立ち上がり署長を睨み付けた。

「担当は!?刑事課ですか?それとも組対(そたい)ですか!?」

「…どうぞ、こちらです」

署長自らの案内で組織犯罪対策課に案内された俺達に、課長が顔を引き()らせて謝罪する。

「謝罪を聞きたい訳ではない!!助けを求めて来た者を無視するとは、どういう事です!?」

「申し訳ありません!!」

「確かに犯人は私の弟だが…萌奈美にもしもの事があったら、お前達も同罪だっ!!」

「…」

俺の言葉に、反発的な視線を寄越す刑事逹向かい、隣に立つ連城氏からブワリと物凄いオーラが揺らぎ立つ。

「わかっているとは思いますが…保護を求めて来たのは、一般人の未成年者です。(しか)もこの件には、2年前に私が関わったドラッグが絡んでいるという情報もある…どうしますか、署長?彼女は、自分の命が狙われていると言った筈だ…自分達の失態で、死人を出したいのですか!?」

「申し訳ありませんっ!!」

「直ぐに対策を練って、一刻も早く救出に向かって下さい!!」

「直ぐにっ!!」

青い顔をした刑事達が、バタバタと動き出す。

「申し訳ありません、連城さん…」

「私ではなく、謝罪は彼にして下さい」

連城氏の言葉に、署長が深々と俺に頭を下げた。

「課長!今、ホテルに勤めるという男性から、情報がっ!!」

「何だ!?」

「それが…パークハイアット東京で、桜井萌奈美と名乗る女性に依頼されたと…」

「何ぃ!?」

「今、男とホテルを出たと、組織犯罪対策課に伝えて欲しいと伝言されたそうです!」

「確かに、本人なのか!?」

「間違いありません。写真付きの学生証を預けられたそうです!!」

「直ぐに警備会社に連絡…どこの警備会社なんだ!?」

「ウチです…Saint(セイント)警備保障です!!彼女は、発信機を3個着けて行ったそうで、社員が電波を追尾(ついび)している筈です!!」

俺は警察の車に乗り込み、北新宿のビルに戻った……所が…。

「社長、大変です!!」

警備会社に着いた俺達を待っていたのは、3個バラバラな方向に向かう発信機のモニターだった。


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