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天使は銀狐に囚われて  作者: Shellie May
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第25話

新宿の事務所で太一の行動を確認している俺に、桜井萌奈美から電話が掛かり、続けてメールが送られて来た。

「俺、ちょっと頭良くなって来たかも知れないッス!」

彼女と携帯で言葉遊びのゲームをしていると、自慢気に太一が皆に話しているのを聞いた事がある。

『今度のデートは 南雲中将が晴れって言った山 に行きませんか?俺と2人が嫌なら クラス の奴等と一緒に行きましょう。それとも 千代田の堀の中 の方がいいですか?三角(みすみ)が 住む のはもうひとつと言っていた青山の方がいいですか?あそこなら夜は キラキラ していて綺麗です。桜井さんは 白無垢(しろむく) がいいですか?今度 お兄さん に トトトト と伝えて下さい』

そう書かれてある太一のメールのあとに、彼女が解読した答えが書いてある。

『筑波 組 皇輝(こうき) 結婚 棗さん 全軍突撃』となるのだそうだ。

「マジかよ…」

横浜に本拠を構える筑波組は、確かに以前ヤク推進派だったが、三上組長が逮捕され三上組も解散して以降は、堂本組長に恭順(きょうじゅん)していた筈だ。

「何で今更…皇輝の結婚と関係あるのか!?」

筑波組のお家事情迄は俺も詳しくはない…だが、横浜に本拠のある筑波組が新宿にも事務所を構えているのは知っていた。

だが…セイヤに黙って同門の事務所に乗り込む訳にはいかない…。

「おいっ!誰か、筑波組の事務所に張り付け!!」

「へい!」

気取(けど)られるなよ…動向を探って、俺に報告しろ!出入りする人間も全てだ!!」

「承知しました!」

バタバタと飛び出す部下を送り出し、セイヤに連絡を取ろうと携帯を取り出した時、事務所の電話が鳴った。

専務代行(せんむだいこう)、お電話です」

「誰からだ?」

「それが…『St(セント).Valentine(バレンタイン)』の花音(かのん)からで、吉村が依頼した件の報告がしたいと言っているんですが…」

俺は受話器を奪い取り、電話口に出た。

「もしもし、花音(かのん)か!?どういう事だ!!」

「昨日の夕方、太一君が店に来た時に依頼された件をご報告したいと思って…」

「何を依頼された!?」

「一昨日、元若頭補佐が店にいらっしゃいまして、お連れになった方々の身元を調べて欲しいと太一君に依頼されたんです」

「それで?誰と一緒だった?」

「筑波組の組長さんと若頭(わかがしら)、組の方々が数人。それと近松不動産の副社長、後は元三上組の本部長の松島さんと、桐生会(きりゅうかい)の木田さんがご一緒に来店されました」

「何だとっ!?」

筑波組と三上組、それに桐生会…全て堂本傘下でヤクの推進派だった組だ!

それに近松不動産の副社長は、近松のぞみの父方の叔父に当たる筈…。

「良く知らせてくれた、花音(かのん)!」

「いぇ…太一君が自分の手柄ではなく、棗さんの手柄にして…専務代行(せんむだいこう)としての足場を固めて欲しいって言ってたんですよ」

「…そうか…アイツ、そんな事を…」

「それじゃ、又お店の方にも足をお運び下さい」

「あぁ、社長にも伝えて置く」

花音(かのん)との電話を切った俺は、セイヤの携帯に電話を掛けた。



皇輝(こうき)に呼び出されたそうだ…」

「…何故…」

「お前の所の社員が、人質になっていると言っていた。恐らく、交換条件を出されたのだろう」

「…」

「人質の居る場所のヒントを知らせて来た…本人は発信機を着けて、行く先を追跡させているそうだ。それと、サツに助けを求めると言うので、許可を出した」

「…何故…そんな事に…なってるんですっ!?」

髪が逆立つ様な怒りが躰から沸き上がるのを抑え切れない。

「落ち着け、聖!!」

「森田さんがっ…そう指示したんですかっ!?」

目の前に座っていた堂本組長がゆっくりと立ち上がり、俺の目の前に来ると…いきなり殴り飛ばされた。

「聖…今の会話聞いてたろ…言い出したのは、その娘の方だ」

(こぶし)とは違い、落ち着いた声が頭の上から降り注ぐ。

「……申し訳…ありません」

「度胸の有る娘だというのは、本当の様だな…(しか)も、(さと)い…」

「救出に行きます!」

「駄目だ」

「何故です!?」

「そりゃ、お前…サツが動くからに決まってるじゃねぇか」

上座に戻った堂本組長が、呆れた様な声を出した。

「子狐も、承知してるだろうよ」

「はい。私に、聖を足止めする様に依頼して来る位ですから」

「…何故…」

力無く肩を落とす俺を無視して、上座の2人は筑波組への対応について話し合っている。

幾ら太一を助ける為だからといって、何故お前が人質になる必要がある?

それに…何故だ、萌奈美…何故俺ではなく、警察に救助を頼む!?

俺は…お前に取って、そんなに…。

「…聖…あの娘が、何故我々ではなくサツに助けを求めたか、わかるか?」

「…いぇ」

「お前の為だ」

「…私の?」

「そうだ、お前の為だ。わからないのか?」

「どういう事です!?」

勢い込む俺に森田さんは苦笑し、堂本組長はニヤニヤと笑いを浮かべる。

「子狐の救出に、堂本の力を使っても構わねぇが…その後の事、お前考えてるか?」

「は?」

「俺は、慈善事業(じぜんじぎょう)で人助けをする程、目出てぇ人間じゃねぇぜ?」

「…」

「子狐は、そこ迄見越してたって事か、森田?」

「はい、恐らく」

「末恐ろしいガキだな、全く…」

「…萌奈美は…普通の娘です。ただ虚勢(きょせい)を張っているだけの、普通の娘なんです」

「にしても、だ…(さと)い人間は(うと)まれる。例えそれが堅気(かたぎ)の女でも、お前の側に居れば尚の事な。下手に行動力もあるみてぇだしな」

「…」

「早く救助をしねぇとマズイな…とはいえ、サツが動くんじゃコッチは下手に手を出せねぇ」

「サツが…動くかどうかが問題ですね」

「そうだな…単に聖組のお家騒動だと思われると、手を抜いて来るのは目に見えてるしな…」

会話を聞いて蒼白になっている俺をチラリと見た森田さんが、少し笑みを浮かべ頷いた。

「その娘に興味がおありですか、組長?」

「ん?そうだな…会ってみてぇな、子狐に…」

「では、堅気(かたぎ)堅気(かたぎ)に協力して頂きましょう」

堅気(かたぎ)だぁ?」

「新宿署に対して、滅法(めっぽう)強い堅気(かたぎ)を…私は存じております」

「…Panther(パンサー)か?」

連城(れんじょう)さんは、多忙な方です。国内にいらっしゃるといいのですが…」

「…連絡を取ってやれ」

御意(ぎょい)

「あの…Panther(パンサー)というのは?」

「2年前の事件を治めた立て役者だ。連城仁(れんじょう じん)…通り名をPanther(パンサー)。裏にも表にも顔の利く、ヤメ検だ」

「松浪組長とも、深い縁のある方だ」

そう言って森田さんが携帯を手に部屋を出ると、堂本組長は前のめりに尋ねてきた。

「聖、子狐と契りは交わしたのか?」

「えっ!?」

「モノにしたのかって聞いてんだよ」

「…いぇ」

「何だ、まだなのか!?」

「ですが、互いに結婚の意思を確かめ合いました」

「…ふぅん」

「…幼い頃の…トラウマがある様です…」

「…そうか。まぁ、子狐がお前を守る為に命張っているのを見りゃ、どんな関係かはわかるがな」

ポケットの中のバイブ音に、慌ててフリップを開ける。

「…誰からだ?」

「棗からです」

「ここで出ろ」

俺は堂本組長の前で通話ボタンを押し、棗から花音(かのん)の報告を聞いた。



先程新宿署に電話を掛けた時の様子を思い出し、私は頭を抱えていた。

グルグルと電話を回された上、電話口に出た組織犯罪対策部の若い刑事の対応が散々だったからだ。

最初こそ真剣に話を聞いていたが、その内に段々と対応が変わって来た。

手の込んだ悪戯(いたずら)電話だと決め付け、署で事情を聞くの一点張りだ。

マニュアル通りにしか対応出来ない(やから)に当たったと諦め、Saint(セイント)警備への依頼内容と、直ぐに待ち合わせのホテルに向かう事を告げた。

死体が出ないと警察は動かないのか…私に死ねと仰るんですかと問うと、何を言ってると笑われた。

全く…だから警察は嫌いだ!!

気を取り直し、私は正装して家を出た。

実際このビルを出るのは造作もない事なのだ…出て行かない様にと聖さんがあれ程私に(うるさ)く言ったのは、私がその気になれば簡単に抜け出してしまえると思ったからだろう。

パークハイアット東京の2階メインエントランスからエレベーターに乗り41階へ降り立つと、まばゆい自然光が降り注ぐ開放感豊かなピークラウンジが広がる。

ガラスアトリウムからは燦々(さんさん)と陽が降り注ぎ、ラウンジ内には鮮やかな竹林が施されている。

以前ホテルに宿泊した時には来る事が出来なかったが、このピークラウンジの英国式アフタヌーンティーは有名だそうで…次に来た時には必ず連れて行くと、チェックアウトの時に聖さんが約束してくれた。

フロント方面には長い廊下が続き、その先には洋書を(そろ)えた大きなライブラリーがある。

部屋にもインテリア等の洋書が置かれていたが、暇を持て余してこのライブラリーからもよく本を借りていた。

ライブラリーを通り抜けた突き当たりに、このホテルのフロントは存在する。

といってもカウンターがある訳ではない…スモールラグジュアリーホテルという位置づけからか、チェックインもブースに設えたデスクの椅子に座ってゆったりと行う形式だ。

デスクの後方にあるソファーに座り、私は太一君の携帯に電話を掛け、ホテルに到着した(むね)を伝えた。

静かなフロントには私の電話の声が響き、ホテルマン達が静かに様子を窺っている。

私がこのホテルを指定した最大の理由…それは、この静かなフロントにある。

他のホテルのフロントにはない静けさは、フロントに訪れた人物の動向をホテルマンに全て(さら)す事になる。

ここに居れば、強引な拉致等という下手な行動には出られない。

「いらっしゃいませ」

一向にチェックインしない私に、ホテルマンが静かに声を掛けた。

「何か、お困りの事はございますか?」

「いぇ…宿泊をしに来た訳ではないんです」

「以前、当ホテルをご利用頂いたと記憶しておりますが?」

「8月下旬に…森田さんという方の紹介で、とても大きな部屋にお世話になっていました」

「やはり、そうでしたか。その節はご利用頂き、ありがとうございました」

「今日は、ここで待ち合わせをしているだけなんですが…構いませんか?」

「勿論です。どうぞ、ごゆっくりお寛ぎ下さいませ」

静かに去っていくホテルマンを待っていたかの様に、黒いスーツの男性が近付いて来た。

…この男…記憶が薄れ掛けているが、確か夏に…私が棗さん達と初めて出会った時に、私を拉致しようとした黒いスーツの男だ!!

「桜井萌奈美だな?」

頷く私を確認し、その男は黙って少し離れた椅子に座った。

ジリジリと時間だけが過ぎる…息が荒くなるのは、緊張と共に熱も上がって来たからだろうか?

手の中のバイブの振動にフリップを開けると、『太一君』という名前が浮き上がる。

「もしもし!?太一君?無事なの!?」

「…大丈夫ッス…俺は解放されたッス…でも…」

「いい?今から直ぐにタクシー捕まえて、堂本さんって人の所に行って。…多分、そこに聖さんも森田さんも居るから」

「…はぃ」

「タクシーに乗ってから、棗さんに連絡して無事を伝えて…わかった?」

「あ……今、タクシー捕まえました…桜井さんは、大丈夫なんッスか?」

「心配しないで…多分、平気よ…」

「…」

「大丈夫だって…じゃあね」

電話を切った途端に、黒いスーツの男が立ち上がるのを見て、私は静かに制した。

「お手洗いに行って来るわ」

「…」

「今更、逃げないわよ」

私は、こちらを窺っている先程のホテルマンに手を上げた。

「…お呼びでしょうか?」

「お手洗いは、どちらですか?」

「ご案内致します」

ホテルマンに誘導される私の背を、黒いスーツの男の視線が射る。

「…済みません…トイレの中迄、入って頂けますか?」

誘導してくれるホテルマンに小声で呼び掛けると、何も言わずに同行してくれた。

「何かお困りですか?」

入った途端に尋ねてくれるホテルマンに、私は鞄の中から取り出した学生証を渡した。

「申し訳ないのですが、私が出て行ったら…新宿署の組織犯罪対策課に電話をして頂けませんか?」

「…何をお伝えすれば宜しいですか?」

「桜井萌奈美が、男とホテルを出た…そう言って頂ければ、多分わかると思います」

「…承知致しました」

「宜しくお願い致します」

ホテルマンは心配そうに、お気を付けてと言ってトイレから出て行った。

「さぁ…ここから先は、私1人よ!!」

鏡に映った自分に気合いを入れてトイレから出ると、私は黒いスーツの男の後に付いて行った。


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